第87話 直系の血

文字数 595文字

「実際に何人かの天宮の娘は巫女の座を降り、嫁いでおる。そなたの母、わしのひとり娘の花乃(はなの)もそうじゃった」
「母さまも……」
 思い浮かぶのは白いほっそりした手。優しい笑顔。慕う気持ちとは裏腹に、面影はどんどん儚くなっていく。
「花乃は神官であったそなたの父と出会い、好きあって嫁いだのじゃよ。ただひとりの孫娘を残し、早くに逝ってしまったが……」
 夭折した娘をしのぶように、祖父は遠い眼をする。
「そなたの父も逝き、もはや残されたのはこの年寄りと、桜花、そなただけになってしまった」
 向かいあって座る、二人だけのひっそりとした空間。
「そなたが子をなさねば天宮の直系の血は絶えるでな」
 それもまた、突きつけられた現実だ。
「だが、わしは何より、大切な孫娘に幸せになってほしい。ひとりの娘として好いた相手に嫁ぎ、家庭を持ち……」
 桜花はただ黙って祖父の言葉を聞いていた。
 あまりに突然すぎて、気持ちの整理がつかない。
 どう答えたらよいかさえ、わからない。
 祖父は桜花の困惑を充分に承知の上で、鷹揚な口調で告げた。
「唐突な話で、驚くのも無理はない。和臣どのも返事は急がないと仰せじゃった。どうするか、もちろん決めるのはそなた自身だが、この機会に一度、ゆっくりと考えてみるといい」




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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