第124話 風の刃

文字数 636文字

 早く止めなくては。
 いくら「力」を持っていようとも、桜花は生身の人間だ。
 人である以上、体力には限りがある。放っておけば暴走した力は、桜花の命が尽きるまで荒ぶり続けるだろう。
 一歩、また一歩と、風の刃をこらえながら、伊織は桜花に近づいていく。
 あと少し……この風の向こうに、大切な少女がいる。
 守りたい。何としても。
 手を差しのばし、ようやく桜花にふれた時。己の受ける傷もいとわずに伊織は桜花を抱きしめた。
「静まれ、桜花。もう大丈夫だから……」
 暖かな腕。耳もとでささやく優しい声。
「そうだ……落ち着いて」
 ふっと桜花の身体から力が抜け、瞬時に風がぴたりと止んだ。
 泣き濡れた瞳で桜花が伊織を見上げる。
「どうしてここに……」
「桜花の呼ぶ声が聞こえた気がした。同時に額が熱くなって、自分の中で何かが言った。桜花を護れ──と。そしてここまで導いてくれた。それが何なのかは俺自身にもわからぬが」
 己の内に眠る存在を、今の伊織はまだ知らない。
 伊織の言葉は不可思議だったが、桜花は淡く笑った。
 来てくれた。願いは届いたのだ。
 先ほどまでの激しい風が嘘のような静寂の中で。桜花の身体がかくん、と揺れ、そのまま伊織の胸に倒れこむ。
 薄れてゆく意識の中で桜花は確信していた。
 封印から解放された鬼は、人の心の闇に入りこみ、災いを起こそうとしている……。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み