第68話 散策

文字数 589文字

 陽の落ちた浜辺は青紫に染まり、他には人影とてない。
 ゆっくりと歩を進める二人の後を、付添いと護衛と巫女が遠慮しつつ、少し離れてついていく。
 しばらく歩くと隼人は立ち止まった。
 あわせて藤音も歩みを止め、隼人を仰ぎ見る。ぞろぞろと後ろを歩いていた四人もあわてて停止する。
「いかがですか? 海辺の散策は気持ちのよいものでしょう?」
「はい、とても。お話いただいた通りでございますのね」
 ゆったりした微笑をむける隼人に、藤音も微笑み返す。
 満足げにうなずくと、隼人ははるか彼方、水平線に視線を投げた。
「この海の向こうにはまだ見たことのないたくさんの国があります。いつかここから船出して広い世界を見てみたい……それがわたしの夢なのです」
 そこまで話してから、再び藤音にまなざしを向ける。
「旅立つ時は、ぜひあなたも一緒に──」
 はにかんだ表情で差しのべられる手。
 藤音はその手を取ろうとして、ためらい、指先にだけそっと触れる。
「わたくしは……」
 言葉をとぎらせ、うつむいてしまう。
 ずっと心にかかえてきた葛藤。
 このまま隼人の優しさに甘えてしまっていいのだろうか。
 過去には眼をつむって、自分だけ幸せになっても……?
 けれど、決して忘れ得ぬものもあるのだ。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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