第150話 出会いと当惑

文字数 516文字

 浅葱は大きくまばたきしてから、足を止め、信じられないものを見るように振り向いた。
 母以外の人間に言葉をかけられたのは初めてだった。
 娘は今にも倒れそうな男を支えたまま、懸命に訴えてくる。
 ──父が怪我をして難儀しております。近くに休める場所はございませんでしょうか。
 鈴の音のように美しく、そして必死な声だった。鬼に対する恐怖より、父への心配の方がまさっていた。
 人の方から話しかけてくるなど、予想もしなかったなりゆきに浅葱はとまどった。どうしたらよいのかわからなかった。
 男は小さくうめき声を上げ、娘は励ますように、
 ──お父さま、しっかりなさってくださいませ。どこか休める場所を見つけます。
 父を案じる娘の姿に亡き母が重なった。
 父……自分には記憶すらない存在だ。
 よく見れば娘自身も森の中を彷徨っているうちに、手や足にいくつものひっかき傷ができて血が滲んでいる。
 不意に憐憫といった思いがこみあげ、浅葱はぽつりと言った。
 ──こちらへ……。
 自分でも当惑しながら、娘の歩みに合わせ、ゆっくりと歩いていく。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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