第140話 贖罪

文字数 601文字

「藤音……」
 困惑しながらも手を伸ばしかける隼人に、さらに藤音は言葉を続ける。だが今度は先ほどとは違っていた。藤音と鬼との声が入り混じり、重なりあっている。
「先にお逝きなさいませ。藤音も後からすぐまいります。あなたさまが最後の当主となりましょう。滅びるべきなのです。忌まわしき九条の血は」
 鬼に操られた藤音は素早く懐剣を取り出し、隼人めがけて振りかざす。
 しかし隼人は動かなかった。
 呪縛されていたわけではない。にもかかわらず、剣を避けようとさえしない。まるでそうすることが贖罪(しょくざい)であるかのように。
 予想される惨劇に桜花は思わず両手で顔をおおう。
 が、ひと呼吸おいて、おそるおそる手を外すと。
 剣は隼人の目前で止まっていた。
 正確に言えば、ぴたりと静止していたのではない。まるで二人の人間が奪いあっているかのように、切っ先が小刻みに震えている。
「……どうか、お逃げください」
 鬼に(あらが)い、藤音が苦しげな声を絞り出す。
「まだわたくしが正気を保っていられるうちに、お早く……」
 藤音と、鬼と。ひとりの身体の中で二つの意志がせめぎあっているのだ。
 懸命に鬼に抵抗する藤音は、切っ先を自分の喉元へと向けた。
「藤音 !?
 思わず声を上げる隼人に淡く微笑んでみせる。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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