第112話 月明かり

文字数 337文字

 乗りこむ直前、藤音は桜花と十耶に向かって頭を下げた。
「二人にはすっかり世話をかけました」
「いやいや、たいしたことはしておりませぬ。お館と違い、狭い家ですが、よろしければまたいつでもお越しなされませ」
 十耶はにこにこと笑って言葉を続ける。
「今度は不味(まず)い薬湯ではなく、美味(うま)い茶をたてますゆえ、ぜひ殿とご一緒においでくだされ」
 藤音は黙ったまま、淡く微笑した。精一杯の返答だった。
 駕籠の小窓が閉じられ、男たちが肩に担いで歩き出す。その横を刀を差した伊織が歩調を合わせて進んでいく。
 月明かりの下、桜花と十耶に見送られ、藤音はひっそりと館に戻っていった。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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