第26話 とまどい

文字数 517文字

 いきさつを述べて桜花は丁重に枝を差し出したが、藤音は侍女に目配せをするだけだ。
 藤音の代わりに先ほどの年かさの侍女が、隼人の心づくしの八重桜の枝をつまらなそうに受け取った。
「そう、あの殿が……」
 藤音は誰にともなく、ふっと冷笑をもらした
 あれから隼人は一度も寝所には来ない。
 当然だろう。いつ寝首を掻かれるかわからない妻のところになど、やって来る物好きな夫はいない。
 微妙に敵意をはらんだ雰囲気にとまどう桜花に、藤音は問うた。
「で、おまえはあの殿の何?」
「え?」
 質問の意味がわからなくて、桜花は眼をぱちぱちさせた。
側女(そばめ)? まさか巫女を側室にはしないでしょう」
「ち、違いますっ」
 桜花は耳まで真っ赤になって首を横に振る。
「わたくしは神官であった亡き父の後を継ぎ、九条家にお仕えしている巫女でございます。それに隼人さまは誠実なお方。ご正室となられた藤音さまの他には側室も側女もおりません!」
「ちょっと聞いてみただけよ。そんなにむきにならずともよいわ」
 藤音は口もとに袖をあてて、おかしそうに笑う。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み