第174話 片恋の終わり

文字数 505文字

「あの、兄上」
 部屋を出ようとした和臣は振り返る。
「何だ?」
「隼人さまと藤音さまは、どうされておいででしょうか」
 倒れた桜花と共に天宮の屋敷に移ってしまったので、隼人たちがどうなったのか、ずっと気がかりだったのだ。
「藤音さまはまだお身体が本調子ではなくて、寝たり起きたりという感じだが、徐々に快方にむかわれているようだ。今は隼人さまがそばについておられる」
 仲睦まじい二人の姿を想像して、伊織はかすかに笑みを浮かべた。
「もう大丈夫だ。如月どのも言っていた。とても似合いの夫婦(めおと)だと」
 長い長い回り道をして、二人はようやく心が通じあったのだ。
 去り際、和臣は桜花をもう一度見つめ、
「隼人さまも藤音さまも心配されておられます。桜花どの、早くお元気になられてください」
 そして万感の想いをこめたまなざしを伊織に向け、
「桜花どのを頼む」
 片恋の終わりだった。和臣が静かに部屋を出ていくと、伊織は桜花の耳にかかる髪を撫でながら話しかけた。
「聞こえたか? 兄上が求婚を取り下げに来てくれたぞ」




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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