第121話 黒い影

文字数 549文字

 和臣は小屋の戸口を背にして立っていて、他に出入り口はない。
 ゆっくりと近づいてくる和臣に、桜花はまた一歩、後ずさる。
「なぜ逃げるのです?」
 背後は壁で逃げ場がない。まるで自分が追いつめられた獲物のような気がする。
 さらに一歩、近づく和臣に桜花は息を呑んだ。
 いつの間にか和臣の眼には、桜花がこれまで見たこともない、暗い、狂気じみた色が宿っていたのだ。
 氷のような冷気が周囲に漂い、和臣の背後にゆらめくような黒い影を見た時。
 和臣の腕が素早く動き、桜花の腕をつかむ。
 次の瞬間、桜花は強引に抱きしめられていた。
「和臣さま !?
 懸命に抗うが、さらにきつく抱きしめられ、身動きが取れない。
「お離しください!」
 宙に桜花の声が空しく響き、和臣の言葉が二重になって耳に入ってくる。
「親子して奪うか。伊織の母はわたしの母から父を奪い、今度は伊織がわたしから愛する者を奪うのか!」
 身体の自由を奪われたまま、桜花は固い木の床に押し倒された。
 自分の上に覆いかぶさってくる和臣の背後に、今度は明確に黒い影を見る。
 鬼だ、と桜花は悟った。
 封印を破った鬼が和臣に憑りついているのだ。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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