第56話 直接に

文字数 537文字

「せっかくきれいな花を咲かせた鉢植えです。隼人さまがご自分でお届けなさいませ」
「でも、わたしが行っても……」
「ご心配には及びません。如月さまはもうお味方ですわ」
 先日、主の謝罪に乗りこんできて以来、如月は藤音のために隼人と盟約を結んだようなものである。
 よもやけんもほろろに追い返される羽目にはなるまい。
「隼人さまがご自分で直接お渡しすること、それこそが藤音さまにとって一番のお薬になるかと存じます」
「しかし……」
 鉢植えと桜花を交互に見比べ、隼人はまだためらっている。
「では、途中まで桜花もご一緒しましょう。隼人さまが藤音さまにお会いになられたら、わたくしは姿を消しますゆえ。そうと決まれば、お早く」
「あ、桜花どの!」
 すたすたと歩き出す桜花の後を、鉢植えをかかえ、隼人があわてて追いかける。
 そこまではよかったが、桜花は重要なことを忘れていた。
 昨日はそのまま祖父の屋敷へ行ってしまったので、自分の部屋くらいしか館の間取りがわからないのだ。
 途中で歩みを止め、桜花はきまり悪げに振り返った。
「あのう、藤音さまのお部屋はどちらでございましょう……?」




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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