第182話 黄泉の門番

文字数 583文字

「桜花はあなたのそばにいます。伊織、ずっとずっとあなたのそばに」
 微笑もうとしたが、上手にできなくて、泣き笑いのような顔になってしまう。
 どうしてだろう。こんなにうれしいのに。幸せなのに。
 幸せがあまりに大きいと涙があふれてくるのだと、桜花は初めて知った。
「本当に桜花は涙もろいな」
 微苦笑しながら、伊織は桜花の涙を指でぬぐうと、今度は優しく、愛おしさをこめて唇を重ねてくる。
 少しだけとまどって、でも満ち足りた想いで桜花は眼を閉じる。
 しかし二人は長くは寄り添っていられなかった。今はまずこの異界から離れなくては。
「早く出よう。こんな所に長居は無用だ」
 桜花の肩を抱き、暗闇の中を引き返そうとした時だ。背後で低い唸り声がした。
 同時に振り返った二人の視界に、岩門から大きな獣がのっそりと出てくるのが映る。
 黄泉の門番というわけか、と伊織は表情を厳しくした。どうやらすんなりとは帰してくれそうもない。
 全身を漆黒の剛毛で覆われた獣は人の背丈よりはるかに高く、鋭い爪と牙、頭には大きな角を持っている。二つの眼は闇の中で紅く光り、吐く息は火のように熱い。
 見るからに獰猛な異形の獣に伊織は刀を抜き、構えた。
 倒せる自信はまるでないが、やるしかない。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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