第182話 黄泉の門番
文字数 583文字
「桜花はあなたのそばにいます。伊織、ずっとずっとあなたのそばに」
微笑もうとしたが、上手にできなくて、泣き笑いのような顔になってしまう。
どうしてだろう。こんなにうれしいのに。幸せなのに。
幸せがあまりに大きいと涙があふれてくるのだと、桜花は初めて知った。
「本当に桜花は涙もろいな」
微苦笑しながら、伊織は桜花の涙を指でぬぐうと、今度は優しく、愛おしさをこめて唇を重ねてくる。
少しだけとまどって、でも満ち足りた想いで桜花は眼を閉じる。
しかし二人は長くは寄り添っていられなかった。今はまずこの異界から離れなくては。
「早く出よう。こんな所に長居は無用だ」
桜花の肩を抱き、暗闇の中を引き返そうとした時だ。背後で低い唸り声がした。
同時に振り返った二人の視界に、岩門から大きな獣がのっそりと出てくるのが映る。
黄泉の門番というわけか、と伊織は表情を厳しくした。どうやらすんなりとは帰してくれそうもない。
全身を漆黒の剛毛で覆われた獣は人の背丈よりはるかに高く、鋭い爪と牙、頭には大きな角を持っている。二つの眼は闇の中で紅く光り、吐く息は火のように熱い。
見るからに獰猛な異形の獣に伊織は刀を抜き、構えた。
倒せる自信はまるでないが、やるしかない。
微笑もうとしたが、上手にできなくて、泣き笑いのような顔になってしまう。
どうしてだろう。こんなにうれしいのに。幸せなのに。
幸せがあまりに大きいと涙があふれてくるのだと、桜花は初めて知った。
「本当に桜花は涙もろいな」
微苦笑しながら、伊織は桜花の涙を指でぬぐうと、今度は優しく、愛おしさをこめて唇を重ねてくる。
少しだけとまどって、でも満ち足りた想いで桜花は眼を閉じる。
しかし二人は長くは寄り添っていられなかった。今はまずこの異界から離れなくては。
「早く出よう。こんな所に長居は無用だ」
桜花の肩を抱き、暗闇の中を引き返そうとした時だ。背後で低い唸り声がした。
同時に振り返った二人の視界に、岩門から大きな獣がのっそりと出てくるのが映る。
黄泉の門番というわけか、と伊織は表情を厳しくした。どうやらすんなりとは帰してくれそうもない。
全身を漆黒の剛毛で覆われた獣は人の背丈よりはるかに高く、鋭い爪と牙、頭には大きな角を持っている。二つの眼は闇の中で紅く光り、吐く息は火のように熱い。
見るからに獰猛な異形の獣に伊織は刀を抜き、構えた。
倒せる自信はまるでないが、やるしかない。