第19話 むけられた刃

文字数 575文字

 甘やかな想いが隼人をつつみ、この姫が自分の妻になるのかと思うと不思議な気がした。これが(えにし)というものなのだろうか。
「こんな時は何と言ったらいいのかな。祝言を挙げたとはいえ、わたしたちはまだ互いのことをほとんど知らないし」
 はにかんだ、柔らかな笑み。
 もしもこれが何のしがらみも謀略もない出会いだったら。藤音はこの少年に好意を持てたかもしれない、とふっと思う。
 だが、その笑顔も藤音の決意を変えさせることはできなかった。
 顔を上げ、ちょうど向かい合った、次の瞬間。
 素早く藤音は懐から短刀を取り出し、隼人めがけて振りかざした。
「お覚悟!」
「藤音どの!?
 驚愕した声を上げながら、間一髪で隼人が刃をかわす。藤音の腕をつかみ、小刀を取り上げようとする。  
 藤音は腕を押さえつけられたまま、寝床の上に倒された。白い床に艶やかな黒髪がさあっと広がり、握っていた手からぽろりと小刀が落ちる。
「藤音どの、どうして……」
 床に組み伏せられたまま、藤音はきっと隼人を見すえた。瞳が憎しみにきらめいている。
「これでおわかりでしょう。わたくしはあなたさまを殺めるために嫁いできたのです!」
 隼人の顔に愕然(がくぜん)とした色が浮かぶ。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み