第172話 封印を解きし者
文字数 512文字
「兄上は今日は……」
「お加減が悪いというので見舞いと、あと桜花どのと祖父どの、お二人に話があって来たのだが……」
わざわざ怪我をおしてここまで来たのだ。大切な用件なのだろう。
だが当の桜花は話もできない状態だ。
伊織が黙っていると、和臣は自分から話し始めた。
「こちらから言い出しておいて恐縮なのだが、求婚を取り下げていただこうと思ってな」
「求婚を?」
思わず訊き返す伊織に、ああ、と穏やかに相槌を打つ。
「それは、やはりその怪我が原因なのですか?」
封印されていた鬼が解放されたすぐ後、兄と桜花の間に起こった出来事。
居合わせたわけではないが、何があったのか、あの時駆けつけた伊織には察しがついている。
「いや、違う。この怪我のせいでも桜花どののせいでもない」
強い調子で和臣は否定した。
「鬼の声を聞き、受け入れてしまったのはわたしの責任だ。わたしは桜花どのが好きだった。どうしても妻にしたかった。願いは欲望となり、鬼につけ入る隙を与えてしまった。鬼の声に従い、あの岩の封印を破ったのは──このわたしなのだ」
「お加減が悪いというので見舞いと、あと桜花どのと祖父どの、お二人に話があって来たのだが……」
わざわざ怪我をおしてここまで来たのだ。大切な用件なのだろう。
だが当の桜花は話もできない状態だ。
伊織が黙っていると、和臣は自分から話し始めた。
「こちらから言い出しておいて恐縮なのだが、求婚を取り下げていただこうと思ってな」
「求婚を?」
思わず訊き返す伊織に、ああ、と穏やかに相槌を打つ。
「それは、やはりその怪我が原因なのですか?」
封印されていた鬼が解放されたすぐ後、兄と桜花の間に起こった出来事。
居合わせたわけではないが、何があったのか、あの時駆けつけた伊織には察しがついている。
「いや、違う。この怪我のせいでも桜花どののせいでもない」
強い調子で和臣は否定した。
「鬼の声を聞き、受け入れてしまったのはわたしの責任だ。わたしは桜花どのが好きだった。どうしても妻にしたかった。願いは欲望となり、鬼につけ入る隙を与えてしまった。鬼の声に従い、あの岩の封印を破ったのは──このわたしなのだ」