第172話 封印を解きし者

文字数 512文字

「兄上は今日は……」
「お加減が悪いというので見舞いと、あと桜花どのと祖父どの、お二人に話があって来たのだが……」
 わざわざ怪我をおしてここまで来たのだ。大切な用件なのだろう。
 だが当の桜花は話もできない状態だ。
 伊織が黙っていると、和臣は自分から話し始めた。
「こちらから言い出しておいて恐縮なのだが、求婚を取り下げていただこうと思ってな」
「求婚を?」
 思わず訊き返す伊織に、ああ、と穏やかに相槌を打つ。
「それは、やはりその怪我が原因なのですか?」
 封印されていた鬼が解放されたすぐ後、兄と桜花の間に起こった出来事。
 居合わせたわけではないが、何があったのか、あの時駆けつけた伊織には察しがついている。
「いや、違う。この怪我のせいでも桜花どののせいでもない」
 強い調子で和臣は否定した。
「鬼の声を聞き、受け入れてしまったのはわたしの責任だ。わたしは桜花どのが好きだった。どうしても妻にしたかった。願いは欲望となり、鬼につけ入る隙を与えてしまった。鬼の声に従い、あの岩の封印を破ったのは──このわたしなのだ」




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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