子犬の奮闘

エピソード文字数 2,826文字

 臨時の療養場所となった本陣の中で、ヴァイノはアルテミシアから体術の型の稽古(けいこ)をつけてもらっていた。
「そんでさぁデンカがさぁ、ぜんっぜん手加減しねぇの」
 ぶつぶつと文句を言い続けながら、ヴァイノは真面目に、真剣に体を動かす。
 旧レゲシュ邸での組手では、レヴィアにコテンパンにやられた。悔しくてならない。
「脇をもっと締めろ。体側に喰らうぞ」
 重ねられた柔らかい枕に背を預けたアルテミシアが、ヴァイノを熱心に指導する。
「うん。悪くない。あとは実戦を重ねるのみだな。レヴィは気配を読むのが上手い。幼いころからそうやって、独りで身を守ってきたから。だがヴァイノには、それを上回る速さがある。修練を重ねれば、いい勝負になるだろう」
 アルテミシアは満足そうに笑った。
「…そうだよな。デンカ、ぼっちつうか、敵だらけだったんだもんな。オレは仲間がいてくれたけど」
 肩口で汗を()きながら、ヴァイノは寝台横の椅子(いす)に座った。
「ヴァイノはその仲間を守ってきたじゃないか。レヴィもヴァイノも辛かっただろうが、その身に付いた(すべ)で故郷を守った。二人ともトーラの英雄だ」
「えへへ、えへへへへへ」
 照れ笑いしている顔を隠すために、ヴァイノは方卓に用意された水筒を仰ぎ飲む。
「あれ、これただの水じゃねぇ。うめぇ~」
 ヴァイノは手にした水筒をまじまじと見つめた。
「スバクル特産の柑橘果汁だそうだ。レヴィが用意してくれたんだぞ」
 アルテミシアが腕を伸ばし、自分用の器を手に取る。
 白い(のど)がゆっくりと動いた。
「ん、美味しいな」
「ふくちょの顔色、すげぇ良くなったね」
 ヴァイノはほっとしながら、方卓に並べられたさまざまな菓子を指差す。
「今食える気分?このさ、胡桃(くるみ)()いたのが入ってるやつ。すげぇうまいよ」
「どれどれ」
 勧められ、アルテミシアが指を伸ばした。
「本当だ。香ばしい風味と、抑えた甘みが後を引くな。いくつでも食べられそうだ」
「そっか、そりゃ良かった。デンカ喜ぶぜ。毎日あれやこれや試して作っててさ。アスタとかメイリも、味見つき合ってんだぜ。オレは食うだけだけど、二人は甘味(かんみ)にうるさいんだよ。でさ、“アルテミシア様はこうしたほうがお好きじゃないですか”とか言われると、ありがとうって言いながら、ちょっとムッとしてんのがバレバレなんだよ。おっかしいよなぁ」
「むっとする?二人の助言に?レヴィが?どうして?」
 作法でもディアムド語でも武術でも。指導にはいつでも、素直にうなずくレヴィアしか知らないアルテミシアは首を(ひね)る。
「や、だってさ」
 何を言い出すんだ、この人は。
 ヴァイノは、しぱしぱと瞬きをする。
 あれだけ丸わかりな態度を取られているじゃないか。
 特にアルテミシアが生還してからは、見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、レヴィアの気持ちはだだ漏れしている。
「だってデンカは、いつも一番でいたいんだよ。ふくちょの。ふくちょのこと、一番知ってたいんだ。その…、好き、だから」
 言葉の最後を口の中で濁すヴァイノに、アルテミシアの首がますます深く(かし)ぐ。   
「ふくちょだって好きだろ?デンカのことっ」
 ヴァイノは思い切って聞いてみた。
 どうせオレたちのデンカは肝心のことは伝えられずに、もやもやしているだけに違いない。だからアルテミシアも、明確な態度を示さないでいるのだろう。
 ここは一肌脱ごうではないか。
「もちろんだ」
 間髪入れずにアルテミシアが肯定する。
 ヴァイノの顏が輝いた。
 やっぱり二人は想い合ってるんだ。良かったな、と思ったところで。
「レヴィは好きだ。可愛い」
 あまりにあっさりした態度のアルテミシアに、嫌な予感が湧き上がる。
―トカゲは好きだ。可愛い―
 トレキバでそう言っていたときのアルテミシアと、まったく同じ口調だ。
「え、あのさ、好きってさ、男として特別って意味だぜ?」
「男として?レヴィは男だぞ」
 当たり前のことを言うなと、アルテミシアは笑う。
 ヴァイノは盛大なため息をついた。
 レヴィアには言えても、師匠で上官でもあるアルテミシアに「だぁー、ちっげぇよっ!」、とは叫べない。
「あのさ、それさ。ふくちょが“トカゲは好きだ”っつってたのと変わんねぇように聞こえるけど。デンカを好きって、トカゲみてぇに好きなの?」
「…え?」
 アルテミシアの表情が固まる。
「好きっていろんな種類があるだろ?ふくちょはオレたちのことも可愛がってくれるけど、オレを好きなのと、デンカ好きなのは同じなわけ?」
 固まった表情のまま、アルテミシアは考え込む。
「好きに、種類が…、ある?」
 何を言われているのかさっぱりわからない、という顔をアルテミシアはしている。
「あのさぁ」
 ヴァイノはもう、ため息も出ない。
「ほら、バラだっていろんな色があるだろ。赤とか、黄色とか、白とか。同じ赤だって、びみょーに違うじゃん。ふくちょの髪みてぇな紅色もあるけど、橙色っぽい赤もあるだろ?おんなじバラっつったって、種類があるじゃん?」
 アルテミシアは曖昧な顔をしてヴァイノを眺めている。
 一世一代、自分なりに洒落た例えをしたと思ったのだが。
 ヴァイノは(うな)りながら眉間(みけん)に指を当てた。治りかけの傷に指が触れ、そうだ、と思いついて顔を上げる。
「隊長に言われたんだけどさ」
「…ジーグに?」
 困ったような顔で自分を見つめているアルテミシアは、いつもより幼く見えた。師匠と弟子の立場が逆転したような、いや、まるで妹が兄を頼るような表情だ。
 ヴァイノは張り切る。
「うん。オレがやたら剣振り回してガンガン攻め込んでたらさ、“力で押すだけが強さじゃない”って。“好機を待つこと。時機を見て引くこと。すべて強さだ”って」
「それはわかる」
 アルテミシアはすんなりとうなずいた。ヴァイノの顔に苦笑いが浮かぶ。
「強さの種類…。好きの種類…」 
 つぶきながら、アルテミシアは考え続ける。
「ヴァイノは、…子犬だ」
「わかったよ」
 もうこの際、自分のことはどうでもいい。
 じりじりしながら、ヴァイノはアルテミシアの言葉を待つ。
「レヴィは…。…トカゲじゃない」
「よかったよ」
「子犬じゃない」
「そうなんだ」
「…弟?…」
 あー、やっぱりかとヴァイノは肩を落としかけた。
「…じゃない」
 あれ?これは?
 ヴァイノは期待に満ちた目をアルテミシアに向ける。
 だが続けてアルテミシアが口にした言葉に、とうとうヴァイノの肩はがっくりと落ちた。
「…何だろう。本当だ。好き、に種類があるんだな」
 今やっと気がついたという顏をしているアルテミシアを、ヴァイノは半笑いで眺める。
 これは重症だ。デンカよりヒドい。
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