語られる真実-2-

文字数 3,312文字

 ラシオンが率いてきた「スバクルの仲間たち」は、とうてい離宮兵舎に収まる数ではなかった。
 そのため、賓客(ひんきゃく)を迎えるための、王宮離れ別棟を提供することとなったのだが。
「”え、こんな豪勢な場所を俺たちに?!”」
「”ひゃー、先に湯を使わねぇと汚しちまうなっ”」
「”いや、ちょっとお前ら落ち着け、落ち着けって!……まさか、通じてねぇのか?”」
「”ちっとばかしヘンテコっすけど、ちゃんとスバクル語っすよ。トーラ語って、けっこうスバクル語と似てっから、ごっちゃになるっすね”」
「”まあ、もともと一緒の国だったのが、大昔に分裂した歴史を持つから、”」
「”わー!湯殿がすげー!”」
「”池みたいだな!”」
「”泳ぐ?”」
「”泳ぐな!おい、サージャ、聞けよっ。……はぁ”」
 いい年をした同朋たちのはしゃぎ声に、ラシオンのため息などはかき消されていった。


「失礼いたします!……あーもー、あいつらヴァイノ並み」
 ラシオンはやれやれと愚痴をこぼしながら、簡素だが趣味の良い王の私室へと入る。
「お疲れさまでございました。さあカーヤイ公、こちらへ」
 先に着席していたファイズの隣を示し、スライが薬茶を置いた。

()れてありますから、苦くはないですよ。ご安心してお召し上がりください」
「ありがとな。どーも俺、レヴィアはからかいたくなっちゃうんだよなぁ。……あっ!へ、陛下……」
 今さらながら、メテラとともに隅の長椅子(ながいす)にゆったりと座る国王に気づき、腰掛けたラシオンは姿勢を正す。
「えーっと、ですね」
「構わぬ」
 上席はクローヴァとレヴィアに譲り、すっかり(くつろ)いだ様子の国王は、口の端を楽しげに上げた。
「かつては敵国として相まみえた我らのために、ここまで尽力してくれたこと、本当に感謝に絶えない。カーヤイの疾風よ」
有難(ありがた)きお言葉です。でもまぁ、トーラ国のためってよりは、レヴィアに縁があって、俺自身も楽しめそうだったからってだけなんで。礼とか必要ないですよ?だって」
 ラシオンは胸に手を当てつつ、にやりと笑う。
「ここからは、きれいなだけの話をするつもりはないですし」
 そのまま話し始めようとしたラシオンは、片手を上げたアルテミシアに気づくと口を閉じた。
 尋ね顔するラシオンを無視して立ち上がったアルテミシアは、ゆっくりとヴァーリに向き直る。
「恐れながら陛下。カーヤイ公のお話の前に、お伺いしたき儀がございます」
「許す」
 アルテミシアの硬い表情と覚悟しているようなヴァーリの声に、ラシオンは口を挟まずに椅子(いず)に背を預けた。
 
 愚連隊を除くフリーダ隊員、そして、クローヴァから呼ばれているダウム親子とカリート。
 王の間にいる者全員の顔を、アルテミシアは確認するように見渡していく。
「皆、了解しているとは思うが、これから知る内容は他言無用だ。サイレル公はスバクルの方だが、ご恩情(たまわ)りたい」
「当たり前だ。ご助力を願い、同盟を結ばんとしている方に誠意を見せずして、剣士を名乗る資格などない。約束しよう」
 ほっとしたように頬を緩めるアルテミシアを見て、ファイズはラシオンに肩を寄せて(ささや)いた。
「……うーん。こうしてみると、確かに”可愛娘(かわいこ)ちゃん”だな。本当に苛烈な騎士なのか?」
「馬鹿、聞かれたら斬られるぞ」
「聞こえている。ラシオン、明日、朝一番に組手をするからな」
「今の俺じゃねぇ」
「ラシオンが余計なことを言ったからだろう」
「だって、本当だろ?お嬢が可愛いのは、……んぐ」
 王子たちが座る方向から、氷点下の空気を察したラシオンは、息を飲むようにして口を閉ざす。
 ちらりと確認すると、無表情のレヴィアとばっちり目が合った。
「やべやべ」
 首をすくめるラシオンをひとにらみして、アルテミシアは改めてヴァーリに頭を下げる。
「陛下、改めてお伺いいたします。メテラ様に真実を伏せていらっしゃったのは、何故(なにゆえ)でございますか?もちろん、簡単には明かせないご事情は重々承知。しかし、幼いころに、他人の口から知らされたメテラ様は、ずっとおつらかったことでしょう」
 
 懐かれたメテラから何度かお茶に呼ばれるうちに、アルテミシアは気がついたのだ。
 明るくはしゃぐその瞳に、ふと浮かぶ不安の陰。
 クローヴァを「お兄さま」と呼ぶときの、一瞬ためらう間。
 それを言葉にも出さずに、ひとり抱えているメテラがいじらしくて。

「知らぬことで守られるものもある、と判断したのだ。欲深い怪物が跋扈(ばっこ)する、この状況を改善させてから話そうと。……あれほどに早く知っていたとは、思いもせずな」
 詫びるヴァーリの視線が、隣に座るメテラに向けられた。
「お前の母であるアネルマ・アッスグレンは、我が友デシーロ・タウザーの恋人だった。だが、対立する家の者同士。デシーロからは、常に相談を受けていた。同時期、エグムンド・アッスグレンが、私の後添(のちぞ)えにとアネルマを推してきたが、逆に王の承認をふたりに与え、(めあわ)せようとしていた矢先だ。デシーロが急死したのは」
 メテラから視線をそらして、ヴァーリはため息をつく。
「悲しみに暮れているアネルマを、エグムンドは聞く耳も持たずに王宮に連れてきた。そこで私は初めて知ったのだ。新しい命がその身に宿っていることを。アッスグレンには帰れない。さりとて、王宮にも居場所はない彼女は、絶望して自害を(はか)った。なんとか一命は取り留めたのだが、なお彼女はデシーロを追おうとした」
 血が通わなくなるほど握り込まれたヴァーリの(こぶし)に、メテラはためらいながらも、そっと手を伸ばした。
「だから、私はアネルマに提案したのだ」
 華奢なメテラの指を、ヴァーリの大きな手が包み込む。
「デシーロの忘れ形見を守ろうと。形だけの婚姻を結び、その後、子供が無事産まれ成長したときに離縁をしよう。どこか地方で、母子(おやこ)で安らいだ日々を過ごせばよいと。だが、アッスグレン家当主エグムンドはそれを許さなかった。”子供すら追い払われるとは、よほどの不心得があったということ。そんな一族の恥晒(はじさら)しを外になど置いておけない”と、王宮から出すのならば、アッスグレン家に戻すよう要求してきたのだ」
 息を詰めるメテラの手を、ヴァーリは慈しむように軽くなでた。
「それを許せばアネルマの命は無いだろう。メテラも危ない。だが、(いつわ)りの王妃という立場に、アネルマの心は壊れる寸前だった。幾たびもの交渉の末に、メテラは王女として王宮で育てること、その教育はアッスグレン家に(ゆだ)ねることを条件に、アネルマは地方での暮らしを許された。結果、お前から母を奪い、教育係として寄こされたのが、あのカーフだ。本当に済まなかった」
 目を潤ませたメテラが、小さく首を横に振る。
「だが、こちらは条件をのんだというのに。アネルマの移動途中、刺客が差し向けられた」
「では、私の母は、もう……」
 声を震わせるメテラに、ヴァーリは口の片端をにやりと上げた。
「そんなへまを我が側近がするはずがない。なあ、ギード」
「はい。やつらの卑劣さなど想定内。事前に、同じ年ごろの女性を埋葬する家を探し出し、交渉し、アネルマ様の亡骸(なきがら)と偽りました。やつらは刺客から報告を受けただけで、やすやすと(だま)されてくれましたよ」

――あばずれは事故に()って死んだようだ――

 幼かったあの日に聞いたカーフの声を思い出しながら、メテラの瞳に涙がたまっていく。
「……母は、生きているのですね……」
「とある田舎町で、デシーロの墓守(はかもり)をしながら暮らしている。落着いたら会いにいこう」
 ほろりと涙をこぼしながらメテラはうなずいた。
「邪魔者が消えた今、タウザー家の不審死をすべて洗い直す。デシーロが崖から落ちて死んだのは、アッスグレンを捨てる決意をしたアネルマを迎えにいく道すがらだ。あの慎重な男が、そんな迂闊(うかつ)な真似をするとは思えない。それからカリート、お前の父と祖父の死も」
 ヴァーリは(ふところ)から、カリートがダヴィドに渡した書付けと薬草の包みを取り出す。
「ふたりの死に”悪魔の爪”の影はないが、この数種類の薬草に答えはあるかもしれない。レヴィア、この中に、帽子草はあったのだな」
 料理に仕込まれ、魚たちを全滅させた薬草の名に、レヴィアは無言のままうなずいた。
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