届く声 -1-

エピソード文字数 2,903文字

 (おとうと)弟子(でし)と火花を散らす愛弟子(まなでし)に狙いを定めながら、リズワンはぎりっと奥歯を噛み締めた。
 あのジーグが押されている。
 (まだら)の竜は倒した。これ以上アルテミシアを「竜騎士」でいさせるわけにはいかない。ただの虐殺者になってしまう。
 だが今、アルテミシアの剣術はジーグを(しの)いでいる。
(アルテミシア竜の血のせいか。よほど親和性が高いとみえる)
 死闘を繰り広げる二人の動きをリズワンは追い続けた。
 
 (あるじ)の短剣を弾き返しながらジーグは待つ。アルテミシアの(すき)が生まれる瞬間を。
 これまでの経験上、もうそろそろ竜の血の効果が薄れてもいいころだ。
 鳩尾(みぞおち)に二発。
 それが(あるじ)の「竜騎士」解除方法。これまで失敗したことはない。
 だがアルテミシアの剣は衰える様子もない。
 それほどまでに心潰れる真実を聞かされたのか。怒りに飲み込まれ、竜の血に縛られてしまうほどの。
 短剣がうねりを上げて振りかぶられる。その切っ先がジーグの(ほほ)をかすめ切り裂く。
 縮まった距離にすかさずジーグは蹴りを繰り出すが、アルテミシアの身のこなしはそれよりも速い。
 ジーグの足は空しく宙を蹴り上げただけだった。
 その足元にアルテミシアは体をねじ込み、大柄な剣士の体を投げ飛ばした。倒れたジーグに間髪入れずに短剣が突き立てられる。
 素早く転がり短剣を()けながら、ジーグはアルテミシアに足払いを掛けた。
 均衡を崩したアルテミシアの鳩尾(みぞおち)に、ジーグの重い蹴りが入った。
「ぐっ…」
 体をくの字に折って、アルテミシアが後ずさる。
 その間にジーグは立ち上がるが、攻撃体制を整える暇もない。
 アルテミシアは何の痛手も受けなかったかのように、再び襲いかかってきた。
 息の根を止めにかかってくる(あるじ)を傷つけずに、その動きを封じる。
 封じなければならない。
 今、これといった打開策は思いつかないが、やらなければ。
 防戦一方のジーグは、腹に力を入れた。
 
 竜騎士を見守るレヴィアの瞳が揺れる。
 斑竜(まだらりゅう)が血の海に沈み、ヴァイノが傷つき、ジーグの顏に焦燥が浮かぶ。
 すべてあの慕わしい竜騎士の仕業だ。
 深い傷を負ったヴァイノの額に(さらし)をきつく巻きながら、レヴィアは惑う。
 あれがアルテミシアの言っていた、「竜騎士の本当の姿」なのだろうか。
 わずかに生まれた(すき)を逃さず竜騎士を捕らえ、羽交い絞めにしたジーグの姿がレヴィアの目に飛び込んできた。
「リズ!」
 悲痛な怒声が懇願する。
 鳩尾(みぞおち)にもう一発。賭けのような荒業だが、リズワンの腕を信じる。
 ジーグは暴れるアルテミシアの体をリズワンに向けた。
 リズワンは矢じりの代わりに木球を取り付けた、特別製の矢に素早く(つが)え替える。
 恐ろしいほど冷静で、研ぎ澄まされた瞳をしているリズワンの大弓が引き絞られた。
「駄目っ!」
 我に返ったレヴィアが叫び走り出す。
「駄目だよっ!ミーシャを、殺さないでっ」
「馬鹿者っ!リズを信じろ!来るなっ!」
 猛り狂いながら拘束を振りほどこうとするアルテミシアを押さえつけながら、ジーグが声を荒らげる。
 その声も耳に入らず、レヴィアは全速力で走った。
 レヴィアに気を取られたジーグの一瞬の(すき)をついて腕を振り払うと、アルテミシアはその首に肘を入れた。
 ジーグの息が詰まり、体がわずかに折れる。
 従者の拘束からしなやかに抜け出した赤毛の騎士は、走り寄る少年を敵と認識したようだ。猛然とレヴィアへ向かって疾走する。
「逃げろレヴィアっ!」
 潰れた声で、それでもジーグは怒鳴った。
「いつものリズィエではないんだっ」
「竜騎士になった貴女(あなた)がどんな存在でもっ!ミーシャはミーシャだよ!僕が貴女(あなた)を、恐れるはずがないよっ!」
 あの夜、離宮の畑で。
 サラマリスであることに諦めきっているアルテミシアに伝えた、そのままの言葉をレヴィアは叫んだ。
「ミーシャは、ミーシャだよっ!」
 力一杯、全霊でその存在を呼ぶ。
 無表情で短剣を振りかぶってくるアルテミシアに、レヴィアは両手を差し出した。
「アルテミシア!僕の、竜騎士!」
 レヴィアの喉元(のどもと)を切り裂く寸前で、アルテミシアの短剣が止まった。
「…レヴィ…?」
 若草色の瞳に生気が(とも)り、揺らぎ、レヴィアに焦点が合わせられていく。
 その(ほほ)を褐色の手のひらが包み込んだ。
 アルテミシアの瞳から湧水(わきみず)のように涙が溢れ出し、(ほほ)にこびりついた返り血を洗い流していく。
「…レヴィ…」
「アルテミシア」
 とても正しい発音で、レヴィアは竜騎士の名を呼んだ。
「…上手に、言えるようになったよ。改名しなくて、よかったでしょう?」
 真剣なまなざしでのぞき込んでくるレヴィアに、アルテミシアは小さく微笑み返した。
(“解除”できた?だがなぜ?)
 ジーグはほっとしながらも疑問を(ぬぐ)えない。
 (あらかじ)め定められた「契約者」による、(あらかじ)め決められた部位への打撃。
 それが暗示による解除方法だと、(あるじ)から伝えられている。
 不十分だったはずだ。
 だが、今は良しとすべきか。この(いくさ)に決着をつけるほうが先だ。
「ここで引いては我らの未来はないぞ!」
 屈せず戦うレゲシュ軍将の呼号がいまだ平原に響き、ここを背水の陣と、従う兵士たちの殺気も高まっている。
 現在の戦況を見極めるため、ジーグは一瞬二人から目を離した。
「ジグワルドっ!」
 リズワンの叱咤(しった)する声が鼓膜に刺さった。
 ジーグが目を戻すと、アルテミシアが思い切りレヴィアを突き飛ばしている。
「っ!?しまったっ!やはりまだ…」
 竜騎士の諸手の短剣が、素早く攻撃態勢を取った。
 
 金属音とともに舌打ちが響いた。
「…カーフ…」
 突き飛ばされしりもちをついたレヴィアの口から、思わずその名が漏れる。
 目深(まぶか)にかぶった革兜(かわかぶと)で顔は隠されているが、確かにトレキバの家令だ。
 細身の剣がアルテミシアの激しい攻撃を受けている。二人の剣から火花が散っていた。
 その背後。
 明らかに有象無象(うぞうむぞう)の大群がレゲシュ軍に合流し、こちらに向かおうとしていたジーグの足を止め、ビゲレイド隊と激しくぶつかり合っていた。
 スバクル流の構えから、カーフレイが素早い攻撃を仕掛ける。その刃を難なくかわしたアルテミシアの短剣が、革兜(かわかぶと)を切り裂いた。
 忌まわしげな(なまり)色の瞳が露わになる。
「帝国貴族のお前が、なぜトーラの混じり者ごときを守り戦うっ!」
「私の大切な(あるじ)だっ!二度とお前などに傷つけさせない!」
 春告げ鳥の声が高らかに宣言し、カーフレイの剣を弾き飛ばす。
「覚悟っ!」
 竜騎士の足が大地を蹴った。
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