闇に差す光-3-

文字数 3,071文字

 レヴィア王子の前に膝をつく、黒装束の群れ。
 それは壮観な眺めであり、広間は水を打ったように静まり返った。
「あの、顏を、上げてください。あの……」
 顔を上げたラシオンから「がんばれよ」と、口の形だけで伝えられたレヴィアは、大きくうなずく。
「……ラシオン・カーヤイ公。スバクルの、罪無き追放者たる貴方(あなた)の話を、聞きます」
有難(ありがた)き幸せ」
 腹に力を込めたラシオンの声が、広間に響いた。
「まず、(しいた)げられ、(あざむ)かれた同朋にご慈悲頂き、ご恩赦を(たまわ)ったこと、何重にもお礼申し上げます。そして、その者たちより、レヴィア殿下にお願いしたきことがございます。お許し頂けますでしょうか」
「え?あの、もちろん、」
「失礼いたします!」
 レヴィアの返事が終わらないうちに、まだ少年と言っていい年頃の黒装束が、一団の中からすくっと立ち上がる。
「サージャ!元気そうで、何より」
 襲撃事件の際、アルテミシアとの交戦で、かなりの怪我を負っていたサージャの回復ぶりに、レヴィアは知らず笑顔になった。
「でんかのおかげですっかり。あの、おれ、学がないから、まだ口のきき方とか、ダメなんだけど……」
「うん、構わないよ」
「レヴィアでんか。おれたちを、あんたの兵としておめしください!」
「……え?」
「おれたちはスバクルじゃなくて、あんたに命を預けたいんだ!」
 ラシオンが率いてきた人数の半分ほど。
 捕虜となっていた全員の顔が上がった。
「レヴィアでんか。おれと同じ、アガラムの血を持つトーラの王子」
 サージャは瞬きもせずに、レヴィアを見つめている。
「あんたの母うえは、根も葉もないウワサで命を落とされた。焼打ちがあったとき、このトゥクースでは、だれも毒なんかで死ななかったって」
 貴族たちがひしめく広間に、重い空気が生まれた。
 先ほど、焼打ちの流言(りゅうげん)(ささや)いた貴族の顔が強張っている。
「でんかは、おれたちみたいに”混じり者”って言われて、バカにされてきた。なのに、あんたは」
 サージャはいったん口を閉じて、小さな声で続けた。
「……あんたとあんたの母うえは、トーラをうらんでないんだって?」
「トーラは、母さまが愛した国だから。父上がいて、僕がいて。ここが幸せの場所だって、言っていたから」
 広間にいる全員が、息をつめてレヴィアの言葉に耳を傾けている。
「でも、だって……。ずいぶんなこと、されてきたんだろ?ラシオン曹長から聞いたけど」
「そう、だね。生きていくのに、精一杯だったときもあったけど」
 身につまされるような顔をしているサージャに、レヴィアは淡く微笑みかけた。
「だけど、こんなを僕を、守ると言ってくれた人がいるんだ。その人たちと出会えたことは、僕の幸せ。だから、その縁を結んでくれたトーラに、僕は感謝してる」
「……そっか……。でんかは、トーラで幸せを見つけられたんだな」
 サージャは、今にも泣き出しそうに唇を震わせている。
「おれたちはみんな、居場所を持たない”混じり者”だ。スバクルにぜんぜん関係ないやつもいるいるし」
「俺はイハウとアガラムの混じり者だ。親がスバクルに流れ着いたんだ」
 サージャのすぐ後ろにいた男が、底抜けた声を上げた。
「俺なんて捨て子だから、混じってるかどうかもわからねぇ」
 もうひとりの男が大げさにため息をついて、皆の笑いを誘う。
「だました統領(とうりょう)を恨みたい気持ちはあるけど、ウマい話に、考えもなく飛びついた、おれたちも悪い。気がつけたのは、カーヤイ曹長やサイレル惣領(そうりょう)のおかげだ。……ふたりは、すごくよくしてくれた。家紋持ちのくせに、おれたちみたいなハンパ者をさ」
 髭面(ひげづら)の男が目に光るものを(ぬぐ)いながら、鼻をすすっていた。
「レヴィアでんか、あんたは言ってくれたよね。”血なんか関係ない。心がどこにありたいかだよ”って。おれたちは」
 サージャを中心として、元捕虜たちが一斉に立ち上がり、その手を胸に当てる。
「おれたちは、レヴィアでんかに命と心意気を預ける!どうか、貴方(あなた)の兵としてお召しください!」

 しばらく呆然としていたレヴィアは、促すような目をしているラシオンに気づいて、慌ててヴァーリを振り仰いだ。
「お前に一任しよう」
 ヴァーリの承認に、レヴィアの口元がたちまち(ほころ)んでいく。
「ありがとうございます!みんな、ぜひ僕に力を貸して下さい」
「レヴィアでんかの仰せのままに!」
 サージャが威勢よく返事をすると、広間の空気がざわりと揺れた。
「……あれほどの者たちを従えるなんて」
「さすが、ヴァーリ王の血を引くお方だわ……」
 感嘆の(ささや)きが絶えないなか、満足そうに目を細めたヴァーリが一歩、前に出る。
「ラシオン・カーヤイ公。貴公の報告とやらを聞こう」
 威厳あるその姿にも臆することなく、ラシオンはヴァーリを見上げた。
「そこに縛られているのは、イェルマズの家紋を持つ者。イェルマズ家は現スバクル統領、レゲシュ家の分家です。その家の者がトーラ国セディギア家と手を組み、王子抹殺を(はか)りました」
 無言のまま、ヴァーリはただうなずく。
「セディギアとともに去っていったのは、スバクルの者たち。彼らがどこへ身を寄せようとしているのかは一目瞭然。そして、この先、何を仕出かそうとしているのかも」 
「先の政争で、カーヤイ家は反逆を企て追放されたと伝え聞くが」
「事実ではございません。イハウ侵攻の混乱に乗じた(はかりごと)です」
 きっぱりと否定したラシオンに続いて、髭面(ひげづら)の男も顔を上げた。
「発言、ご容赦願います。現統領レゲシュ家が何をしてきたのか。トーラとの休戦に異を唱えながら、誰と結びついてきたのか。追われたこの二年、必死で探って参りました」
「貴公は?」
「カーヤイ家とともに反逆家として追われた、サイレルの者です。ファイズ・サイレルと申します」
「サイレル家!騎馬においては右に出るもの無しと(たた)えらえた、旧家ですね。あまりに武に(ひい)で、レゲシュ家に(うと)まれ、追放されたと聞いております」
「賢老、お詳しいな。ああ、貴殿がテムラン大公姫付きの従者か。……そうか。レヴィア殿下は、かの”風雲猛虎”の血も引かれるのだな」
 スライを称えながら、ファイズがブルリと身を震わせる。
 それはスバクルで、どれほどマハディ・テムランが恐れられているかを物語っていた。
「近々、何かあるか」
「必ず」
 間髪入れずに答えたラシオンに鷹揚にうなずくと、ヴァーリは広間中の貴族たちをゆっくりと見渡していく。
「今ここに(つど)いし、我が親愛なるトーラの(ほまれ)よ!我が手に大切な者たちが戻った」
 トーラ王は背後に控えている王子、王女に向かって片腕を広げた。
「トーラは変革期を迎えている。新しい時代の扉を開き、踏み出す時が来たのだ。皆の安寧秩序(あんねいちつじょ)と未来を守る。信じ、ともに歩んでほしい」
「トーラ国王陛下、万歳!」
「トーラ王ヴァーリ様、万歳!」
 ヴァーリの宣誓にかぶせるようにカリートが声を上げ、ヴァイノが続く。
 そして、フリーダ隊の少年少女たちが盛んな拍手を送った。
「ヴァーリ様……」
「ヴァーリ陛下こそ、我らが王だ!」
 少年たちに同調した者から称賛の声が上がり始めると、それは次々と貴族たちの間に伝播(でんぱ)していき、熱狂した雰囲気を作り出していく。
「ヴァーリ陛下!ヴァーリ陛下!」
 そこここで湧き上がった拍手は、今や広間全体を震わせるほどに鳴り響いていた。

 その(とどろ)きを遠く聞きながら、アルテミシアは微動だにせず膝をつき続けている。

(これで、レヴィアの地位はトーラで確固たるものとなったわ。役目がひとつ、終わったのね)
 
 恭順の姿勢を取るアルテミシアには、諦めたような笑みが浮かんでいた。
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