赤竜の騎士

エピソード文字数 3,821文字

 二頭の竜が翼をたたみ、竜騎士二人が再び戦場に姿を現す。
 ジーグの金の瞳が暗い覚悟を宿した。
 血濡れたロシュの(ほほ)にアルテミシアは口付けをする。ロシュの厚く大きな舌が、アルテミシアの手に流れ落ちる血を()め取った。
 (あや)しく(なま)めかしい、紅い稲妻模様の竜と紅髪(あかがみ)の竜騎士。
 アルテミシアとともに姿を隠し、ともに現れ、すべてを了解したような顔でルベルに騎乗するディデリス。
 その光景は、レヴィアを激しく動揺させた。
「うわぁぁぁぁ!」
 斑竜(まだらりゅう)に乗ったグイドが(わめ)きながら突進してくる。
 指笛の指示もなく、アルテミシアと同時にロシュが走り出した。
 風圧と風音が戦場に生まれる。
 余裕のないグイドの指笛が鳴った。
 真正面から向かってきたロシュに斑竜(まだらりゅう)の爪が襲いかかる。
 漆黒の羽が飛散して舞い上がった。 
 狂暴な爪を受け続けながらも、ロシュの(くちばし)斑竜(まだらりゅう)の首にかじりつき、剣を向けてくるグイドごとその体をねじり、上空へとくわえ上げた。
 グイドの手が手綱(たづな)から離れ、山なりに飛んでレゲシュ兵たちの間へと落ちていく。
 そのまま(くちばし)を離さず、ロシュはそのたくましい首を振って、斑竜(まだらりゅう)を何度も地面に叩きつけた。
「何て…戦い方してんだよっ…」
 レゲシュ軍と斬り結びながら、ヴァイノは苦く(うめ)く。
 耳障(みみざ)りな悲鳴を上げて、(まだら)の竜が大地に横たわった。その体にロシュの爪が深くめり込んだ。
 
 深紅の竜騎士は、消えたグイドを追って戦場を疾走している。
 赤毛なびく先に立ちふさがる者たちが倒れていった。
 刃向う者、気づかぬ者。
 すべてが無慈悲に、一太刀のもと斬って捨てられた。
 血が噴き上がり、断末魔がこだまする。
 顔色ひとつ変えずに返り血を浴び、なお両脇から攻撃してくる兵士たちには、両手の短剣を時間差でめり込ませた。
「消耗し尽くす戦い方はするな」
 そう教えてくれたはずだ。
「戦意を喪失させれば、こっちのもんだ」
 悪戯(いたずら)な笑顔を見せてくれていた。 
―この戦が終わればわかる。竜騎士の本当の姿が―
 あれが「本当の」アルテミシアなのだろうか。「竜騎士」本来の姿なのだろうか。
「そんなはず、ねぇよっ!」
 自分に言い聞かせるようにヴァイノは怒鳴り、馬に(むち)を入れた。
 
 兵士たちの間には敵味方関係なく、動揺が広がっていった。
「何っだありゃあっ!」
「あのバケモノもあの娘もっ、あれはまるで…っ!」
「帝国騎竜軍にサラマリス()りっ!」
 (おび)えと戸惑いが広がる戦場に、耳を奪わずにはいられない美声が獅子吼(ししく)を放った。
 ルベルを走らせながら、ディデリスは矢を放とうとするレゲシュ兵に剣を突き立てる。
「その無慈悲なること嵐の如し!」
 向けられる数多(あまた)の剣をかいくぐり、一気に数人の兵士をアルテミシアが斬り払った。
「その苛烈なること鬼神の如し!」
 深紅の髪を振り乱し走る背に襲い掛かる何本もの矢を、(たけ)るディデリスの剣が斬り落とす。
「…鬼神の、如し…」
 赤竜騎士サラマリスを恐れ(たた)える(ことば)の真実を、この戦場にいる誰もが目にしていた。
 ロシュの爪による一撃を受けた斑竜(まだらりゅう)が、とうとうぐったりと動かなくなる。ロシュはその首をくわえ、(まだら)の体を持ち上げた。
 頑丈な(くちばし)(かじ)られた首部分の羽が抜け落ち、地肌がむきだしになっている。
 ディデリスの指笛が戦場にこだました。
 アルテミシアが顏を傾ける。そして斑竜(まだらりゅう)の急所をくわえたロシュを認めた。
 浴びた返り血が涙のように、白い(ほほ)に伝い流れている。それを(ぬぐ)うこともなく平然と走る少女の姿に、周囲の兵士たちが思わず後ずさった。
 息も乱さず(まだら)の体に突進したアルテミシアが、その勢いのまま飛び上がり、大きく両腕を振る。
 ギィ、ともギャァ、ともつかぬ断末魔が斑竜(まだらりゅう)(くちばし)からほとばしり、大量の血潮が辺りに降り注いだ。
 ロシュが口を開ける。
 ぼとり。
 びちゃり。
 二本の短剣に切り裂かれた竜の首が、自らの血だまりの中に落ちて転がった。
 ロシュの体を飛び越えたアルテミシアが大地に降り立つ。
 周囲の者たちは声を失くし、凍りついていた。
「ああああっ!フェティをヤっちゃったんだぁ?!かっわいそーにー!」
 血走った目でげらげらと笑いながら、グイドがレゲシュ兵の間から立ち上がる。
 鮮緑(せんりょく)の目玉がグイドの声のする方向に動き、その足が大地を蹴った。
 同時に、ロシュも同じ方向に走り出す。
「うわぁぁぁ!」
「バケモノだぁっ!」
 蜘蛛(くも)の子を散らすように逃げる人波が、アルテミシアの行く手を(はば)んだ。
「ぎゃあっ!」
 レゲシュ兵の背に短剣が突き立てられる。
 ロシュがレゲシュ兵を追いたて走り、その爪で引き裂いていく。
「…邪魔…」
 さらに別の背に短剣が振り下ろされようとしたとき。
「バカっ!」
 無秩序に混乱した軍勢の中から飛び出してきたヴァイノが怒鳴り、金属音が響き渡った。
 ヴァイノの剣がアルテミシアの短剣を止めていた。
 鮮緑(せんりょく)の瞳が銀の剣士を見上げる。
「何やってんだよっ!戦意の無い奴ヤるなって、ふくちょが言ったんじゃん!」
 アルテミシアの目が細められた。
「邪魔」
 低い声でつぶやくと、猛然とヴァイノに襲いかかった。
「どうせくよくよするくせにっ!」
 アルテミシアの激しい攻撃を、ヴァイノが受止め(しの)ぐ。
「サージャたちのことも、すっげ気にしてたくせにっ!…わぁ!」
 ヴァイノの黒馬に、慌て逃げるレゲシュ兵の馬がぶつかった。
 (くら)からずり落ちた銀髪の少年にアルテミシアの短剣が迫る。
 ヴァイノは体を(ひね)ってその攻撃をかわす。だがその先には、アルテミシアのもう片方の手に握られた切っ先が待ち構えていた。
 ヴァイノの顔面を短剣が切り裂く。
「…ぐぅっ!」
 額から吹き出した血が銀髪を染める。
 短剣はさらに容赦もなく、ヴァイノに振り下ろされた。
 
 二つの風切り音がアルテミシアに襲い掛かる。
 竜騎士の両手が素早く動き、自らに刺さる寸前の二本の矢を払い落とした。
「よし!」
 次の矢を矢筒から引き抜きながら、リズワンは短くアスタを()める。アスタもさらに矢を(つが)え、目に涙を浮かべがらも姉弟子に狙いを定めた。
 鮮緑(せんりょく)の、何の感情も映さない瞳が再びヴァイノを凝視した。両手の短剣が上がる。 
 片手で押さえてもなお止まらない血に視界を(ふさ)がれ、ヴァイノは為す術もない。
 斬りかかろうとしたアルテミシアが瞬時に飛び退()いた。
「…!隊、長…」
 走り込んできた大柄な剣士がヴァイノの前に立つ。
 黒の肩羽織が(ひるがえ)り、ヴァイノからはアルテミシアが見えなくなった。
「よく頑張った。ここからは私の仕事だ。下がって手当を受けろ」
 腰を落として自分を見据(みす)える(あるじ)に、ジーグは大剣を斜め下に構えた。

「とうとうヤっちゃたんだぁ!」
 グイドは大笑いしながら勢いよく振り返り、襲い掛かってきた細身の剣を弾き飛ばす。
 革兜(かわかぶと)をかぶった男から舌打ちが聞こえる。
「なんだよ」
 グイドは鼻で笑いながら顔を(ゆが)めた。
「お前もあの()が欲しいの?ダメだよあれは俺のだよ“竜騎士”になっちゃったみたいだけどどうせ止めるよあのデカブツ従者がフェティはヤられちゃったからね」
 ありえないほどの素早さで斬りかかられ、カーフレイは防戦一方だ。
 我先にと逃げていくレゲシュ兵数人が、カーフレイにぶつかった。
(しまった!)
 二、三歩よろめいたカーフレイに、顔面口にして笑うグイドの剣が振り下ろされた。
「もーらったっ…ぎゃあ!」
 カーフレイの目の前で、剣を握ったままのグイドの片手が宙を舞って飛んでいった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 手首を失った右腕を左手で押さえ、グイドが地面に転がる。
 いつの間に来ていたのか。
 翡翠(ひすい)色の瞳をした騎士がグイドを見下ろしていた。
 (かな)う相手ではない。
 一瞬で判断したカーフレイは、逃げていくレゲシュ兵士たちの間にその身を紛れ込ませていった。
 
 (ふところ)(さらし)で手首を縛り上げながら、ディデリスを見上げるグイドの瞳がきらきらと輝いている。
「ディデ兄はあの()のために来たんだよねでもあの()はディデ兄のものにはならないよね」
 美しい(まゆ)をしかめながら、ディデリスはグイドの腹を思い切り蹴り飛ばした。
「ぐはぁあ」
 体を丸めながらグイドが転がり、なおディデリスに顔を向ける。
「だってサラマリスだからサラマリス同士は添えないんだから、あの()といるときだけだよねディデ兄が笑うのは俺の名前だってあの()といたから覚えてくれたんでしょう、うちでやった春礼祭覚えてる?」
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