トレキバ騒動-少年たち-

文字数 2,021文字

 スヴァンが温かい蜂蜜入りのお茶を()れている間に、掃除中だったメイリとトーレも呼ばれ、屋敷にいた全員が食堂に集まった。
「あの連中には気がつかなかったか」
 ジーグから問われたヴァイノは黙ってうなずく。
「頼まれていないものも買っているな」
「……ごめんなさい……」
「やはり、警護をつけよう。ガラの悪い奴らは、どこにでも入り込むからな。彼らの慣れた土地だと思って、こっちも油断した」
 うつむくアスタに、取りなすようなリズワンの声が届いた。

(恩ある人たちなのに……。殿下には、怪我まで……)

 唇を噛みしめるアスタの隣では、フロラがぐすぐす泣いている。
「はい、フロラ」
 スヴァンがフロラの手を取って、握らせるように茶碗を手渡した。
 その様子をしらけた様子で眺めていたラシオンが、ふっと鼻息を漏らす。
「人殺しの勇姿にビビっちゃったってか?」
「は?んだよ、それっ」
 勢いをつけて立ち上がったヴァイノが、ラシオンをにらんだ。
「目の前で人が殺されたら、怖いに決まってんだろっ。当たり前のこと聞くなよ!」
「衛兵に突き出したとき、自分で歩いてただろ。死んでねぇよ、副長は急所を外したんだから。……そう言うならさ、ヴァイノ。副長は何にもしねぇで、フロラが斬られたほうがましだった?」
「なわけねぇだろ!」
「かばわれるのも駄目、斬られるのも駄目。じゃあ、どうしたらよかったんだよ」
「それ、は……」
「彼らは子供だ。我々で守ろう」
「それを言うならレヴィアは?おじょ……、副長は?」
 口ごもったヴァイノから凍った目を離して、ラシオンはリズワンに向き直る。
「ふたりは戦う(すべ)を持っている」
「でも、同じ年頃だろ!体を張って戦ったことを、責められるいわれはねぇよ」
「ラシオン、もういい」
 低く、諭すようなジーグの声に、ラシオンがぐぅと口を閉じた。
「フロラの両親は、彼女の目の前で殺されたんだ。人買いにな。フロラのような見た目の子供は、高い値が付く」
「……!そ、んな……」

 ラシオンが目をやれば、金髪の少女は細かく肩を震わせていた。

(そういや、あんとき……)

 思い出したのは、初めて出会った定食屋。
 朝食をとる客に紛れ込み盗み見るなか、ボロ雑巾の(かたまり)を連れて入ってきたジーグに、何事かと思ったが。
 合流した中には雑巾の(かたまり)の姿はなく、代わりにいたのが金髪碧眼の美少女で。

(ワケありだとは思っていたけど、そういうことか)

「……フロラはすっげぇ血が怖ぇんだよ。別にふくちょを責めたんじゃなくってさ。フロラの気持ち、察してやったっていいだろっ」
「それならヴァイノは、副長の気持ち、察してる?」
「……え?」
 ラシオンをにらんだそのしかめっ面のまま、ヴァイノはレヴィアに目を向ける。
「僕もね、覚悟はあるつもり。でも、やっぱり怖い。剣を(まじ)えるって、互いの命に、関わるから」
「う……」
「でも、守りたいものがある、から」

 一言もなくあの場を去った、アルテミシアが背を向けたとき。
 その瞳の陰りに、レヴィアの胸は痛んでいた。
 いつだって、きっぱりと潔いアルテミシアだったのに。

「フロラの事情は、わかった。つらかったことも、怖かったことも。でも……。副長の気持ちも、察してあげて」
「ふくちょの、気持ち……」
 顔を伏せたヴァイノが黙り込むと、あとは誰も、一言も口をきかない。
 
 長い長い沈黙が食堂に流れた。

「オレ……、勝手なことばっかり」
 ヴァイノの両手が、ゆっくりと握りしめられていく。
「剣を使えんなら、あんとき、オレだってアイツを斬った。フロラに嫌われても、そうした。……オレ……、ふくちょとちゃんと話したい」
「わ、わたしも!」
 涙のたまる空色の瞳で、フロラはレヴィアを見上げた。
「謝る。助けてもらった、お礼も言う」
「うん。そうしてあげて。じゃあ、ちょっと探してくるね」
「オレも行くよ!」
 レヴィアの柔らかい笑顔に肩の力を抜いたヴァイノが、一歩踏み出す。
「一緒に行こうぜ」
「大丈夫。僕が、連れてくるから」
「手分けしたほうが早ぇじゃん!」
 ヴァイノがさらに歩み寄ろうとしたとき。
「いいから。ここにいて」
 低くなったレヴィアの声に、ヴァイノがびくりと固まる。
「待っていて」
 言葉はお願いだが、レヴィアの声音(こわいろ)は命令であった。

「あー、あの目つきってば……。見たことあんぞ」
 誰の耳にも入らないような低い声でラシオンはつぶやく。

 それはスバクル領主国とトーラ王国との休戦協定の場だった。
 護衛兵としてその場にいたラシオンが、遠くに見たトーラ国王ヴァーリの姿。

(”冷徹の鷹”そっくりだ。さすが親子だな)

「あの……、はい」
 レヴィアの迫力に、ヴァイノは素直にうなずいている。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
 たちまち見慣れた微笑みを浮かべて食堂を出ていくレヴィアの背中を、ヴァイノは呆気に取られて見送るばかりであった。


「そうか」
 ラシオンの思い出話にうなずきながら、アルテミシアはジーグから聞いた「続き」を思い出していた。
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