王家の子どもたち-幽囚の王子-

エピソード文字数 2,668文字

 トーラ国最南に位置し、美しい湖沼(こしょう)群と森に囲まれた首都トゥクース。
 周辺各国からも、「北の楽園」と称されるのほどの景観を(ほこ)る街だ。
 トーラ王宮はその街の中心に位置している。
 建国以来手を入れずに残した豊潤(ほうじゅん)な森の中、白を基調とした石造りの閑雅(かんが)なその(たたず)まいは、国民から敬愛をもって、「白樺城」の愛称で呼ばれていた。
 
 城の北東に位置する棟には、森が(ごく)近くまで迫っている。静謐(せいひつ)ではあるが、陽は午後になるとすぐに陰ってしまう。
 その一番奥まった部屋の、窓際に置かれた寝台の中。長く伸びた金髪を一括(ひとくく)りに結んだ青年が、枕にもたれて窓の外を眺めていた。
 日暮れが迫り、室内は一段と暗くなっているというのに、(あか)りのひとつも(とも)されていない。
 コツン、とその窓に小石が投げつけられた。
 青年は紺碧(こんぺき)の瞳を笑ませ、血管が浮いて見えるほど()せた白い腕を伸ばす。
 窓が開かれたのと同時に、銀の縁取りがある軍服を着て、黒の襟巻(えりまき)で顔を隠した男が身軽に窓枠に飛び乗った。
「お加減はいかがですか。クローヴァ殿下」
 襟巻(えりまき)を取りながら笑うのは、同年代と見受けられる青年だ。
「うん。見張りがいなくなった後は、ダヴィドの差し入れだけ口にするようにしている」
 「軍神クローヴァ」の名を持つにしては線が細く、青味がかるほど白い肌の青年が淡く微笑む。
「今日は遅かっ…げほっ…ぐふっ…」
「殿下!」
 ダヴィドは慌てて咳き込むクローヴァの背中を(さす)った。
「…ふ…。ふう。ありがとう」
 苦しげな息の中、それでも笑みを絶やさず、クローヴァはダヴィドを見上げた。
 クローヴァが十分落ち着くまで、ダヴィドはその背を(さす)り続ける。そして臣下というよりも友人の雰囲気で、クローヴァの額に浮かぶ脂汗をそっと(ぬぐ)った。
「今日はお会いしていただきたい客人がおりまして。入ってもらってもよろしいですか?」
「お客?ここに?…僕に?」
 クローヴァの目が驚きに見開かれた。
 
 王子の身分でありながら、誰とも親しく顔を合わせず、部屋に()せたままの日々がもう長い。
二十歳(はたち)は超えない薄幸(はっこう)の殿下」
 陰でそう呼ばれているのも知っている。
 先日などは、食事を持ってきた世話人の嘲笑(ちょうしょう)も聞いた。
「思いがけず三年も超えたな。しかし、もうそろそろだろう」
 それに続く彼ら仲間たちの下卑(げび)た笑い声も、とうに聞き慣れたものだ。
 二才前に母は亡くなり、母方の祖父や伯父たちにも不運が続いた。王宮でクローヴァの後ろ盾となる勢力は、今やほぼ皆無(かいむ)
 母の出身家であるタウザー家は王家レーンヴェストと縁戚であり、王をよく支えた家系でもあった。そのためタウザー家の凋落(ちょうらく)後、貴族たちの覇権争(はけんあらそ)いが激化し、内政混乱の元凶となっている。
 現在ヴァーリ王を支えているのは、普段は王立軍に(まぎ)れ、表には顔を出さない「影の側近」たち。
 ダヴィドはそのうちの一人である。
 クローヴァがまだ元気だったころは、士官学校で机を並べた仲間でもあった。
 
 ダヴィドは足音を忍ばせて扉に近づくと、静かに細く開けた。そしてゆっくりと右手だけを外に出し、合図を送る。
 ほどなく、ダヴィドと同じ格好をした壮年の男性と、黒装束の、一目で大陸出身だとわかる大柄な男がするりと、音もなく室内に入ってきた。
「ギード!久しぶりだね。元気だった?父上は息災?」
「はい。陛下はお変わりありません。愚息(ぐそく)はお役に立っておりますか?」
 ギードと呼ばれた壮年の男は、隣に立ったダヴィドに向かって(こぶし)を繰り出す。
「失礼な。ちゃんと仕事はしてますよ」
 ダヴィドは父親の(こぶし)を片手で受止めた。
 このダウム親子はヴァーリからもクローヴァからも信頼厚い、側近中の側近だ。
「そちらの方は?」
 クローヴァが大柄な男を見上げる。
 腰に見事な大剣(たいけん)()き、光を放つような金色の瞳をした男は指を(そろ)え、トーラ正式の礼を取った。
「ご拝顔の栄誉を賜り、光栄にございます、クローヴァ殿下。私はレヴィア殿下直属隊隊長、ジーグ・フリーダと申します」
「レヴィア?!」
 クローヴァは思わず身を乗り出す。
「あの子は、生きているの?!」
 異国の姫と父の間に生まれた異母弟(おとうと)のことは、十二年前、住んでいた離宮が焼打ちに遭ったと聞いたまま、その後の消息を誰も教えてはくれなかった。
 かつて何度も訪れた離宮で、褐色の肌の美しい義母(はは)の腕の中で笑っていた、小さな弟。
 「兄様」と言えずに「にーま」と呼んでくれた、可愛らしい声もよく覚えている。
「はい。あと十日の内には、トゥクースにご到着されます。クローヴァ殿下、離宮に部屋を用意させました。今からそちらに移りましょう。陛下のご許可はいただいております」
「いや、でも…」
 クローヴァの表情が硬くなった。
 自分の立場は(わきま)えている。父王も、何度もこの部屋から出そうと画策してくれていた。
 そのたび重臣の一部が、王の立場を悪くする難癖(なんくせ)をつけては(はば)んできたのだ。
 だがジーグと名乗った剣士の表情は、自信に満ちていた。
「お任せください。邪魔をする者がいたら()ぎ払えと、我が(あるじ)も申しております。そして彼らは、そんな程度では済まないのだと思い知るでしょう」
「我が(あるじ)?レヴィアは、そんなことを言うの?」
 可愛らしかった弟は、どんな風に成長しているというのだろう。
 クローヴァの青白い顔に不安が浮かぶ。
 ジーグがふっと笑った。
「いえ、私にはもう一人、別の(あるじ)がおりまして…。離宮で一緒にご紹介いたします。さあ、参りましょう」
 ジーグは寝台に近づくとクローヴァを毛布に包み、まるで幼子のように楽々と抱き上げた。
「おやおや、深窓(しんそう)の姫は軽くていらっしゃる。…多少乱暴にいたしますが、我慢なさってください」
 大柄な剣士はクローヴァを(かか)えたまま、身軽に窓から飛び降りる。そしてすぐその後ろから、ダウム親子も続いた。
 夜の(とばり)が下り始めた王宮の森を、男たちの影が駆け抜けていった。
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