始まりの場所

エピソード文字数 2,836文字

 もうすぐ午後の訓練が始まる時間がきてしまう。
「メイリのヤツ、どこまで行ってんだ?」
 集まっている子どもたちを前に、ヴァイノは銀髪の頭をぼりぼりとかいた。
 自分一人でこの人数の相手をするのは、さすがに無理がある。
「ったく肝心の竜騎士どもは、どこでいちゃこらしてんだよ。ったく~」
 昼は二人で過ごすよと言った竜騎士を見送ったときから、嫌な予感はしていた。
 ヴァイノに背を向けたその瞬間に、二人の間には、甘ったるい空気が流れていたから。
「ねー、ヴァイノぉ、まだぁ?」
 救護院の子どもの一人がヴァイノ(そで)を引っ張る。
「あー、もちょっと、待ってろ」
「ヴァイノ様!まだお時間があるなら、お茶でもしていませんか?」
 子どもたちの付き添いとして、街からともに来ていた少女がヴァイノを誘う。
「そーだな。まだ来ねぇかも、だし、…ん?」
 妙な視線を感じて、ヴァイノは救護院を併設している屋敷を振り返った。
「げぇっ…」
 美しい金髪を束ねた可愛い顔が、半分だけ裏口からのぞいている。
 ひとつだけ見えている空色の瞳から放たれているまなざしは、雷光のように鋭い。
「…フロラっ…。いや、あのさ、もうすぐ来ると思うからさ!お茶、後でな!」
「まあ残念。後できっと、ですよ?」
 少女はしなを作りながら、ヴァイノの肩をちょん、と指先で突いた。
「そう、ね。後で、ね。あはは、はははは」
 背中に刺さるような視線を感じながら、ヴァイノは力の入らない笑いをもらすばかりだ。
「あ!トーラの銀狼(ぎんろう)!あれ!」
 街から来た少年の一人が大空を指さした。
 
 騒乱に大きな功績を上げたヴァイノの二つ名は、すでにトレキバにも(とどろ)いていた。
 菓子屋の店主、あのガーティにまでその名で呼ばれ、尻と背中がむずむずとしたヴァイノは、思わず店の菓子を全部くれと言いながら財布を出したところで、ガーティから説教を食らってしまった。
「バカやろっ!お前が命張って稼いだ金だろうがっ!無駄に使ってんじゃねぇ。まだ金の使い方わかんねぇのか」
 大きなガーティの手がヴァイノの耳を引っ張った。
「いててて、ちげぇよ!いつもはこんなこと、しねぇって。でも、ずいぶんメーワクかけたし、お返しっていうか…」
 市場で「悪童ヴァイノ」と呼ばれていたころよりも、背も伸び体格もよくなり、まるで別人のように精悍(せいかん)になった軍服の少年を見上げ、ガーティはその背中をボンボン!と勢いよく叩いた。
銀狼(ぎんろう)はトーラを守ってくれたんだろ。それ以上のお返しなんかねえよ。…よく、生きて戻ったな。おかえり」
 同じ言葉を、トゥクースでもたくさんの人から掛けてもらった。
 だがガーティの言葉は、ことさらヴァイノの胸に()みる。
「…ありがとう。ただいま!」
 勢いよく頭を下げ、ヴァイノは目に浮かんだ涙を隠した。

 街の少年につられて空を仰ぎ見た子どもたちが、一斉に歓声を上げ始める。
「青竜だっ!」
「わあああ!」
「きれー!」
「すげぇっ!」
 ヴァイノも一緒になって空を振り仰いだ。
「おお~」
 雲ひとつない、澄んだ晩秋の空のただ中を、青竜が悠然と滑空している。
 竜騎士が指笛を吹いた。冴えた音色が青空に響く。
 青竜がゆったりと旋回を始めた。
「空の王のご帰還だ」
 ヴァイノはつぶやく。
 あれが、生涯仕えると決めた(あるじ)だ。空を()べる力と身分を持ちながら、ともに生きようと言ってくれた友だ。
「ほら!アルバス降りれねぇから、そこ!ちょっとこっち来い!踏みつぶされっぞ!」
 ヴァイノの声掛けに、子どもたちがきゃあきゃあと笑いさざめきながら、ヴァイノの招くほうへと走り集まってきた。
 子どもたちの羨望(せんぼう)のまなざしが集まる中、青竜に乗った竜騎士二人が舞い降りてくる。
「おっせぇよ!」
 トーラの銀狼(ぎんろう)が笑いながら怒鳴った。
 第二王子が手を振り返すと、子どもたちのはしゃぎ声が一度に湧き上がる。
 アルバスから降りたアルテミシアに、背後からジーグがそっと近づいてきた。
「メイリに怒られたでしょう」
「さてはあの場所、ジーグが教えたんだな?」
「ロシュかアルバスでないと行かれませんからね。トレキバに戻るたびに、お二人で姿を消されては困ります」 
「何て食えない従者だ」
「まず師匠ですから」
「食えない師匠だ」
「師匠は食うものではありません。超えていくものです」
「そのうち超えてやる」
「楽しみにしております」
 たちまち子どもたちに囲まれるレヴィアを眺めながら、師弟は軽口の応酬を続ける。
「なあ、ジーグ」
「はい」
「すべては、ここから始まったんだな。ここで震えていた小さなレヴィアが、私たちを助けてくれた、あの日から」
「はい」
 背の高い立派な王子が、子どもたちに手を引かれて、笑いながら訓練場へと歩いていく。
「一寸先は闇と言うけれど、光である場合もあるのだな」
「闇か光かは見る角度、見る人間によって変わります。そして闇を光に変える、また光を闇に変えてしまう力を、出会いは持つのです」
 ジーグはアルテミシアの肩に優しく、その大きな手を置いた。
「これから待ち受ける扉も、安寧(あんねい)なものばかりではありますまい」
「…ん」
 アルテミシアは覚悟をもって、きっぱりとうなずく。
「お二人が開く扉がどんなものであれ、私の一生をかけて、守り従います」
 ジーグが初めて、「二人を守る」と宣言してくれた。
「それは頼もしい」
 鮮緑(せんりょく)の瞳が、感謝を浮かべてジーグを見上げる。
「ほら!王子が呼んでいらっしゃいますよ。これ以上メイリを怒らせないよう、きちんとお仕事なさって下さい」
「ん。行ってくる!」
 全幅の信頼を寄せる師匠に背を押され、紅色(べにいろ)の巻き髪を揺らしながら竜騎士が駆け出していった。
「そうだ、ジーグ!」
 アルテミシアが振り返る。
「レヴィと話してたんだ。今夜はホロホロ鳥を焼こうって!子どもたちに、野外料理を振舞おう!用意を頼むな!」
 笑いながら礼を取る従者に顔をほころばせてうなずき、アルテミシアはまた走り出した。
貴女(あなた)の行く道が、どれほど困難であろうとも」
 その背中につぶやきながら、ジーグはゆっくりと(きびす)を返す。
 さて。
 ホロホロ鳥は何羽必要だろうか。リズィエが料理をするとなると、当然大き目のものを用意しなくてはならない。
 レヴィアが付きっきりで面倒をみてくれるだろうが、あの人数分の食事の仕度だ。臨時の料理人も手配しなくては。
 アルテミシアの願いを叶えるための算段を胸の内でつけながら、ジーグはトレキバの街へと向かった。
 背後からは何重にも響き合う、楽しそうな若い声が聞こえてくる。
 知らず笑顔になりながら、ジーグは歩き続けた。
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