帝国の竜騎士

エピソード文字数 3,036文字

 その日、ディアムド帝国議会は異様な空気に包まれていた。
 長い歴史を持ち、周辺各国を次々と傘下(さんか)に収め、(ゆる)ぎない繁栄を誇るディアムド帝国。
 大陸の命運を握るこの国の重臣たちは、身分も能力も、それぞれに自負するところある精鋭揃(せいえいぞろ)いだ。
 普段は帝国の未来を語って止まないその口が、今日は重く閉ざされている。
 長きに渡る帝国覇権の(かなめ)は、皇帝直属である赤と黒、二色(ふたいろ)騎竜(きりゅう)軍。
 率いるのは戦闘力の赤竜(あかりゅう)サラマリス家。機動力の黒竜(こくりゅう)マレーバ家。
 一月(ひとつき)前、赤竜軍第一部隊を率いるサラマリス当主の屋敷が、一夜にして燃え落ちた。
 そして中にいたと思われる者全員、二度とその姿を目にされることはなかった。
 当初は失火なども疑われたが、屋敷には警護の竜騎士(りゅうきし)も配備されていた。
 それがその騎士、使用人、女性や幼子にいたるまで容赦なく焼き尽くされている。
 屈強で優秀な騎士たちが、幼子を逃がす時間さえないほどの短時間での出来事だ。事故であるとは考えられない。
 だが誰が、どうやって。何のために。
 その亡骸(なきがら)さえほとんど残らず、詳細も何もわからず、ただ無為(むい)に月日だけが過ぎていた。
何処(どこ)の仕業だ」
 苦く前を向いたまま、重臣の一人が誰に言うともなく小声でつぶやく。
 思わず漏れたその独り言を皮切りに、議場のあちらこちらで(ささや)く声が聞こえ始めた。
「サラマリス領は国境(くにざかい)だが…」
「チェンタは友好国だ。揉め事も聞かない」
「薬を盛られたのでは、という話がある」
「屋敷の者全員同時にか?どうやって」
「…何も見つからないのか」
「骨さえ拾えないという話だ。一体何人死んだか」
「竜の過誤(かご)や失火、という線はやはりないのか」
「バシリウスの竜は、すべて竜舎(りゅうしゃ)にいたそうだ」
「極短時間で、屋敷全体が炎に包まれたらしいじゃないか。目撃した市民たちがそう証言している。単なる失火とは考えにくい」
「…いずれにしても(むご)いことだ」
 一人の重臣が目を閉じ、同胞の死を(いた)んだ。
 そのとき、議場の扉が静かに開いた。
 喪服を着た、見事な朱色(しゅいろ)の髪をした男が入ってくる。
 重臣たちが一斉に口を(つぐ)んだ。
 議場が静まり返るなか、黒髪も美しい壮年の男性が席を立つ。
 黒地に金の竜紋(りゅうもん)が胸に躍る、騎竜(きりゅう)軍服の(すそ)を足早にさばきながら赤髪の男に近づいた。
此度(こたび)は痛ましいことであった。何か判明したか?必要があれば助力は惜しまない。遠慮なく言って欲しい」
「ありがとうございます」
 喪服の男が(こぶし)を組み胸に当てる。
 静かに頭を下げると、まっすぐな美しい赤髪がその表情を(おお)い隠した。
「お伝えできるほどのことは何も。ご存じのとおり、燃え残った物もほとんどございません」
「竜はどうしている」
「契約者を失い落ち着かぬ様子。新たな契約を結べるまでには、時間がかかるでしょう」
「良い騎士をだいぶ失ってしまったな。しかしルドヴィク舎も、秀でた竜と竜騎士を数多く(よう)しておられる。赤竜(あかりゅう)の威光は薄れまい」
有難(ありがた)いお言葉、感謝いたします、シルヴァ殿。陛下から当主の(めい)(たまわ)り次第、改めてご挨拶に伺います」
 ルドヴィク・サラマリスは穏やかに微笑んでみせる。
「挨拶などいつでも構わない。やるべきことは山積(さんせき)しているだろう」
 黒竜(こくりゅう)マレーバ家、当主シルヴァがルドヴィクの肩に手を置いた。
 議場の鐘が打ち鳴らされ、皇帝の来臨(らいりん)が告げられる。
 二人は目礼を交わし、それぞれの席に着いた。

 ルドヴィクは屋敷に戻ると、使用人に息子を呼ぶように言いつけた。
 だいぶ時間が経ったころ、書斎の扉が叩かれる。
「入れ」
 無機質な声で、ルドヴィクは短く命じた。
「何のご用ですか」
 強くうねる髪を少し長く伸ばし、粋に見目好(みめよ)く整えた青年が部屋に入ってくる。
 その髪色はルドヴィクよりも薄く、部屋に入る()に透けると(だいだい)色にも見えた。
 不快そうに父親に投げつけられている翡翠(ひすい)色の瞳は涼やかで美しい。左目元の泣きぼくろが、その端正な顔立ちを(つや)めいたものにしていた。
「これから出かけます。是非手短に」
 背の高い青年は苛立(いらだ)った様子で手首を振る。派手にいくつもつけた右手首の腕輪が、耳ざわりな音を立てた。
 青年は精巧な彫刻のある腕輪をなでながら、書類机の前に座る父親を冷ややかに見下ろしている。
「出かける?喪中だぞ、ディデリス」
 ディデリスと呼ばれた青年は感心なさそうな顔を(そむ)けた。その横顔をルドヴィクは無表情に眺める。
 息子はこちらを向く気配もない。
 呆れたようなため息とともに、ルドヴィクは用件に入った。
「本日皇帝陛下より、サラマリス家当主を拝命した」
「そうですかよかったじゃないですか今のところほかにいないですしねお祝いでもしますか」
「余計なことだ」
 ルドヴィクは目を細め、ディデリスの早口の嫌味を一蹴(いっしゅう)する。
「お前は第一部隊の隊長であり、これからは赤竜族、領袖(りょうしゅう)家跡継ぎとしても見られるのだ。律して行動しろ。それでなくてもドルカの者がでしゃばって、(うるさ)くて(かな)わない」
滑稽(こっけい)ですね」
 ディデリスは横を向いたまま吐き捨てた。
「次のサラマリス家当主は俺でなくてもいい。弟だっているでしょう。エモリアの叔母上を戻すことだって可能だ」
「ベネディスは直髪(すぐがみ)だ。竜の研究者になりたいとも言っている」
 抑揚(よくよう)の極端に少ないルドヴィクの声は、まるで絡繰(からく)り音のようだ。
「ああ、父上似ですものね」
 ディデリスは弟の容姿(ようし)を思い出して皮肉な笑顔を浮かべる。
「ですが父上。髪は関係ないでしょう」
 ディデリスがやっと父親のほうを向いた。
「当主になるのに、姿かたちは関係ない」
「当主は赤の曲髪(くせがみ)を持つ竜騎士がいい。余計な口を挟まれずに済む。アルテミシアの遺骸(いがい)が見つかったという報告はあったか?あの娘が死んだことは残念だった。赤竜族にとって、大きな損害だ」
 ディデリスは多足類でも見るような目つきになる。
「彼女は物ではありません。姪の死を(いた)む言葉を、嘘でもいいから言ったらどうです」
「余計なことだ」
 ルドヴィクは野良犬を追いやるように手を振った。
「とにかく、他人に足元をすくわれるような真似はするな。場合によっては廃嫡(はいちゃく)する」
「珍しく意見が合いますね!廃嫡上等(はいちゃくじょうとう)です。…もっと早くに、してくれていたらよかったんですよ」
 短く馬鹿にしたように笑いを残して、ディデリスは(きびす)を返した。
「赤の曲髪(くせがみ)は手放さない。廃嫡(はいちゃく)しても、お前の竜を育てる能力は使わせてもらう」
 低く乾いた声が背中を追いかけてくる。
「それはそれは。最低なことで」
 ディデリスは扉を閉めながら、呪うようにつぶやいた。
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