崩壊の始まり-2-

文字数 3,082文字

 厨房(ちゅうぼう)裏口の脇には、ありとあらゆる食材で満たされた木箱が、山と積み上げられていた。
 その陰に隠れて、王宮使用人の恰好をした金髪の少年が、内部の様子をうかがっている。

(あいつは……。まだ姿はないな)

 茂みの向こうを見やった金髪頭に、背後から手刀が振り下ろされた。
「キョロキョロすんなっ」
「キョロキョロなんてしていない。無礼な」
 銀髪の少年に小声で注意されて、金髪の少年が不機嫌に振り返る。
「それがキョロキョロしてるっつってんだよ。カリートは動作がデカすぎ。隊長の仕込みが足りてねぇな」
 金髪の少年が言い返そうとしたとき、広間の方向から大歓声が聞こえてきた。
「お、デンカたちが着いたのかな?上手くやれっかなぁ。デンカ、抜けてるとこあっからなぁ」
「不敬だぞ、ヴァイノ。レヴィア殿下に向かって」
「うっせぇなぁ。デンカがいいっつってんだからいんだよ。なんだよ、カリートは”デンカの(めい)”とやらに逆らうのかよ、って……カリート、あれ」
 声を潜めたヴァイノの視線をカリートも追えば、森につながる茂みに、微かに(うごめ)く人影がある。
 ふたりは積み上げられた木箱の陰にそろって身を隠し、気配を消す。
「……カーフだ」
「え、まじで?……だって、まだあんなに遠いぜ。顏も見えねぇ」
「首から背中の(ゆが)み。間違いない」
「そっか。よし、一仕事してくっかね。……カリート、信じてっからな」
 真剣な目をして、ヴァイノはカリートの肩を小突(こづ)いた。
「オマエが失敗すっとデンカたちが死ぬからな。あいつらは、これからシアワセになんねぇと」
「もちろんだ。殿下おふたりの御為に、失敗などするものか。……それにしても、本当に不敬だな、ヴァイノは」
「オマエはホントにうっせぇよ。じゃあなっ」
 足音も立てず走り出したヴァイノの背中は、あっという間に見えなくなっていく。
 呆れをにじませた笑顔を浮かべたあと、カリートはふと不安な表情をのぞかせ、つぶやいた。
「ラシオンは、間に合うかな……」

◇ 
 王立軍の軍服を着た警備の兵士が、その姿を認めて背筋を伸ばし、広間入口で声を張った。
「クローヴァ殿下、レヴィア殿下ご到着です!」
 その名前に王宮広間が歓呼に沸き立つ。
 庭で歓談していた者たちも、休憩室にいた者たちも。
 今や首都で話題にならない日はないふたりを見ようと、いそいそと広間へ足を運んだ。
 
 金の縁取りのある軍服を着た王子ふたりが、広間中央を並んで進んでいく。
 集った貴族たちの間から、ため息が漏れるほどの堂々とした姿だ。
 立ち上がって出迎えた王の両脇に、王子たちが並ぶのと同時に。
「まあ……」
 王に近い場所にいた貴婦人が、息を飲んだのも無理はない。
 天窓から差し込む光が三人に降り注ぎ、まるで神からの祝福を受けているようであったのだから。
 
 その様子をうかがいながら、大柄なジーグの影に半ば隠れるようにして立つメテラに、アルテミシアが声をかける。
「姫、行っていらっしゃいませ」
「でも、私は……」
 すくんだように動かないメテラを、アルテミシアがくすくすと笑いながら、のぞき込んだ。
「先ほどの勢いはどうなさいました」
「だって、でも」
 広間のさざめきが大きくなるにつれて、メテラはますます縮こまっていく。
「大丈夫ですよ。今ここに、メテラ様より美しい姫はおりません」
「もう、ミシアったら」
 困ったように笑いながら、メテラはアルテミシアを上目遣いで見上げた。

◇ 
 園遊会のための衣装を選ぶのを手伝ってほしいと「花園」に呼ばれたアルテミシアは、可愛らしい形の椅子(いす)に腰掛けながら、(なか)ば途方に暮れてメテラを眺めていた。
 
 東屋(あずまや)での再会以来、メテラは自分を特別扱いしないアルテミシアを、姉のように慕っている。
 苦手だった乗馬も、アルテミシアが教えてくれるならと練習に励んだ。
 だが、その分、手合わせの時間を削られたヴァイノは憤懣やるかたないようで。

「おかしくね?あっちは王女なんだから、いっくらだってセンセーいるだろがっ」
「うん、そうだね。でも、姉、上は」
 まだ滑らかに「姉上」と呼べないレヴィアの眉が下がる。
「ミーシャじゃないと、逃げ出すらしい、から」
「……オマエら逃げ出し過ぎ。にーさんデンカは剣の稽古、ヒメサマは乗馬」
「僕は、逃げないよ?」
「だって、オマエの師匠って隊長とふくちょじゃん。逃げれるワケねぇし」
「あ、そっか」
 今さら気づきましたという顔をするレヴィアに、ヴァイノはやれやれと首を振った。
 
 などというやり取りがあったことなど知らない王女は、上機嫌でアルテミシアを振り返る。
「ねぇ、こっちとこっち。どちらが可愛い?」
 淡い黄色と深い紅色(べにいろ)の宮廷服を代わる代わる体に当てて、メテラはアルテミシアを見つめた。
「うん、そうだな……」
 アルテミシアは腕組みをして考え込んだあとで、ひとつ大きくうなずく。
「どっちも可愛い」
「もうっ、真剣に見て!」
「見てる」
「どっちが似合う?」
「どっちも似合う」
「もう!!」
 軽く癇癪(かんしゃく)を起こしたメテラが、アルテミシアに詰め寄った。
「ミシアは騎士だから衣装に興味はないかもしれないけれど!私にとっては、これが戦闘服なのっ」
「戦闘服か、なるほど。それは真剣にもなるな。だが、本当にどちらも可愛い」
 アルテミシアは立ち上がり、メテラが長椅子(ながいす)に放り投げた衣装を手に取って眺める。
「黄色はメテラの髪に映える。可憐さがより引き立つな。紅色(べにいろ)貴女(あなた)の印象をきっぱりさせる。まさに高嶺の花の美しさだ。でも、どちらも本当によく似合うよ。メテラは美しい姫だ」
「も、もぅ……」
 顔を赤らめながら、メテラはアルテミシアを軽くにらんだ。
 
 「癇癪(かんしゃく)姫」などという不名誉なあだ名を付けられて。
 これまで自分の周りにいたのは、腫れ物扱いをする使用人たちのほかには、あの寒々しくねっとりとした家庭教師だけ。
 だから、自分をどう思うかなど、良くも悪くも言われた覚えがない。

「ミシアは口が上手いわね」
「別にほめたわけじゃない」
「何ですって?」
 メテラは怪訝(けげん)そうに首を(かし)げた。
「本当のことを言っているだけだ。姫というのは、メテラのような女性(ひと)を言うのだな。可愛らしいのに、つらい時間を健気に耐えた」
「……ミシア……」
 ディアムド語が少し苦手なメテラは、友人の名を愛称で呼びながら、その腕に自分の手を(から)める。
「あなたが男性だったら、今すぐ求婚しているところだわ」
「はは!トカゲだぞ?」
「トカゲは可愛いもの。私は好きよ」
 ふたりの少女は目を見交わし、声を上げて笑い合った。


 そうして選んだ紅色(べにいろ)の宮廷服を着たメテラだが、今は気弱な表情が消えない。
「ミシアが男性ならいいのに。貴女(あなた)に付き添い役をしてもらえたら、何の不安もないわ」
「今度は男装して参りましょうか。ほら、兄上がその役目を果たしにいらっしゃいましたよ」
 身を寄せ合って小声で話しているふたりに、クローヴァが近づいてきた。
「メテラ、おいで。今日のその装いは、とても貴女(あなた)に似合っているね」
「ミシアが選んでくれたの」
「おや。優秀な竜騎士は、弟ばかりか妹も(とりこ)にしてしまったのかな」
「次の機会には、男装して拝謁(はいえつ)することをお約束いたしました」
 礼をとりながら笑うアルテミシアに、クローヴァはおどけた様子で眉を上げる。
「それは似合いそうだけれど、レヴィアがへそを曲げそうだね。さあメテラ、僕の妹。胸を張ってともに行こう。僕も貴女(あなた)もレヴィアも、王家レーンヴェストの者だ」
「……お兄さま」
「さあ、行っていらっしゃいませ」
 (うやうや)しく頭を下げるアルテミシアを笑顔で振り返り、メテラは一歩、広間中央へ向かって足を踏み出した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み