愚連隊-2-

文字数 2,974文字

 まだ夜も明けきらない、薄暗い時間。
 冷たい朝もやが辺りに垂れこめるなか、レヴィアは門柱の脇に立っていた。
 門の外には、まだ雪割草は見当たらない。
 冷たくなった指先に息を吹きかけると、白い息がほわりと夜明けの空にのぼっていった。
 
 もやの向こうから、小さな足音が聞こえてくる。
 頃合いを見計らってレヴィアが門の(かげ)から顔をのぞかせると、身をかがめていた小さな姿がびくっと震えて、一歩下がった。
「ごめん、驚かせちゃった?」
 レヴィアは頭巾(ずきん)を外しながら、布の(かたまり)にゆっくりと近づく。
「お花、いつも、ありがとう。すごく早くに、来てくれてたんだね」
「この時間、じゃないと、見つかっちゃう。怒られる、から……」
 足を止めた布の(かたまり)から聞こえてくる声は、耳を澄ませないと聞き逃してしまうほど小さい。
「怒られる?」
「ヴァイノが、ほかの人間は、信用するなって」
「ふぅん?」
「でも、お礼、したくて。ひざ、痛くなくなったの。でも、お薬、捨てられちゃって……」
「え?じゃあ、傷は大丈夫?見せて?」
 布の(かたまり)は素直にうなずくと、布とぼろぼろの下衣(したごろも)を同時にめくり上げてみせた。
「かさぶたになってるね。よかった。もう、痛くないでしょう?」
 細い足をのぞき込んでいたレヴィアが顔を上げると、布を巻いた小さな頭が再びうなずく。
「雪割草のお返しをしようと思って」
 レヴィアが焼き菓子の入った袋を渡そうとした、そのとき。

「触んなっ!」
 若い怒鳴り声が辺りに響き渡り、同時に、かなりの大さの石がレヴィアの額を直撃した。

(痛っ!)

 反射的に額に手を当てると、ぬるっとした感触がレヴィアの指先に伝わってくる。
「フロラ、こっち来い!テメェ、この外道(げどう)!」
 門から少し離れた道の真ん中で、銀髪の少年が思い切り腕を振りかぶっていた。
()づけなんかしやがって!」
 勢いよく投げられた石が、レヴィアの体に当たって鈍い音を立てる。
「ヴァイノ、ダメ、だよ!」
 止めようとする布の(かたまり)の手を払って、「ヴァイノ」と呼ばれた少年は石を拾い続けた。
 両腕で頭部をかばうレヴィアの体中に、次々と(つぶて)が当たる。

(そういえば、使用人にもよく投げられたっけ)

キィン!

 他人事(ひとごと)のように思い出していたレヴィアの耳に、金属音が飛び込んできた。
 腕を下げてみれば、背にレヴィアをかばうようにして旅装束(たびしょうぞく)が立っている。
「んだよ、オマエはよっ。刃物なんか持ち出しやがって!……うりゃっ」
 再びヴァイノが投げた石は、短剣によっていとも容易(たやす)く弾かれた。
「くっそ!」
 むきになったヴァイノが足元の小石を拾っては投げるが、ひとつとして当たらない。
「……ちっ」
 拾える小石がなくなったことに気づいて、ヴァイノの動きが一瞬止まる。
 そして、ヴァイノが移動しようとした、その瞬間。
 飛び出した旅装束(たびしょうぞく)が、ヴァイノに足払いを食らわせた。
「うわっ!」
 ()せぎすの少年の体が(ちゅう)を舞う。

 ドスっ!

「いってぇ……。わぁぁ!」
 仰向けに倒れたヴァイノの上に、旅装束(たびしょうぞく)が身軽にまたがったかと思うと。
 その襟首(えりくび)を握りしめてグイと持ち上げた。
「殴らないで!」
 思わずレヴィアは一歩踏み出す。
 旅装束(たびしょうぞく)(こぶし)が、今にも振り下ろされようとしていた。
「でも、怪我を」
 そのままの姿勢で振り向いた旅装束(たびしょうぞく)に、レヴィアは首をゆっくりと横に振る。
「大丈夫。かすり傷」
「……貴方(あなた)がそう言うのなら」
 しぶしぶ腕を下ろした旅装束(たびしょうぞく)は、そのままの姿勢でヴァイノをじろりとにらみ下ろした。
「仲間が世話になったんじゃないのか?無礼者が」
「げ、外道(げどう)なんか、信用できるかよっ!」
外道(げどう)だと?」
 旅装束(たびしょうぞく)はヴァイノの襟首(えりくび)をさらに持ち上げる。
「じゃあ聞くが、トーラ人なら全員、信用できるのか」
 向けられた眼光の鋭さに、ヴァイノは口を閉じた。
「我が(あるじ)がお前に何をした?偏見をもって投石するお前の行為は、信用に(あたい)するものなのか」
「オマエだって、オレに暴力振るうじゃねぇか!」
「まだ殴っていないぞ」
「殴ろうとしたろ!」
「同じなのか?ならば、せっかくだ。殴っておくか」
「……や、その……」
 再び構えられた(こぶし)を見て、ヴァイノの目がオロオロと泳ぎだす。
「よく覚えておけ。(あるじ)に災いなす者は私の敵だ。(あるじ)が許すと言うから今回は見逃す。だが、次に手を出してみろ」
 旅装束(たびしょうぞく)が、ヴァイノの目と鼻の先に顔を近づけた。
「ぼっこぼこにするぞ?」
 声も雰囲気も不穏でしかないのに。
 旅装束(たびしょうぞく)が得意気に使う俗語に、レヴィアは笑いが込み上げてくる。
「ぼこぼこ?ふふっ、ふふふふっ」
 そののんきな笑い声に、ヴァイノの目が三角になった。

(なんだ、コイツら。バカにしてんのかよっ、クソ面白くねぇっ!)

「離せよっ、トカゲ目!きっもちワリぃ色だな。トカゲとおんなじ目の色しやがって!お前も外道(げどう)だろっ」
「トカゲ?トーラのトカゲは、目が緑なのか?」
 締め上げる手の力は緩めないまま、旅装束(たびしょうぞく)はレヴィアに顔を向ける。
「うん?そう、だね。緑のも、いるね」
「へえ!アマルドにはいないな。見てみたいなぁ」
「……はぁ?」

(こんな状況でナニ言ってんだ?コイツ)

 毒気を抜かれたヴァイノは、まじまじと鮮やかな緑色の瞳を見つめた。
「オマエ、アッタマおかしんじゃねーの?トカゲみてぇだって言われたんだぞ?」
「トカゲは好きだな。可愛いから」
「はぁ?!」
(えさ)にもいいし」
 いきなり放り出されたヴァイノの頭が、勢いよく地面に落ちて鈍い音を立てる。
「いってぇ~」
「レヴィ、トカゲはまだ出ないかな」
「そう、だね。まだ寒いから。今度、捕まえる?」
「そうだな!捕まえたら見せてくれるか?」
「いいけど、それ、(えさ)にしちゃうんでしょう?」
 少女のように可憐(かれん)な顔が、戻ってきた頭巾(ずきん)の中をのぞき込む。
「可愛い命を、大切な存在のために、ありがたく(かて)とする。生きるとは、そういうことだ」
「そっか。僕たちと、同じだね」
 うなずくレヴィアの額に垂れている血を、旅装束(たびしょうぞく)が優しい手つきで(ぬぐ)った。
「そう、同じだ。……ああ、それとな」
 振り返った旅装束(たびしょうぞく)の殺気に、ヴァイノはしゃがみこんだまま後ずさる。
「言い忘れていたが、確かに私は異国の人間だが、(あるじ)はトーラ人だぞ」
「……は?」
「目に見えるものだけが、すべてではないだろう?その軽そうな頭でよく考えてみろ。それでも私たちを敵だと思うのなら、いつでも相手になってやる」
 腰に帯びた短剣にかかった手を見て、ヴァイノはフロラを後ろ手でかばった。
(あるじ)は、本当に雪割草を喜んでいたんだぞ。……ほら!」
 旅装束(たびしょうぞく)がレヴィアから奪った袋が、放物線を描いてヴァイノの手の中に落ちていく。
「食べ物を粗末にするなよ。行こう、レヴィ。ちょうど朝餌(あさえ)の時間だ。一緒にあげよう」
「え、焼き菓子?こんなモンいらねーって、おい、待てよっ」
 振り返りもしないふたりが庭奥へと消えていき、茫然とするヴァイノとフロラがその場に残された。
「……んだよ、アイツら。この屋敷の?あるじ?」
 貴族の別邸だとか豪商の別荘だとか、そんなウワサのある建物をヴァイノは見上げる。
「フロラ、もう、ここには来んじゃねぇぞ」
「え……、でも……」
「アイツがこの屋敷の人間なら、オレらとは住む世界が違ぇよ。それに、親切に見せかけて、子供を売っぱらう奴だっているじゃんか。ほら、行こうぜ!」
 うつむき動かないフロラの指先を、ヴァイノはそっと握って引っ張った。
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