隠れ人-2-

文字数 1,646文字

 「奥庭」とレヴィアは言っていたが、案内されたのは庭続きの森を(ひら)いたような場所だった。
 屋敷などは影も見えず、こんな不便なところになぜ小屋をとジーグが聞けば、屋敷嫌いの園丁が、自分が住むために建てたのだとレヴィアは言う。
「ちょっと変わってて、すごく無口な人、だったんだ。でも、僕なんかにも、優しい人、でね。それで、ほかの使用人から、いじめられちゃって……」
 小屋に入ってみれば、その凝った造りにジーグは感嘆の息を漏らした。
「ほぅ、これは……」
 沢の水を引き込んだ水場のある作業部屋と、ふたりは楽に休める居住部屋。
 小屋の前には広い畑と納屋も設えられていた。
 納屋には農作業道具だけではなく、乾燥させた多種多様の薬草やきのこ、酢や酒に漬けられた野菜や果実を貯蔵しているらしい。
「その小さな体で、それだけのものを維持してるのか」
 とたんに顔を曇らせたレヴィアを見て、ジーグに苦笑いが浮かぶ。
「いや、馬鹿にしたわけではないぞ」
「わかってる、よ。小さいのは、ホントのこと、だし。……最初はね、園丁が全部、やってくれてたんだ。教わりながら、一緒にやって……。ひとりでもできるようになったころに、急に、いなくなっちゃったんだ」
 ケガ人を寝かせたあとで畑を案内して、最後にレヴィアは小屋脇に植えられた低木の前にジーグを連れてきた。
「それからはひとりで?」
「うん」
「そうか……」
 尖った葉が(みつ)に重なり合う枝を摘み取るレヴィアの頭に、ジーグが手を置こうと腕を伸ばした、そのとたん。
「っ!」
 飛び上がったレヴィアは、そのまま大きく一歩後ずさった。
「あ、あの、えと」
 おびえるように体を縮めるレヴィアに、ジーグは何事もなかったかのように低木に体を向けた。
「これは、確か薬にもなる木じゃないか?」
「……うん、そう。知ってる?」
「痛み止めとして有名だからな。でも、どうして二株両方から枝を切り取ったんだ?」
「えと、これはね、使い方で、分けるんだ」
 熱心に薬木を見比べるジーグの横に、レヴィアはおずおずと戻ってくる。
「使い方?」
 レヴィアが差し出した枝葉にジーグが顏を寄せると(すず)やかな、鋭く強い芳香(ほうこう)が鼻をくすぐった。
「左のほうが、香りが強い。右は、薬効が高い。だから、薬やお茶には、右。左は、香気(こうき)で気分がすっきりする」
「素人には同じように思えるが……。種類が違うのか?」
「種類は、同じ。産地が、違う。育つ土地によって、特徴が変わる。面白いでしょう?……こっち、枕元に、置いてあげて?少しでも、気分が良くなると、いいね。あんまり、食べれない、みたいだから」
「……ありがとう」
「今日の夜は、用意してくる、から。待っていてくれる?」
「お前が?」
「うん」
 妙に強く言い切ったレヴィアをいぶかしみながらも、ジーグは黙ってうなずいた。


 その夜、(だいだい)色の液体の入った(うつわ)を手に小屋にやってきたレヴィアを出迎えようと、立ち上がったジーグはそのまま動きを止めた。
「怪我をしてるじゃないか。その頬はどうした?」
「……えと、森で、木に、ぶつかった。あの、前を、よく見て、なかった……、から」
 腫れた頬を隠すようにうつむくレヴィアとジーグの間に沈黙が落ちる。
「……何を持ってきてくれたんだ?」
 しばらく待っても口をつぐむばかりのレヴィアに、諦めたジーグは再び椅子(いす)に腰かけた。
芒果(マンゴー)を、つぶしてみたんだ。食べやすいようにって、川で冷やすのに、時間がかかっちゃった。遅くなって、ごめんなさい」
芒果(マンゴー)?トーラでは採れないだろう。よく手に入ったな。暖かい地方の特産物だから、かなり値が張るはず、」
「あのね、厨房(ちゅうぼう)に、あったから。ね、(ぬる)くなっちゃう。早く持っていって」
「だが」
「ほら早く」
「……わかった」
 いつになく強引なレヴィアに背中を押されたジーグが居室へと下がり、そして、半刻ほどののち。
「食べられた?」
「ああ、全部。……ありがとう、レヴィア」
「よかった、ね」
 ジーグからゆっくりと手を差し出されたレヴィアは、その指先に少しだけ触れながら微笑み返した。
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