動き出す心 -ヴァイノ-

エピソード文字数 3,234文字

 翌日、遠乗りから戻ったレヴィアが厩舎(きゅうしゃ)前を通りかかったとき。
 騎馬訓練を終えた、真新しい軍服姿のヴァイノと行き合った。
「あ…」
 気まずい思いで立ち止まるレヴィアに、ヴァイノはにっと笑いかける。
「よぉデンカ!竜の訓練終わったんだな。じゃあ、オレと手合せしてよ」
「え…。うん、いいよ。…もちろん…」
 まったくいつもと変わらないヴァイノに、レヴィアは昨日の態度を謝り損ね、いそいそと訓練場へ向かうその背中を追いかけた。
 
 短剣で相手をして欲しいとヴァイノに乞われ、レヴィアは久しぶりにアルテミシアと同じ剣を手に取った。
「ほれっ、よっ!はいっ!」
 ヴァイノは素早い動きでレヴィアを翻弄(ほんろう)する。
 斬りかかると見せかけ背後に回る動きなどは、ヴァイノのにっと笑う(くせ)で見抜けなければ、確実に仕留められてしまうだろう。
 レヴィアは素早く体を回し、ヴァイノの刃を弾いた。
「くっそー、やっぱ駄目かー」
「ヴァイノ、裏をかこうとする前に笑うから、すぐわかる」
 レヴィアは口の端に力を入れるような、ヴァイノの笑顔を真似てみせた。
「え、オレそんなことしてる?」
「してる」
「…そっか。デンカ、も一戦!」
 
 その後ヴァイノは、指摘された(くせ)を注意深く直しながら剣を合わせ、初めてレヴィアから勝ちをもぎ取った。
「やっったっ!」
 荒い息をつきながらも、ヴァイノは訓練場を跳ね回って喜んだ。
「うん。すごく、良い、剣筋」
「ほんと?」
「うん」
 レヴィアは素直にうなずき、さて、と短剣を眺める。
「じゃあ、今度は両手剣でやろう」
「えええぇ?!まだやんの?」
「戦場では、両手剣の使い手も、多いよ?」
「そーだけどさー」
 やっと息が整ったヴァイノは、しぶしぶとした態度で短剣を構え直した。

 両手剣を扱うレヴィアの動きの鋭さは、短剣の比ではない。
 ほどなくしてヴァイノは降参をし、胸を波打たせながら大地にひっくり返った。
「参り、ました!」
「良い、手合せでした」
 レヴィアもその隣にごろんと横になる。
「デンカ、意外に負けず嫌いだな」
「ヴァイノ、こそ」
 二人して真っ青な空を(あお)ぎ、声を上げて笑い合った。
「なあ、デンカ」
 呼び掛けられたレヴィアが目を向けると、ヴァイノはまだ空を見上げている。
「オレさ、ふくちょのことは、今までどおり、ふくちょって呼ぶ」
「え…」
 レヴィアはヴァイノの横顔を凝視する。
 その瑠璃(るり)色の瞳は、今日の空をそのまま溶かし込んだようだ。
「アルッテミっシャって、やっぱ呼びにくいしさ。ごめんな、デンカの特別なのに」
「あの、ううん。僕、こそ」
 ヴァイノがにやぁっと笑いながらレヴィアに首を向ける。
「デンカ、ふくちょのこと好きなんだな」
「うん、好きだよ」
 あまりにもあっさりと認めるレヴィアに、ヴァイノの目が丸くなった。
「ミーシャも、ジーグも。ヴァイノたちのことも、好きだよ」
「だぁーっ!そうじゃねえよ!」
 がばっとヴァイノは体を起こす。
「好きっていうのはさぁ、すげぇ好きっていうか」
 そのとき、小走りのフロラが二人のもとへとやってきた。
「あの、お疲れ、さま。あの、あの、二人ともずっと、だから…」
 フロラの小さな両手には、妙に大きく見える水筒があった。
「お、ありがとな、フロラ。…何これ!すっげーうめぇじゃん!」
 ヴァイノが(のど)を鳴らして飲み干していく。
 レヴィアも起き上がり、フロラが差し出した水筒を受け取った。
 清涼感のある柑橘(かんきつ)系の風味と、わずかな甘みと微かな塩気が体中に染み渡る。
「おぉ~、甘じょっぱくてうめえぇ!」
「汗、かいたら、しょっぱいもの、おいしいから…。あの、どう…ですか?」
 フロラは(まばた)きもせずに、水筒を傾けるレヴィアを見つめる。
「うん、美味しい。ありがとう、フロラ」
 レヴィアが微笑むと、フロラの(ほほ)がほのかに染まった。
「よかった…。あの、レヴィア、殿下」
「殿下って、呼ばないで」
「オレ、デンカって呼ぶじゃん」
「ヴァイノのは、あだ名じゃない」
 レヴィアはアルテミシアの真似をして、褐色の(こぶし)でヴァイノの肩を小突いた。
「へへ、まぁな」
 ヴァイノがレヴィアの肩を小突き返す。
「じゃ、じゃあ、…レヴィア様」
 思いつめた顔をしていた金髪の少女は、その名を口にしたのと同時に、はにかんだ笑顔を見せた。
「…うん」
 仕方なさそうにうなずくレヴィアを前に、もじもじしているフロラを見て、ヴァイノが不満気に口元に力を入れる。
「んだよ、フロラ。デンカになんか用事?にやにやして、きっもちわり」
 フロラのほっぺたがふくらむ。
「ヴァイノに、関係ない」
「関係ないって何だよ」
 ヴァイノが勢いをつけて立ち上った。
 フロラはつん、と横を向く。
 その小さな(あご)をヴァイノの片手がつかみ、自分のほうに向かせようとした。
「ヴァ、ヴァイノ!」
 慌ててレヴィアも立ち上り、ヴァイノの手をそっと押さえる。
「痛いと、可哀想」
「痛くなんかしてねぇし!」
「痛くない、けど、嫌だもん!」
「おまえがそっぽ向くからだろっ!」
「ふ、二人とも」
 レヴィアがおろおろと間に入った。
 いつもは子犬がじゃれ合うように、仲のよい二人なのに。
 なぜ急に喧嘩(けんか)を始めたのか。自分が原因だろうか。
「あの、えっと、ごめん、なさい…」
 しゅんとして肩を落とすレヴィアに、ヴァイノがため息をつく。
「デンカ悪くねぇだろ。謝んなよ。それで何、フロラ」
「も、いい。レヴィア様、また、あとで。ヴァイノのばーか!アニキ(づら)すんなっ!」 
 鼻に(しわ)を寄せた愛らしい憤慨の表情をヴァイノに残し、後半の悪態は極めて(なめ)らかに投げつけ、フロラは走り去っていった。
「…アニキ(づら)なんかしてねぇだろっ」
 小さくなるフロラの背中を、悔しそうなしかめっ面でヴァイノは見送る。
「お、どうした、二人とも」
 背後からラシオンに声を掛けられ、少年二人が同時に振り返った。
「フロラを、怒らせちゃったみたい、で」
 レヴィアはすっかり困惑しているようだ。
 少年たちが手にする水筒を見て、ラシオンがにやっと笑った。
「それ、フロラからの差し入れ?ははぁ~ん。ヴァイノが照れて、余計なこと言ったんだろ」
「照れてなんかねぇ」
 ヴァイノがむっとしてラシオンをにらむ。
「それに、オレはついでだったみたいだし?」
 不満そうなヴァイノの銀髪の頭に、ラシオンはぽん、と片手を置いた。
「ヤキモチやいて悪態ついたか。悪循環だぞ」
「やいてねぇ」
 ヴァイノはラシオンの手を乱暴に払う。
「それにヤキモチってんなら、昨日のデンカだろ」
「え…僕?やき、もち…?」
 レヴィアは、ぽかんとして目を丸くする。
 昨日の「冷徹のレヴィア」を思い出したラシオンは、くすりと笑った。
「ヴァイノは、お嬢をミーシャって呼ぶ許可はもらえたのか?」
 すぅっと、レヴィアの表情が消える。
「や、オレさ」
 ヴァイノは慌ててぶんぶんと首を横に振った。
「ふくちょは、ふくちょのまんまで」
 途端(とたん)にレヴィアの肩の力が(ほど)け、それを見たラシオンのが瞳が柔らかく緩む。
「ほらレヴィア。今の気持ち。それがヤキモチ。嫉妬っていう、」
「やだー!」
「きゃー!」
 突然、兵舎(へいしゃ)湯殿(ゆどの)のほうから大きな悲鳴が上がった。
 三人は(そろ)ってその方向に顏を向ける。
 何かをひっくり返すような、派手な物音も聞こえきた。
「アスタとメイリだっ!」
 ヴァイノの足が大地を蹴る。
「不審者か?」
 顔を見合わせたラシオンとレヴィアも、急いでヴァイノを追いかけ走り出した。
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