あなただけが知らない‐2‐
文字数 2,832文字
(あれは看病の延長、みたいなものだったのかしら……)
食事を忘れがちなレヴィアに、「あーん」をやらかしたことの仕返しだろうか。
(でも、あのときだって、すぐにやり返されたし。……レヴィアは最近、本当にどうしちゃったのかしら)
アルテミシアはスィーニの首に頬を埋めたまま、小さなため息をついた。
やっと傷が癒えたと思った直後に、また面倒をかけたのだから仕方がないとはいえ。
アルテミシアが出かけるときには、必ずレヴィアがついてくる。
都合がつかないときには……。
「僕は今日、用事があるから。アスタ、ミーシャの護衛を頼める?」
「申し訳ありません。今日はリズワンと」
「メイリは?」
「ごめんなさい。仔馬が生まれそうだからって、手伝いを頼まれてて」
「……ヴァイノ……」
「なんでそんなにイヤそうなんだよっ。なら、ふくちょひとりで平気だろ。一個隊くらいなら、ひとりでぶっ潰すぜ、あのヒト」
「そうだけど、だって、ミーシャは放っておくと無茶するし。スキだらけだし、チョロいし可愛いし」
「後半、本音がダダ漏れてんぞ。はぁ~、なら、オレでガマンしとけよ」
「じゃあ、ヴァイノお願い」
「よっしゃ、まかせとけ!……でもなー、ふくちょの虫よけって、結構大変なんだよなー。ホイホイ誰でも相手しちゃうし」
うんうんとうなずくレヴィアに、ヴァイノの瞳がキラリと光る。
「そーだなー、こないだ市に出てたアガラム馬。あれで手を打ってやろうじゃねーかっ」
「は?あのカッコいい、バカ高かった馬?ヴァイノ、それはいくらなんでも強欲過ぎじゃない?」
呆れるメイリの隣で、レヴィアもしかめっ面をしていた。
「無理。やっぱやめる、」
「オレじゃなきゃ、あとはラシオンかー。アイツ、オンナの扱いうまいよなー」
「……おじい様に聞いてみる」
こんな会話があったとアスタから聞けば、首を傾げるしかない。
(護衛って……、逆じゃないかしら。竜騎士が王子を守るべきなのに)
最近、ジーグよりうるさいレヴィアに、アルテミシアは困惑させられてばかりなのだ。
(レヴィのあの態度は、ひとまず置いておきましょう)
スバクル領主国のみならず、周辺国と友好条約を締結して帰国できれば。
自分に対する過保護状態も落ち着くだろうし、トーラ王国で新しい縁を結んでいくことだろう。
(救国の王子だもの。帰国すれば、きっと忙しくなるわ)
レヴィアの命を脅かす影は取り払われた。
これからは、王家の者としての働きを求められていくだろう。
それにともない、レヴィア隊の役割も変わる。
(だから、私は)
「自分の覚悟を、決めないと……」
「何の?」
「ひゃあ!」
突然、背後から声をかけられて、アルテミシアは飛び上がった。
「レヴィっ」
「気がつかなかったの?珍しいね。そんなに一生懸命、何を考えていたの?何の覚悟?」
漆黒の瞳が問い詰めるように鋭くなる。
「大したことじゃない、いや、なくない。いや、あの……」
「また何か、僕に内緒で決めてることがあるの?」
挙動不審なアルテミシアに、ますます疑惑を深めたレヴィアの目が、不穏に光った。
それは、レヴィアが朝食にアルテミシアを誘ったときのこと。
「ミーシャ、食堂に行こう。……僕とふたりで」
「えっと、じゃあ、ヴァイノたちも誘って、」
「今日は休みをあげたんでしょ。僕たちは仕事なんだから、別行動だよ」
「でも、食堂ならふたりには」
「ああ、混んでるかもしれないね。なら、僕の部屋に運んで食べよう。……ゆっくりできるよ」
「っ!」
たちまち顔を赤くしたアルテミシアは、露骨に目をそらした。
「あの、ごめん。もう食べたんだ。……ほら、あの仔たちの世話に行かなくちゃ、いけないし。そう、メイリに休みをあげたからなっ」
「なら、僕も……。ミーシャ、待って!」
止める声を無視して、全速力でアルテミシアが走り去っていく。
紅い巻き髪が躍る背中が小さくなっていくのを、レヴィアは茫然として見送るしかなかった。
だが、事の経緯 を食堂で聞かされたヴァイノは、首を傾 げるばかりだ。
「ふくちょ?いーや、一度も来てねーよ」
スヴァンの飴色 の瞳も、不思議そうに食堂を見渡している。
「今日、何して遊ぼうかって。俺たち、ずっとここで話してましたから。アルテミシア様が来て気がつかないなんて、ないんじゃないかなぁ」
「あたしも見てない。アスタは?」
「お見かけしてたら、ご挨拶してます」
口々に答えた愚連隊が、にんまりと笑いながらレヴィアを見上げた。
「なんかレヴィアが困ってたからさ。いろいろ指導してやったけど、お前らも協力してやってくれな」
ニヤニヤ笑うラシオンが何を指導したのかはわからないが。
最近のレヴィアは待つことをやめたらしい。
触れることもためらわないし、独占欲も隠さず言葉にしている。
それはもう露骨なほどで、さすがのアルテミシアも怒るのではと、ハラハラしたものだったが。
愚連隊の心配は杞憂で、そのたびにアルテミシアは、顔を赤くして挙動不審になる。
きっと、今朝もその成果の表れだと思うのだが……。
「そう……。じゃあ、どうしてそんなこと言ったんだろう」
レヴィアは不安そうで寂しげな瞳で、窓の外を見ている。
(あーあ。これだよ)
愚連隊四人は呆れた視線を交わし合った。
レヴィアの攻撃は効果抜群で、竜騎士ふたりの想いは、周囲には公然の事実だというのに。
互いにそれを察知する能力が無いとは。
「あー、あれだ。なんか急ぎの用事でもあったんだろ。デンカに気を使わせねーようにって、ゴマカシたんじゃねーの。飯でも持ってってやれば?」
「そっか、そうする!」
たちまち顔を輝かせたレヴィアに、ヴァイノがニヤニヤ笑う。
「そーしろ、そーしろ」
「ええ、ぜひ。そうそうデンカ」
アスタのデンカ呼びも、すでに堂に入ったものだ。
「そこでアルテミシア様が逃げようとしたら、強引にでも引き止めて、食べさせちゃってくださいね」
「そうですよぅ」
うなずくメイリのたてがみが、わさわさと揺れる。
「ご飯は食べないとダメって、アルテミシア様がデンカにおっしゃったんでしょう?」
「うん!」
レヴィアは素直に、嬉しそうにうなずいた。
食堂から出ていくレヴィアを見送って、四人から温かなため息が漏れる。
「こりゃあちょっと、夕方にでもデンカ呼びだすかな」
「よしなさいよ。ゲスいわよ」
ワキワキしているヴァイノの脇を、アスタの肘鉄が襲う。
「うげっ」
「聞かなくったってわかるよ。あのふたりなら、隠せっこないもん」
「えぇぇぇ。あれ以上ベタ甘になったら、俺はもうやってらんない。一足先に、トーラに帰るかな」
肩をすくめるメイリの隣で、スヴァンがうんざりと天井を見上げた。
「お幸せそうだから、いいんじゃない?」
「ちっと我慢してやるか」
「ちょっとだけならねぇ」
「はぁ?ちょっとで済むとか、マジで思ってんの?!」
すっかり諦めきったアスタ、ヴァイノとメイリに驚愕の目を向けて、スヴァンだけが悲壮な悲鳴を上げた。
食事を忘れがちなレヴィアに、「あーん」をやらかしたことの仕返しだろうか。
(でも、あのときだって、すぐにやり返されたし。……レヴィアは最近、本当にどうしちゃったのかしら)
アルテミシアはスィーニの首に頬を埋めたまま、小さなため息をついた。
やっと傷が癒えたと思った直後に、また面倒をかけたのだから仕方がないとはいえ。
アルテミシアが出かけるときには、必ずレヴィアがついてくる。
都合がつかないときには……。
「僕は今日、用事があるから。アスタ、ミーシャの護衛を頼める?」
「申し訳ありません。今日はリズワンと」
「メイリは?」
「ごめんなさい。仔馬が生まれそうだからって、手伝いを頼まれてて」
「……ヴァイノ……」
「なんでそんなにイヤそうなんだよっ。なら、ふくちょひとりで平気だろ。一個隊くらいなら、ひとりでぶっ潰すぜ、あのヒト」
「そうだけど、だって、ミーシャは放っておくと無茶するし。スキだらけだし、チョロいし可愛いし」
「後半、本音がダダ漏れてんぞ。はぁ~、なら、オレでガマンしとけよ」
「じゃあ、ヴァイノお願い」
「よっしゃ、まかせとけ!……でもなー、ふくちょの虫よけって、結構大変なんだよなー。ホイホイ誰でも相手しちゃうし」
うんうんとうなずくレヴィアに、ヴァイノの瞳がキラリと光る。
「そーだなー、こないだ市に出てたアガラム馬。あれで手を打ってやろうじゃねーかっ」
「は?あのカッコいい、バカ高かった馬?ヴァイノ、それはいくらなんでも強欲過ぎじゃない?」
呆れるメイリの隣で、レヴィアもしかめっ面をしていた。
「無理。やっぱやめる、」
「オレじゃなきゃ、あとはラシオンかー。アイツ、オンナの扱いうまいよなー」
「……おじい様に聞いてみる」
こんな会話があったとアスタから聞けば、首を傾げるしかない。
(護衛って……、逆じゃないかしら。竜騎士が王子を守るべきなのに)
最近、ジーグよりうるさいレヴィアに、アルテミシアは困惑させられてばかりなのだ。
(レヴィのあの態度は、ひとまず置いておきましょう)
スバクル領主国のみならず、周辺国と友好条約を締結して帰国できれば。
自分に対する過保護状態も落ち着くだろうし、トーラ王国で新しい縁を結んでいくことだろう。
(救国の王子だもの。帰国すれば、きっと忙しくなるわ)
レヴィアの命を脅かす影は取り払われた。
これからは、王家の者としての働きを求められていくだろう。
それにともない、レヴィア隊の役割も変わる。
(だから、私は)
「自分の覚悟を、決めないと……」
「何の?」
「ひゃあ!」
突然、背後から声をかけられて、アルテミシアは飛び上がった。
「レヴィっ」
「気がつかなかったの?珍しいね。そんなに一生懸命、何を考えていたの?何の覚悟?」
漆黒の瞳が問い詰めるように鋭くなる。
「大したことじゃない、いや、なくない。いや、あの……」
「また何か、僕に内緒で決めてることがあるの?」
挙動不審なアルテミシアに、ますます疑惑を深めたレヴィアの目が、不穏に光った。
それは、レヴィアが朝食にアルテミシアを誘ったときのこと。
「ミーシャ、食堂に行こう。……僕とふたりで」
「えっと、じゃあ、ヴァイノたちも誘って、」
「今日は休みをあげたんでしょ。僕たちは仕事なんだから、別行動だよ」
「でも、食堂ならふたりには」
「ああ、混んでるかもしれないね。なら、僕の部屋に運んで食べよう。……ゆっくりできるよ」
「っ!」
たちまち顔を赤くしたアルテミシアは、露骨に目をそらした。
「あの、ごめん。もう食べたんだ。……ほら、あの仔たちの世話に行かなくちゃ、いけないし。そう、メイリに休みをあげたからなっ」
「なら、僕も……。ミーシャ、待って!」
止める声を無視して、全速力でアルテミシアが走り去っていく。
紅い巻き髪が躍る背中が小さくなっていくのを、レヴィアは茫然として見送るしかなかった。
だが、事の
「ふくちょ?いーや、一度も来てねーよ」
スヴァンの
「今日、何して遊ぼうかって。俺たち、ずっとここで話してましたから。アルテミシア様が来て気がつかないなんて、ないんじゃないかなぁ」
「あたしも見てない。アスタは?」
「お見かけしてたら、ご挨拶してます」
口々に答えた愚連隊が、にんまりと笑いながらレヴィアを見上げた。
「なんかレヴィアが困ってたからさ。いろいろ指導してやったけど、お前らも協力してやってくれな」
ニヤニヤ笑うラシオンが何を指導したのかはわからないが。
最近のレヴィアは待つことをやめたらしい。
触れることもためらわないし、独占欲も隠さず言葉にしている。
それはもう露骨なほどで、さすがのアルテミシアも怒るのではと、ハラハラしたものだったが。
愚連隊の心配は杞憂で、そのたびにアルテミシアは、顔を赤くして挙動不審になる。
きっと、今朝もその成果の表れだと思うのだが……。
「そう……。じゃあ、どうしてそんなこと言ったんだろう」
レヴィアは不安そうで寂しげな瞳で、窓の外を見ている。
(あーあ。これだよ)
愚連隊四人は呆れた視線を交わし合った。
レヴィアの攻撃は効果抜群で、竜騎士ふたりの想いは、周囲には公然の事実だというのに。
互いにそれを察知する能力が無いとは。
「あー、あれだ。なんか急ぎの用事でもあったんだろ。デンカに気を使わせねーようにって、ゴマカシたんじゃねーの。飯でも持ってってやれば?」
「そっか、そうする!」
たちまち顔を輝かせたレヴィアに、ヴァイノがニヤニヤ笑う。
「そーしろ、そーしろ」
「ええ、ぜひ。そうそうデンカ」
アスタのデンカ呼びも、すでに堂に入ったものだ。
「そこでアルテミシア様が逃げようとしたら、強引にでも引き止めて、食べさせちゃってくださいね」
「そうですよぅ」
うなずくメイリのたてがみが、わさわさと揺れる。
「ご飯は食べないとダメって、アルテミシア様がデンカにおっしゃったんでしょう?」
「うん!」
レヴィアは素直に、嬉しそうにうなずいた。
食堂から出ていくレヴィアを見送って、四人から温かなため息が漏れる。
「こりゃあちょっと、夕方にでもデンカ呼びだすかな」
「よしなさいよ。ゲスいわよ」
ワキワキしているヴァイノの脇を、アスタの肘鉄が襲う。
「うげっ」
「聞かなくったってわかるよ。あのふたりなら、隠せっこないもん」
「えぇぇぇ。あれ以上ベタ甘になったら、俺はもうやってらんない。一足先に、トーラに帰るかな」
肩をすくめるメイリの隣で、スヴァンがうんざりと天井を見上げた。
「お幸せそうだから、いいんじゃない?」
「ちっと我慢してやるか」
「ちょっとだけならねぇ」
「はぁ?ちょっとで済むとか、マジで思ってんの?!」
すっかり諦めきったアスタ、ヴァイノとメイリに驚愕の目を向けて、スヴァンだけが悲壮な悲鳴を上げた。