闇に差す光-2-

文字数 2,296文字

 権勢を誇っていた大貴族が、疑惑を背に王宮を去っていく。
 貴族たちはただ立ち尽くし、呆然としてその背中を見送るばかりだった。

「取り逃がして、申し訳、ありません」
 ヴァイノが息を切らせながら広間へ入ってくる。
「いや、お前はよくやった。リズワン!そっちはどうだ!」
「城外のネズミは十匹足らず!」
 庭園の木に登り、遠くを見渡していたリズワンが怒鳴って寄こした。
「……ったく、はったりのうまいネズミだよ。おや」
「”は、離せっ!このクソジジィっ”」 
「”離せと言われて、はい、そうですかと言う愚か者はおりますまい”」
「スバクル語の悪態は、相変わらず威勢がいいねえ」
 縛られてもなお暴れる男を引きずっていくスライを、リズワンは木の上から見送る。
「様子のおかしな者がおりました」
 ドサリと床に転がされたのは、刺繍(ししゅう)のある短上着を羽織った、あの自称ユドゥズ家の男だ。
「こやつ、スバクル衣装などを身につけておりますが」
「ユドゥズ家の(つか)いだと言っていました」
 ジーグの言葉に、スライの目が不審そうに細くなる。
「ユドゥズ?」
 褐色の手が男の襟首をつかみ、上着をはいだ。
(あざみ)に狼……」
 下衣の胸に縫い取られた家紋を確認したスライが、男のあごを力任せにつかみ、顔を上げさせる。
「ユドゥズ家は柄杓星(ひしゃくぼし)にカササギ。(たばか)りを」
(あざみ)に狼なら、イェルマズ家じゃねぇか」
 口笛でも吹き出しそうな、軽い調子で現れた青年の姿にレヴィアの顔が輝いた。
「ラシオン!」
「よー、遅くなってすまねぇな。ちょいと手間取ってさ」
 軽装で軽薄に笑うラシオンの隣には、戦場から帰ってきたばかりのような、髭面(ひげづら)の男が並ぶ。
 さらに、その後ろに居並ぶ黒装束の男たち。
 凱旋会の招待客とはとても思えない面々の登場に、トーラ貴族たちは唖然とするばかりだ。
 
 ずかずかと広間に入ってくるラシオンを一目見て、スバクルの男がポカンと口を開ける。
「カーヤイの疾風?!……生きて、いた……」
「ラシオン、床に猛毒の酒がこぼれている。拭かせるからそこで待て。スバクルの名品だそうだな。飲みたいのならば止めないが」
 アルテミシアは両手の短剣を腰に戻して、給仕の者を手招いた。
「またお嬢は。いきなり相変わらずだなぁ。……猛毒の酒?」
「歪みヤロウがこいつに渡してたんだぜ」
 苦笑いするラシオンに、ヴァイノがスバクルの男を親指で指し示す。
「杯に少し残ってるな。素手で触らないように。レヴィア殿下、中身をお調べになられるでしょう?離宮に届けさせますか」
 給仕たちに注意を与えているアルテミシアの背後で、レヴィアは力なく首を横に振った。
「溶かされた毒の種類までは、わからないよ」
「これが本当に毒物かどうか、まずはっきりさせましょう。毒殺しようとした証拠が必要です。あとで”ただの余興だ。毒など入れていなかった”、などの寝言を言わせないように」
「でも、そのためには、動物とかに飲ませてみないと……」
 目を伏せ、レヴィアは口ごもる。
「気が進みませんか?」
「……うん……」
「それでは」
 布巾(ふきん)に包まれ、持ち出されようとした杯を、アルテミシアは自らの手に戻させた。
「私が飲んでみましょう」
「え?!」
 レヴィアを始め、ジーグ以外の周囲の者が息を飲む。
「だって、それ、毒だよ?ひと舐めで死んじゃうって……」
 オロオロとするレヴィアにも構わず、アルテミシアは表情も変えずに杯を揺らし、中の液体を透かし見た。
「私は、かなりの種類の毒に耐性があります。()めた程度で、すぐに死にはしないでしょう。症状が出て、毒だとはっきりしたら、解毒の対処をいたします」
「駄目だよ、ミーシャっ」
 ためらいもなく杯に口をつけようとするアルテミシアの手を、レヴィアは慌てて押さえる。
「ですが、動物を使うのはお嫌でしょう?嫌なことをなさる必要はない。私をお使いになればいい」
「……貴女(あなた)に飲ませるほうが嫌だ。種類と量によっては、解毒できないことだって、あるんだよ。……(ふた)のある容器に移して、離宮に運んで。作業小屋に運ぶように伝えて」
 アルテミシアの手から杯を奪うように取り上げ、レヴィアは給仕の男に細々(こまごま)とした指示を与えた。
「私なら、本当に大丈夫、」
貴女(あなた)だけに背負わせないって言ったでしょう」
 レヴィアの強い口調に目を丸くするアルテミシアを横目に、髭面(ひげづら)の男がラシオンに肩を寄せた。
「あれが帝国の”可愛娘(かわいこ)ちゃん”か?」
「そ。あの可愛い顔で、”ケツの穴”とか平気で言っちゃうんだぜ」

(毒に耐性、か。子供のころから慣らしてきたんだな。「必要ならばその命さえ使え」か。……本当に、ためらいもしないんだな)

 人知れずため息を漏らしたラシオンに、アルテミシアは胡乱(うろん)な目を向ける。
「ラシオン。無礼なことを言うのなら、覚悟はあるんだろうな」
「いやいや、何も言ってませんって」
「嘘をつけ。……ジーグ」
 合図を受けたジーグはアルテミシアと並んで、レヴィアを守るようにその前に立った。
「ラシオン・カーヤイ公。王宮訪問の趣旨を尋ねる。率いている人数が穏やかではない。理由如何(いかん)によっては、交戦も(いと)わない」
 ジーグのよく通る声に宣告されたラシオンは、直立不動の姿勢を取る。
「我々に害意はございません。陛下、殿下に(こいねが)いたき、報告致したき儀があり、拝謁の栄を頂戴しに参りました」
「ふむ。……レヴィア?」
「あの、えと、許し、ます」
 国王に促されたレヴィアが許可を出すのと同時に、アルテミシアとジーグがともにレヴィアの脇に下がった。
 騎士ふたりが片膝をついて、恭順の姿勢を取るのに合わせるかのように。
 ラシオン以下黒装束の男たちが、一斉にレヴィアの前にひざまずいて頭を下げた。
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