闇に差す光-2-

エピソード文字数 2,921文字

 権勢を誇っていた大貴族が王宮を去っていく。貴族たちは、その背中を呆然として見送った。
「取り逃がして、申し訳、ありません」
 ヴァイノが息を切らせながら広間へ入ってくる。
「いや、お前はよくやった。スライ!リズワン!いるか!」
 ジーグが庭園へ向かって声を張り上げた。
「…あんなところに隠れていたのか…。外の兵はトーラの者じゃないね」
 身軽に庭園の木に登ったリズワンが、辺りを警戒しながら報告をする。
 スライが縛られてもなお暴れる男を、問答無用の勢いで連れてきた。
「様子のおかしな者がおりました」
 見ると刺繍(ししゅう)のある短上着を羽織った、あの自称ユドゥズ家の男だ。
「スバクルの服を着ておりますが…」
 スライが男の(ひざ)を折らせながらジーグを見上げた。
「ユドゥズ家の(つか)いだと言っています」
 ジーグの言葉にスライの目が細められ、不審そうに男を見下ろす。
「ユドゥズ?」
 褐色の手が男の上着を()いだ。家紋入りの上衣が(あら)わになる。
(あざみ)に狼…」
 家紋を確認したスライが男の(あご)をつかみ、正面を向かせた。
「ユドゥズ家は柄杓星(ひしゃくぼし)にカササギ。(たばか)りを」
何処(いずこ)の家の者だ」
 ヴァーリがジーグの隣に立ち、スライの手によって、うつむくことを許されない男を見下ろす。
「イェルマズ家だな」
 底抜けに明るい声がした。
 口笛でも吹き出しそうな、軽薄にさえ感じる様子で入ってきた青年にレヴィアが笑顔を向ける。
「ラシオン!」
「よー、遅くなってすまねぇな。ちょいと手間取ってさ」
 その横に同年代と見られる髭面(ひげづら)の男を伴い、さらに後ろからは、黒装束の男たちがぞろぞろと続いていた。
 トーラ貴族たちはその光景を声も無く、ただ見守るしかない。
 もう十分仰天する出来事が起きたというのに。これ以上何が始まるのか。
 入り口に立つ警備兵は、判断付きかねる顔でヴァーリを振り返る。ヴァーリは短くうなずき、男たちの通行を許可した。
 縄討たれたスバクルの男が、息を止めるほど驚いている。
「カーヤイの疾風…。生きて、いた…」
 黒衣の集団を率いて近づいてくるラシオンに、アルテミシアが声を掛けた。
「ラシオン、床に猛毒の酒が(こぼ)れている。()かせるからそこで待て。スバクルの名品だそうだな。飲みたいのならば止めないが」
 アルテミシアは両手の短剣を腰に戻して、給仕の者を手招く。
「またお嬢は。相変わらずだなぁ」
 ラシオンは苦笑しながら尋る。
「猛毒の酒?」
「カーフがこいつに渡してた」
 目を()いてラシオンを凝視しているスバクルの男を、ヴァイノが親指で指し示した。
「杯に少し残ってるな。素手で触らないように。布で包め。レヴィア殿下、中身をお調べになられるでしょう?離宮に届けさせますか」
 アルテミシアはレヴィアを振り返る。
 レヴィアは首を横に振った。
「溶かされた毒の種類までは、わからないよ」
「これが本当に毒物かどうか、まずはっきりさせましょう。毒殺しようとした証拠が必要です。後で“戯言(ざれごと)だった。毒など入れていなかった”、などの寝言を言わせないように」
 臣下以外何者でもないアルテミシアの表情を見ながら、レヴィアは瞳を曇らせる。
「でも、そのためには、動物とかに飲ませてみないと…」
 猛毒だとカーフは言っていた。
「心が痛みますか?」
 アルテミシアの問いに、レヴィアは元気なくうなずく。
「そうですか」
 アルテミシアは布巾(ふきん)に包まれた杯を自らの手に戻させた。
「では、私が飲みましょう」
「えっ!」
 レヴィアを始め、ジーグ以外の周囲の者が息をのんでアルテミシアを見つめる。
「だって、それ、毒だよ?」
 レヴィアはうろたえ、一歩アルテミシアに近づいた。
「ひと舐めで死んじゃうって…」
 アルテミシアは表情も変えずに杯を揺らし、中の液体を透かし見ている。
「私はかなりの種類の毒に耐性があります。一口程度で、すぐに死にはしないでしょう。症状が出て毒だとはっきりしたら、解毒の対処をいたします」
 何のためらいもなく、杯に口を付けようとするアルテミシアの手を、レヴィアは慌てて押さえた。
「ミーシャっ!駄目だよっ!」
「ですが動物を使うのはお嫌でしょう?嫌なことをなさる必要はない。私をお使い下さい」
 微笑んでみせるアルテミシアは、いつものようにきっぱりと潔い。
 見ているラシオンの瞳に痛ましさがにじんだ。
(毒に耐性…。子どものころから、少しずつ体を慣らしてきたのか。毒殺され得る家系、か…。“必要があるならその命も使え”。本当に、迷いもしないんだな)
「…貴女(あなた)に飲ませるほうが嫌だ」
 レヴィアは重い息を吐く。
「種類と量によっては、解毒できないことだってある。…(ふた)のある容器に移して、離宮に運んで。作業小屋に運ぶように伝えて」
 レヴィアはアルテミシアの手から杯を奪うように取り上げ、給仕の男に細々(こまごま)とした取扱いの注意を与えた。
「私なら本当に大丈夫だぞ?」
 アルテミシアは不思議そうに(ささや)く。
貴女(あなた)だけに背負わせないって、言った」
 レヴィアのいつになく強いまなざしと口調に、アルテミシアの瞳が丸くなる。
「あれが帝国の“可愛娘(かわいこ)ちゃん”か?」
 アルテミシアから目を離さず、ラシオンの隣に立つ髭面(ひげづら)の男が(ささや)いた。
「そ。あの可愛い顔で“ケツの穴”とか、平気で言っちゃうんだぜ」
「ラシオン」
 アルテミシアが聞き(とが)め向き直った。
「何か失礼なことを言ったろう。叩き斬るぞ」
 再び短剣を抜いたアルテミシアの瞳に殺気が生れる。
 ラシオンは手の平を外に向けた両手を胸の前に上げ、降参を示した。
「いやいや、何も言ってませんって」
 アルテミシアは不満そうに鼻を鳴らし、ジーグに目配せをする。
 ジーグがアルテミシアの元に歩み寄った。
 そして二人はレヴィアを守るようにその前に立ち、いつでも攻撃できるよう剣を構える。
ジーグの深く低い声が広間に響いた。
「ラシオン・カーヤイ公。王宮訪問の趣旨を尋ねる。率いている人数が穏やかではない。理由如何(りいゆういかん)によっては、交戦も(いと)わない」
 騎士として対峙(たいじ)する二人に、ラシオンも真顔になって姿勢を正し、トーラの礼を取った。
「陛下、殿下に(こいねが)いたき、報告致したき儀あり、拝謁の栄を頂戴しに参りました」
「ふむ。…レヴィア?」
 青磁(せいじ)色の瞳が、息子に対応を(うなが)している。
「あの、許し、ます」
 ジーグから教わった王族としての返答も、実にレヴィアらしい。
 アルテミシアは伏し目がちに笑みながら、両手の剣を腰に戻した。そして同じく大剣(たいけん)を収めたジーグとともにレヴィアの両脇に下がり、膝をついて恭順を示す姿勢を取る。
 同時にラシオン以下黒装束の男たちが、一斉にレヴィアの前にひざまずいた。
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