スバクルに散る火花

エピソード文字数 4,224文字

 日ごろ感情を宿すことのない(なまり)色の目が、驚きと不審に見開かれている。
「竜を使う?」
 スバクル統領レゲシュ邸の客間で、優雅に座るジェラインの前に立つカーフは(まゆ)をひそめた。
「帝国がスバクル側についたのですか?」
「いや」
 セディギア・ジェラインは楽しそうに笑う。
「イハウがイグナル殿に竜を貸してくれるらしい。あの赤毛の小娘の驚く顔が今から楽しみだ。スバクルが竜を使うとは、思ってもないだろうからな!」
「イハウに竜がいるなど、聞いたことがありませんが…」
 考え込んでいるカーフを、ジェラインは馬鹿にした目で見上げる。
「トーラに竜がいることも、誰もが考えもしなかったことだ。帝国はもったいぶるが、案外竜など、どこででも育てられるのだろう。所詮(しょせん)獣だ。後はお前が聞いておけ」 
 スバクル統領家の宗主、イグナル・レゲシュから手厚くもてなされ、すっかり気を良くしているジェラインは上機嫌で部屋を出ていった。
 不穏な気持ちを(ぬぐ)えないまま、カーフはその背中に(うやうや)しく頭を下げた。

 レゲシュ家宗主の部屋の扉が叩かれる。
「誰だ」
 迫力のある濁声(だみごえ)が中から聞こえてきた。
「カーフ・アバテでございます」
「ああ。入ってくれ」
 カーフが部屋に一歩足を踏み入れると、スバクル統領イグナル・レゲシュが立ち上って出迎え、部屋に置かれた客用の椅子(いす)を勧める。
「ここではもうその名を使う必要はないだろう。カーフレイ・セディギア。それともスバクル随一の諜者(ちょうじゃ)であったお前の母の名、アヴールのほうが名誉か」
 カーフレイ・アヴールは示された椅子(いす)に腰掛けながら、無言でイグナルに会釈を返した。
「あの脳内に花が咲いた奴に遠慮することも、もうあるまい」
「一応、兄ですので」
 鈍い(なまり)色の瞳からは何の感情もうかがえない。
「お前が兄と呼ぶと嫌な顔をするではないか。下働きを装いながら、まんまとセディギア当主を籠絡(ろうらく)して(めかけ)に納まる。本当にお前の母は優秀であった。寄こす情報もいつも有用でな。病を得たことは残念であった。医薬を扱うセディギアの家にいたというのに」
「トーラでの立場は、所詮(しょせん)(めかけ)です」
 若き愛人が病を得たとき、セディギア本妻は医薬師に診せることを決して許さなかった。そして病を理由に屋敷の薄暗い小部屋に隔離し、こじらせるままに放置した。
 何を感じる間もなく死んで、物を片付けるように(ほうむ)られた母を思い出しながら、それでもカーフレイの表情は変わらない。  
「それで何用だ。あの盆暗(ボンクラ)がまた何かをご所望か」
 トーラでの贅沢癖(ぜいたくぐせ)が抜けないジェラインは、たびたび余計な物品を要求してはイグナルから呆れられていた。
「いえ。イハウから竜が来るとか。イハウには竜がいるのですか」
「いや、帝国からだ」
「…帝国…?」
 さすがのカーフレイも、深い疑惑をその表情に浮かべる。
 イハウ連合国と帝国はここ百年近く、間にあったカザビア王国の滅亡を招くほどの(いくさ)を繰り返している関係だ。
「帝国も決して一枚岩ではないのだろう。…うちも(しか)り、だがな。時流を読んだ者が生き残る」
「帝国にイハウと通じる勢力がある、ということですか」
「そのようだ。そしてその勢力は帝国を変革するためにイハウ、さらには我が国の協力を欲しているという」
「そのためにスバクルに竜を貸すと?しかしそれが露呈(ろてい)すれば、ディアムド皇帝が黙ってはおりますまい」
「正式の竜ではないらしい。この(いくさ)で葬ってしまうと言っていた。実際に竜がいなければ、皇帝も口出しできなかろう」
「竜騎士も帝国から来るのですか」
「そう聞いている」
「そしてそれも葬るのですか」
「その予定だ」
「それほど簡単に、竜と竜騎士を(あや)められるでしょうか」
 トーラやスバクル国内では、間者(かんじゃ)としてさまざまな顔を持つカーフレイだが、この件に関しては情報が少なすぎる。
 どうにも不安が(ぬぐ)えない。
「そこはお前の出番だ」
 イグナルはじっとカーフレイを見つめた。
「契約の成されていない竜を操るのに、”悪魔の雫”という薬を使うらしい。知っているか」
「ああ。…なるほど」
 カーフレイはアバテの顏でうなずく。
「その濃度を間違えればよいのですね。…“悪魔の雫”を使うのか…。帝国も相当だ。いや、それでこそ、か」
 (なまり)色の瞳の奥が、ぎらりと光った。
 
 ユドゥズ家の宗主ジャジカは、目の前にひざまずく青年をじっと見つめていた。
 盟友であったカーヤイ公の末家の出身ではあるが、多くの者に慕われる人柄で曹長を任され、「カーヤイの疾風」とまで言われた実力者。
 かつてはどこか浮ついた印象もある若者であったが、今は見違えるほどの覇気をその身にまとっていた。
 カーヤイ家は、謀略のうちに追放されたと信じている。
 しかし目の前にいる若者は、未来のスバクルを背負う者との評判が間違いであったかのように、期待外れなほど呆気なくその姿を消してしまった。
 信頼厚い家令、オウザイ卿の兄が追従してきたからには疑いはしない。
 だが。
「久しいな。この二年の間、どうしていた。サイレルの惣領は、国境辺りで見かけた話も聞いてはいたが、お前はさっぱりだった。レゲシュに討たれたのだと、(もっぱ)らの(うわさ)であったぞ」
 ジャジカの突き放したような問いに、ラシオンは顔を上げぬまま答える。
「姉の死を見届けた後は、各国で傭兵(ようへい)などを」
「なんと…!」
 ラシオンの話の途中で、ジャジカはため息を漏らした。
「ヴィエナはやはり亡くなっていたのか…。イェルマズの三男は、泣く泣く縁を切ったと聞いていたが」
 ふっと空しく笑う気配はしたが、ラシオンの顏は上がらない。
 うつむき、微動だにしない姿勢のまま、温度のないラシオンの声が続ける。
「離縁されて間もなく、安宿で死んでいます。宿代にも事欠いていたようで、身ぐるみ()がされ売られて、埋葬されたそうです」
 見る者を(いや)す優美な笑顔と、誰にでも柔らかな物腰で接するヴィエナには、年ごろになると降るように縁談が舞い込んだ。
 その中で、対立関係にあったイェルマズ家への輿入(こしい)れを自ら決めたのは、スバクルの泰平を彼女自身が望んだためでもある。
 家同士は争いもあったが望まれた縁でもあり、幸せそうな若夫婦は、スバクル繁栄の象徴ともされていた。
「あのヴィエナが…」
 ジャジカの視線は、ラシオンのきつね色の髪に()された深紅の髪飾りに注がれる。
「それでお前は国を出たのか。しかしなぜ戻った。トーラ第二王子に見込まれているというのなら、そのままスバクルに対立する立場に留まったとしても、不思議には思わない。お前の境遇ならば」
「そーですねぇ」
 覇気は消さぬまま、ラシオンは軽い笑顔を上げた。
「あっちにはすっごい面白い連中がいますし、待遇も良かったですよ。可愛娘(かわいこ)ちゃんが短剣振り回して竜に乗ってるなんて、想像つきますか?」
「竜の(うわさ)は、やはり真実か」
 ジャジカはその瞳から警戒を消さず、家老エンデリの隣に立つスライに目を()る。
 スバクルでは一目(いちもく)置かれるエンデリが、スライから一歩下がって敬意を表していた。年の離れたその兄は、無言のまま首を縦に振る。
 重いため息がジャジカから吐き出された。
「ならばなおのこと。なぜスバクルの危機を伝えに戻った」
「…姉の埋葬された場所には、墓石も無くて」
 ラシオンの目が遠くなる。
 隣で同じようにひざまずくファイズが、思わず目を上げた。
「どこにでもあるような石ころがひとつ、投げ捨てられたように置かれていました。俺は、それがすごく悲しかった。花を手向(たむ)けたくても、髪飾りを買い戻すのに有り金を(はた)いた後だったから、買うこともできなくて」
 ラシオンを見つめるファイズの目に見る間に涙が浮かび、髭面(ひげづら)がくしゃりと(ゆが)む。
「墓場の片隅に、野薔薇が咲いていたんだ。姉が好きだった、深紅色の花びらが風に揺れていた。気が付いたら、素手で掘り起こしていた」
 ラシオンは自分の片手を目の前にかざす。
「小さな株だった。それを墓標の代わりに姉の墓に植えたんだ。…あの薔薇は、根付いたろうか」
「ぐ…うぅ…」
 とうとうファイズは声を上げて泣き始めた。
「何でお前が泣くんだよっ」
 ラシオンは(こぶし)で軽くファイズの頭を小突く。
「ヴィエナ殿は、俺たちの憧れだった…。そんな、そんな寂しい場所に…」
 髭面の中にある瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれていた。 
 ラシオンの焦げ茶の瞳が柔らかくなる。そして乱暴にファイズの頭をつかんだ。
「二年のうちに、少しは大きな株になってると思うんだ。深紅の花が、姉上を慰めてくれていると思う。だから俺は」
 ラシオンが真正面からジャジカを見上げる。
「その薔薇を踏みにじられたくないと思ったのです。姉の魂を静かに眠らせておいてやりたい。これ以上、弱い者が奪われる姿を見たくない。花に囲まれて笑っていられるような、そんな当たり前の日々を守りたい。そのために戻りました」
「しかしお前の話のとおりならば、相手は強大だ。一人で何ができる」
 静かな感動に胸を震わせながら、あえて冷たくジャジカはラシオンを見下ろした。
 スバクル無二の賢主と言われるユドゥズ家宗主に、ラシオンは不敵な笑顔を見せる。
「俺は一人でここまで来たわけじゃない」
 鼻をすするファイズが(しき)りにうなずいていた。
 スライが感慨深げに目を伏せる。
「ここに送り出してくれた人たちがいる。トーラで得た縁がある。生まれた国はそれぞれ違っても、守りたいもののために、手を(たずさ)える仲間たちがいてくれる」
 ラシオンがすくっと立ち上がった。
 ジャジカが覚えているよりも一回りも二回りも(たくま)しくなった、闘気を放つ男がそこにいた。
「ジャジカ・ユドゥズ公。貴方(あなた)の守りたいもののために、今ご決断を」
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