想い初める -1-

エピソード文字数 2,350文字

 赤竜族の迎春祝賀会は、赤竜三家持ち回りで開催される習わしである。
 ドルカ家仕切りのその年は、ずいぶんと派手な趣向のものだった。飾り付けから料理から、やたらと大袈裟で、ごてごてと目にうるさい。
(何だ、この趣味の悪さは)
 会場に到着した途端(とたん)、ディデリスはその品の無さにすっかり辟易(へきえき)とした。
 しかも、いつも真っ先に駆け寄ってくるはずの、可愛い従妹(いとこ)の姿がどこにも見当たらない。
 鬱陶(うっとう)しい彼女の従者はバシリウス叔父とともにいる。来てはいるはずだ。
「いきなり戦果を上げたそうだな!素晴らしい!さすがサラマリスだ」
 会場を歩いていると、いたるところで親戚連中が()めちぎる言葉を掛けてくる。
 中には酒杯を片手に、足止めしてこようとする者もいた。
「赤竜族は、お前の働きでますます安泰だな。ほら、どうだ」
 顔は知っているが、名前も知らない高齢の男だ。
(アモリエ、ドルカ…。どっちだ)
 竜騎士になってからも、皇帝から直接の褒章(ほうしょう)を受ける前には、声も掛けてこなかった耄碌(もうろく)じじいの一人だろう。
「ありがとうございます。ですが、三家ご当主へのご挨拶を先に済ませて参ります」
 愛想笑いとともに礼を返し、酒は素っ気ない仕草で断りながら、ディデリスは庭園へと足を向けた。
 
 春の庭では、竜家の子どもたちが固まって遊んでいる。
 だがそこにもアルテミシアの姿はない。
 不審に思いながら、奥の茂みへと足を延ばす。
 しばらく歩き続けていると、常緑の木立の間から、ひそひそ話をする声が聞こえてきた。
「いいじゃないか、一着くらい」
 聞いたことのある少年の声がする。名前は…、何であったか。
「今ここで?そうしたら、私は何を着ればいいの?」
 困惑したアルテミシアの声が耳に飛び込んできた。ディデリスは足を速める。
「クラディウス伯父上に言って、ドルカの晴れ着を用意してもらうよ」
 茂みの向こうにアルテミシアと、ドルカ家の少年が向かい合わせで座っていた。
 赤土色の髪の少年の手は、アルテミシアの晴れ着の飾りをしきりに引っ張っている。
「すごいきれいだね!これ、この間ディデ兄が園遊会で相手をしてやった、ご令嬢の礼服に似てる」
「ディデリスが踊ったの?」
 鮮緑(せんりょく)の瞳が丸くなった。
「そうだよ!すごくかっこ良かったんだ!周りのみんなも見蕩(みと)れちゃってたよ。そのあとディデ兄は、そのご令嬢の服を()めてたんだ。こういうのが好きなんだね」
 少年の指が晴れ着の飾りをいじり回す。
「ディデリスは上手に踊るものね」
 アルテミシアがくすりと笑うと、少年の指の動きが止まった。
「ディデ兄が踊るのを見たことあるの?アルティはまだ十一だから、社交の場には出られないじゃないか。見たことないだろう。俺だってやっと十五になって、こないだ初めて、ディデ兄と一緒の園遊会に出られたんだから」
「ときどき練習させられるの。私が下手だから」
 アルテミシアが恥ずかしそうな顔をうつむけた。
「年の暮れにも、バシリウスに挨拶に来たついでにずっと稽古(けいこ)をつけられたわ。私は剣術のほうがいいって言ったのだけれど…。ご令嬢と踊って、私の下手さ加減を心配してくれたのね、きっと」
「ディデ兄と踊るんだ。アルティは」
 少年の声が低くなる。
「やっぱりこれ、ちょうだいよ」 
 少年の手が力任せに引っ張ったためか、上品な薄い生地を重ねた晴れ着が小さな音を立てて裂けた。
「あっ!」
 大きく(ほつ)れた晴れ着をアルテミシアは慌てて押さえる。破れ目から、隠しきれずに白い足がのぞく。
 少年はアルテミシアの手を乱暴に振り払い、その破れ目を両手で握りしめた。
「こんなところにいたのか」
 茂みの影からディデリスが顔をのぞかせる。
「…あっ…ディデ、兄」
 赤竜隊服がとてもよく似合っているその姿を一目見て、少年の顔がぱっと赤らんだ。そしてディデリスの視線に気づくと、慌ててアルテミシアの晴れ着から手を離した。
「どうした」
 ディデリスは二人のごく近くまで寄って腰を落とす。
 士官学校の制服を着た、ドルカ家の少年が青ざめた。
「木登りしたの!そうしたら、枝に引っ掛けちゃったの!」
 ディデリスの腕にすがりつきながら言い訳をするアルテミシアは必死だ。
「…木登り?」
 ディデリスの(まゆ)がわずかに上がる。
「そうなの!グイドが助けてくれたの」
 大事(おおごと)にはしたくない。
 アルテミシアの子猫のような瞳がそう言っていた。
 サラマリス家の子息に対して非礼を働いたと知れば、竜族の大人たちは黙っていないだろう。
 それでなくてもサラマリスの子どもは事情もあり、周囲とは距離を置いて育てられる。尊敬を受けつつ、敬遠もされる。
 自分のせいで誰かが叱られるような事態になれば、一族の集まりですら、アルテミシアに声を掛ける仲間はいなくなってしまうかもしれない。
 ディデリスは軽いため息をつき、晴れ着の破れ目を押さえながらそっとアルテミシアを抱き上げた。
「そうか。それなら、どこか怪我をしていてもいけないな。向こうで確認しよう。…グイド」
 そんな名前だったのか。
 瞬きも忘れたように見上げているドルカ家の少年に、ディデリスは優しげな笑顔を作り、微笑みかけた。 
 グイドの(ほほ)が再び朱に染まった。
「うちのリズィエを助けてくれてありがとう。士官生なのか。覚えておこう」
 自分の首に腕を回して抱きつきながら、感謝の瞳で微笑むアルテミシアの額にひとつ口付けを落とし、ディデリスはドルカ家の少年、グイドに背を向けた。
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