王子の支柱‐2‐

文字数 1,273文字

 ふたりが消えた扉を見ながら、ラシオンの首が深く傾く。
「なあ、ジーグ。殿下は、俺に冷たくないですかね」
「お前が妙な冗談ばかり言うからだ。レヴィアは慣れていない。配慮してやってくれ」
「十五のお年ごろなのにぃ?」
「ずっと独りだった。そんな会話ができるような人間は、周りにいなかったからな」
「ああ、うん。……そっか」
 聞かされたレヴィアの来し方を思い出せば、ラシオンとて、それ以上ふざけることはできなくて。
「子供がひとり背負うには、きつすぎるよな……」
「……」
 ラシオンの独り言と、リズワンのため息が重なる。
「一緒に守ってやってくれるか。お前たちならば間違いない。レヴィアと、それから……」
 ジーグは真摯(しんし)な懇願の瞳を三人に向けた。
「アルテミシアを」
「もちろんです」
「覚悟がなければ来ないさ」
 スライが深く頭を下げ、リズワンが凛々しく微笑んだ。
 そして、しばらくの沈黙のあと。
「……俺は国を捨てた身だ。二度と誰かに仕える気なんてなかったけど、仕えるんじゃなくて守る、か。うん、悪くねぇ。この仕事、受けるぜ」
 真顔になったラシオンから差し出された手を、ジーグは力強く握り返した。


 レヴィアとアルテミシアが温室の扉を開けた瞬間、クルゥクルゥとふたりを呼ぶように鳴く声が、暗闇の中に響く。
 
 足元に角灯(かくとう)を置いたレヴィアがのぞくと、敷き藁の巣の中にいる竜仔は、すでにレヴィアの膝よりも大きくなっていた。
「わぁ。羽も、だいぶ抜け替わってきたね!」
 指を差し出すと、レヴィアの竜仔が(くちばし)をしきりに(こす)りつけて甘える。
「ふふ、可愛いな」
「普通の(えさ)でここまで大きくなったか。この仔たちも、血餌(けつじ)は必要なさそうだな。それにしても……」
 アルテミシアはレヴィアの竜仔の頬をなでながら、その体を見回した。
「レヴィの仔は青いな。……初めて見る。私の仔は」
 アルテミシアは角灯(かくとう)を手に取って、二頭の竜仔を見比べた。
「ふむ。野生種なのに、瞳が緑がかっているディアムズが一羽いたとジーグが言っていたが……」
 すでに初羽毛の下から正羽(せいう)が生え、アルテミシアの仔の羽はほとんど黒だが、一部、鮮やかな紅い羽が混ざっている。
 対してレヴィアの仔の羽は、全体的に青みがかっていた。
 そして、瞳はそれぞれ鮮緑(せんりょく)と黒。
 二羽の(くちばし)を指先でつついて、アルテミシアは目を細める。
「野生種からサラマリス竜を育てた例は知らないが、興味深いことばかりだ。……さて、そろそろ名前を決めよう。レヴィの仔はどうする?」
「うん。この仔は青いから、水の神様の名前にする。スィーニって、どうかな」
 角灯(かくとう)の小さな光の中で、レヴィアが物問い顔をしながらアルテミシアを振り返った。
「スィーニ。良い名前だ。水の神か。……レヴィ、火の神の名前は何ていうんだ?」
「火の神様はね、ロシュ」
「ロシュ。そうか……、ロシュ」
「クルルゥ」
 アルテミシアが紅の羽を持つ竜仔に呼びかけると、応える甘え鳴きが返される。
「ふふっ、気に入ったか?レヴィ、この仔はロシュにする」
「いい名前、だね」
 揺れるほのかな灯りに照らされるふたりは、それは楽しそうに笑い合った。
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