無自覚の罪

エピソード文字数 3,039文字

 アルテミシアに声も掛けらずに取り残されたレヴィアは、思わずきつい目でアスタをにらんだ。
「八つ当たりは困ります。野営訓練のことなど、存じ上げませんでしたし」
 淡墨(あわずみ)色の瞳は素っ気ない。
 憤懣(ふんまん)やるかたない漆黒の瞳を向けられたラシオンは、にやっと笑い返す。
「いやー、ヴァイノも粋な提案するなぁ。でもレヴィア、お嬢のあの様子じゃ、“お食事にお誘いした”相手一人一人と逢瀬だってしかねないぜ?しかも

恰好で。集団見合いみたいなほうが、いいんじゃねぇの」
「み、見合いっ?!」
 レヴィアの声が裏返った。
「メイリ、一緒に行くんでしょう?」
 曖昧な顔をしているメイリに、レヴィアはおろおろとした態度で尋ねる。
「ええ、まぁ…」
「止めてよっ!」
「無理じゃないですか?大体、何て言ってお止めすればいいんですか。レヴィア様がやきもち焼いて大変だから、やめてあげて下さいって、言っちゃっていいんですか?」
「~っ!」
 真っ赤な顔をしながら、レヴィアは口を閉ざす。
「さっき、あんなにいちゃいちゃしてたじゃないですか。さっきだけじゃないですよぅ」
 まったく自覚はないようだが、二人でいるときの竜騎士たちは最近、それは特別な空気を(かも)し出している。
 
 アルテミシアの命を取り戻して以来、その心の限りを尽くして接することが当たり前になってしまったのだろう。隠そうとはしているらしいのだが、レヴィアの努力は、まったく実を結んでいなかった。
 一方のアルテミシアも、レヴィアに対しては、ほかの者とは明らかに違う態度を見せている。
「あれで恋人同士じゃねぇってんなら、何なわけ?」
 いまだにアルテミシアへの思いを伝えることをためらっているレヴィアと、レヴィアへ見せている態度と言葉に落差があるアルテミシアを見て、ヴァイノは首を(ひね)る。
「デンカとふくちょって、実はすげぇバカなんじゃねぇの」
 その口ぶりからすると、ヴァイノは(なか)ば本気で心配しているようだった。
 アスタとメイリもアルテミシアのことは大好きで、レヴィアには大変な恩を感じている。馬鹿だとは思っていない。
 しかし、そのあまりの無自覚・無頓着ぶりには、辟易(へきえき)とすることもしばしばだ。
 いちゃいちゃするなら二人だけのところでやってくれと言いたいが、とにかく肝心の二人にその認識が欠けている。それとなく伝えても、きょとんとしているばかりなのだ。
 本当に。まったくもって、もう。
 レヴィアは王族ではあるが、このごろ愚連隊の中では、弟分として扱われ始めていた。

「いつだって、すっごく

じゃないですか。口付けだってし放題でしょう。行かないでくれって、何で言えないんですかねぇ」
「あれは竜族の挨拶だよっ!」
「ほかの方には許していらっしゃらないようですが」
 アスタが冷静に指摘する。
「帝国の従兄(いとこ)はしていたよっ」
「アルテミシア様にとって、あの方はただのご家族のようなものでしょう。レヴィア様はご家族ですか?ご家族でいいんですか?」
「嫌だ、けど」
 とうとうレヴィアは、頭が下がるほどうつむいてしまう。
 にやにや笑いを浮かべたラシオンが助け舟を出した。
「そのくらいにしてやれよ、アスタ」
「かしこまりました」
 アスタは素直にうなずく。
「ですがレヴィア様」
 情けなさそうな漆黒の瞳が上がった。
「よほどしっかりされないと、誰かに取られてしまいますよ?アルテミシア様のお育ちの経緯は、リズワンから簡単に伺っております」
 今にも射掛けそうな雰囲気を納め、アスタは身につまされた表情を浮かべている。
「アルテミシア様は、竜騎士として死ぬことが、名誉とされる家系のご出身だと。…望まれず産まれてくることも、望まれて死んでいくことも、どちらも哀しい…。でも」
 淡墨(あわずみ)色の瞳は痛みを(こら)えているようだ。
「でも、アルテミシア様はもうトーラの方です。帝国竜家の竜騎士ではない。ちゃんと本当のお気持ちを、願いを、ご自覚してもらいたい。幸せに

いただきたいんです」 
「うん」
 レヴィアは力強くうなずき返した。
「アルテミシア様の一番近くにいらっしゃるのがレヴィア様です。しっかり、つかまえておいて下さい」
「そうですよぅ」
 メイリも何度も首を縦に振った。
「アルテミシア様は、色恋沙汰には無茶苦茶(むちゃくちゃ)トンチンカンですからねぇ。誰かが国のためだとか言い出したら、簡単に結婚しちゃいますよ、きっと。“婚姻なんて、ただの政治的契約だ”っておっしゃってましたし」
「そーだなぁ…。ん?…そうか!」
 しみじみとしたまなざしで少女二人とレヴィアを見守っていたラシオンが、途端(とたん)に人の悪そうな顔つきになる。
「ってことは、”トーラとスバクルの和平のためだ“とか言ったら、お嬢は俺からの求婚でも受け入れそうだな」
「ああ、やりそうですねぇ」
 あっさり同意すると、メイリは驚き慌てているレヴィアに、わざと(かしこ)まったトーラの礼を取った。
「気が遠くなるような道のりですねぇ。お気の毒さまです」
 メイリのたてがみ頭がぺこり、と下げられた。

 翌日、野外訓練に出かけるアルテミシアを見送りに出たレヴィアは、帰ってきたら必ず診察を受けに来るようにと、アルテミシアに言い渡した。
「本当は僕も行きたいけど、今日はどうしても、ユドゥズ公と出かけなきゃいけない用事があるから。軍服でも大丈夫だったって、証明しに戻ってね」
 不安そうな漆黒の瞳を見上げ、アルテミシアが微笑んだ。
「私もレヴィと一緒に行けなくて残念だ。こんな時期だから、仕方がないけれど」
 レヴィアも柔らかく微笑み返し、アルテミシアの(ほほ)を指でそっとなでた。
「気をつけてね。明日の夕方までには戻っているから、必ず来てね」
「わかった」
 額を差し出し、レヴィアの口付けを受けながらアルテミシアはうなずく。
「軍服の許可もいただけましたし、あの仔たちも待っています。レヴィア殿下のお体が空きましたら、遠乗りにも参りましょう」
「そうだね」
 アルテミシアから口付けを返され、くすぐったそうにレヴィアが笑った。
「アルバスが怒ってたよ。“飛ばせないと、翼がロシュみたいに短くなっちゃう”って」
「ああ、それで」
 アルテミシアが、やれやれとした笑顔になる。
「“アルバスは嫌いだ”って、ロシュが(うな)っていたんだな。珍しく本気で怒っているから、今は竜房を離しているんだ」
「そう、なの?」
 レヴィアの瞳が丸くなる。
 そういえば終戦締結準備に忙殺されて、しばらく二頭の様子を見にいっていない。
「どうしたんだろうと思ってはいたが、それはアルバスが悪い」
 アルテミシアは竜舎の方向へ目を遣った。
「戻ったらロシュのご機嫌を取ろう。レヴィ、アルバスを少し叱ってくれ。その後で、ロシュと遠乗りに行かないか?」
 アルテミシアの軍服姿を見ると、やはりまだ思い出してしまう。大切な人の命の(ともしび)が、この腕の中で尽きようとしていた、あの恐怖を。焦燥を。
 だが遠乗りの約束は、心から嬉しい。
 「約束できる」ことが幸せだ。 
「うん!楽しみにしているから」
 レヴィアは明るい顔でうなずき、笑顔でアルテミシアを送り出した。

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