ドルカの背信 -本性-
文字数 2,866文字
第二隊長をほめちぎって、そのアルティとやらと何があったんだと、勝手な憶測を言い合って。
まんまとスチェパは、グイドを二軒目の酒場に連れ出した。
「アルティはさー困るんだよね。強いしさー。紅色 の髪をしててさー」
グイドの呂律 はかなり怪しい。
「紅色 ?へぇ、赤竜と同じ色だ」
「そー、でもねぇ、ディデ兄 の髪のほうがキレイだよ。朱色なんだ。朝日と夕日の色。噴き出す竜の炎の色。すごくない?」
ふにゃふにゃとした笑顔を浮かべ、グイドは酒盃を置いた卓に突っ伏した。
「すごいなー」
(男の見てくれなんざ、どうでもいいんだよ)
「アルティは竜術の体現者だからさー、縁談がいっぱいでさー。とうとう竜族以外からもきてさー。困ってたから、俺がもらってやろうと思ったんだけどなぁ。なんでか断られてさー」
「ひでぇなぁ、こんないい男を」
スチェパはグイドの肩を気安く叩き、内心せせら笑う。
(なんだ。女に振られてやさぐれているのか)
「困ってるなら、俺を使えばいいのに。変な家より、そのほうがディデ兄だって安心だろうし。……ふっきれるだろうし。第三隊長になったばかりで考えられないって言うけどさー。隊長だって婚姻はできるんだから、それだけが理由じゃないよね。……俺のことわかってくれてるんだから、互いに利用し合えばいいのに……」
「げほっげほっ。ぐぅ、ゲホゲホゲホ」
飲みかけの酒をのどに詰まらせたスチェパは、グイドの言葉を最後まで聞けずに咳き込んだ。
(第三隊長!赤竜軍の!)
さっきから、どんな小娘の話をしているのかと思っていたが。
そんな相手に縁談を持ち込めるとは、腐っても竜族といったところか。
「アルティってば、陛下からのお申し出も断ったらしいんだよね。まあ、陛下なんかと結婚したくないよねー」
(陛下だと?!)
スチェパはまじまじとグイドの後ろ頭を見下ろした。
(いやオマエ、身の程を知れよっ。恋敵が強大すぎるだろうが)
◇
「陛下?!ちょ、あの方もまたとんでもないことを。自分の年を考えろって」
「そんな話、全然……」
驚きに固まるカイの横で、しれっとした顔をしているジーグをアルテミシアは見上げる。
「ジーグ、知っていたわね」
「はい」
「なぜお前が知っているの」
「バシリウス様が、リズィエの耳に入りそうになったら、その耳を塞 げと」
「どうして」
「リズィエは表裏がありませんから。有り体に申し上げれば、馬鹿正直ですから」
「馬鹿って言った?」
「馬鹿ではありません。馬鹿正直です」
「馬鹿って言っているじゃない!」
「言っておりません。とにかく、知った時点で陛下に突撃する危険が、」
「もおっ」
「ディデリス、お前も知っていたんだな?」
咎 める口調の副隊長に、ディデリスは肩をすくめてみせた。
「俺と叔父上との会合中の合間に、陛下がおっしゃった話だ。”縁談を断るのに、アルテミシアが苦労しているらしいな。私が伴侶にして、黙らせてやろうか”と。叔父上は即座に断っていたが」
「え、即座?」
「ご冗談に決まっているからな。第一、サラマリスがこれ以上国権に近づくことがあってはならない。政 と軍務は、必ず別に」
「そういや、サラマリスの家訓だっけ。”竜扱う者、国扱うべからず”」
「でも……。なぜグイドは知っていたの?」
「そこだけはわからない。聞いてみたいが、もはや術 がない」
意地っ張りで気位の高い従兄 が、滅多に口に出すことのない「わからない」。
それが虚しくて、アルテミシアから深いため息がもれる。
「そうね。術 はもう……、ないわね」
最期は自分をかばって死んでいったグイドを思い出しながら、アルテミシアはそっとまぶたを閉じた。
◇
ハシゴのハシゴ、のハシゴ。
もう何軒目になるのか。
穴倉 のような小さな酒場で、酔っ払いふたりはダラダラと盃を傾け合う。
今までの支払いは、すべてグイド持ちだ。
「伯父貴がさー、もう一度婚姻を申し込むとか言ってるんだけどさー。竜術の体現者にさー」
「その”竜術の体現者”って、つまりなんだ?」
「ほんっとに、なんっにも知らないね」
よれよれの顏で、グイドはだらしなく笑った。
「優秀な竜を育てる能力だよ。竜化してからも、育て方で個性は出るからね。サラマリス家は竜化方を握るだけじゃなくて、育てるのもぴか一だからさ。無理なんだろうね、サラマリスとドルカとの縁組は。俺じゃ駄目なんだよ。……カザビア送りにしたのは、俺が目障りだったんだ。副隊長になんて嘘だよ。カイさんに嫌がらせしたいだけだよ、ディデ兄 は。カザビアで死んでもいいって思ってたのかな、俺のこと。俺はただ、ディデ兄が可哀想だから……」
ぐったりと椅子 の背にもたれたグイドの耳元に、スチェパは口を寄せて黒く笑う。
(これは使えそうだな。この”アラ”なら、ご満足いただけるだろうよ)
「なぁ。竜って、誰でも作れるって言ったら、どうする?」
酒精に溺れているとび色の瞳が、ぎょろりとスチェパに向けられた。
「なんだよ、それ。お前ニェベスだろ。何を言って」
「俺さあ、ちょっとワケアリなんだよ。なあ、どうする?いくらで買う?」
体を起こしたグイドは、ぽかんと口を開けている。
「買う?」
「まさか、ただで教えてくださいとか言わねぇよなぁ。あんた赤竜族だろ。いくらでも金は回せるだろ」
「いや、でも、」
「強い竜を作ったら、もっとあんたを認めてくれるんじゃねーの?ディデニイは」
ニェベスの囁 きを聞いたグイドが、目を見開いて動かなくなった。
「アルティも手に入るかもよぉ?サラマリスじゃなくったって、竜は作れるんだから。カザビアにも二度と行かずに済む」
「い、いくら、くらいで……」
スチェパから耳打ちされたグイドが一瞬で青ざめる。
「俺は、そんな大金は、動かせない」
「んじゃ動かせる人、しょーかいしてよ。
一瞬で酒が抜けたようなグイドを見ながら、スチェパは口を歪ませ笑った。
◇
無言の時が流れ、天幕内の空気は重くなるばかりだ。
しばらくして、カイが沈黙を破った。
「それで、スチェパとドルカがつながったのか。黒の卵の紛失も、あいつの仕業だな」
「簡単だったと言っていた。もともと奴はつまらない犯罪者で餌要員、その後の厳罰を知る竜族でもない。鶏 の卵を盗む程度だと思ったのだろう」
「そして、クラディウス・ドルカがそれを手に入れた。でも、算出式を知らないドルカは、与える血の量まではわからなかったのね」
独り言のように、アルテミシアが悲しげにつぶやく。
「帝国建国祭のどさくさに紛れて、双子に眠り草入りの菓子を食べさせ、血を採取したらしい。だが、その量では竜化に至らず……」
ディデリスから思わずといったため息がこぼれた。
幼い双子の最期を思えば、異形の竜の哀れな姿を思えば。
なんの言葉も出てこなくなる。
「それで赤の惨劇を……。クラディウスは、最初からあの子たちを殺すつもりだったの?」
「いや。当初は、もう一度血を採るだけのつもりだったらしい」
ディデリスの瞳には、アルテミシアも見たことがないほどの痛ましさが満ちていた。
まんまとスチェパは、グイドを二軒目の酒場に連れ出した。
「アルティはさー困るんだよね。強いしさー。
グイドの
「
「そー、でもねぇ、ディデ
ふにゃふにゃとした笑顔を浮かべ、グイドは酒盃を置いた卓に突っ伏した。
「すごいなー」
(男の見てくれなんざ、どうでもいいんだよ)
「アルティは竜術の体現者だからさー、縁談がいっぱいでさー。とうとう竜族以外からもきてさー。困ってたから、俺がもらってやろうと思ったんだけどなぁ。なんでか断られてさー」
「ひでぇなぁ、こんないい男を」
スチェパはグイドの肩を気安く叩き、内心せせら笑う。
(なんだ。女に振られてやさぐれているのか)
「困ってるなら、俺を使えばいいのに。変な家より、そのほうがディデ兄だって安心だろうし。……ふっきれるだろうし。第三隊長になったばかりで考えられないって言うけどさー。隊長だって婚姻はできるんだから、それだけが理由じゃないよね。……俺のことわかってくれてるんだから、互いに利用し合えばいいのに……」
「げほっげほっ。ぐぅ、ゲホゲホゲホ」
飲みかけの酒をのどに詰まらせたスチェパは、グイドの言葉を最後まで聞けずに咳き込んだ。
(第三隊長!赤竜軍の!)
さっきから、どんな小娘の話をしているのかと思っていたが。
そんな相手に縁談を持ち込めるとは、腐っても竜族といったところか。
「アルティってば、陛下からのお申し出も断ったらしいんだよね。まあ、陛下なんかと結婚したくないよねー」
(陛下だと?!)
スチェパはまじまじとグイドの後ろ頭を見下ろした。
(いやオマエ、身の程を知れよっ。恋敵が強大すぎるだろうが)
◇
「陛下?!ちょ、あの方もまたとんでもないことを。自分の年を考えろって」
「そんな話、全然……」
驚きに固まるカイの横で、しれっとした顔をしているジーグをアルテミシアは見上げる。
「ジーグ、知っていたわね」
「はい」
「なぜお前が知っているの」
「バシリウス様が、リズィエの耳に入りそうになったら、その耳を
「どうして」
「リズィエは表裏がありませんから。有り体に申し上げれば、馬鹿正直ですから」
「馬鹿って言った?」
「馬鹿ではありません。馬鹿正直です」
「馬鹿って言っているじゃない!」
「言っておりません。とにかく、知った時点で陛下に突撃する危険が、」
「もおっ」
「ディデリス、お前も知っていたんだな?」
「俺と叔父上との会合中の合間に、陛下がおっしゃった話だ。”縁談を断るのに、アルテミシアが苦労しているらしいな。私が伴侶にして、黙らせてやろうか”と。叔父上は即座に断っていたが」
「え、即座?」
「ご冗談に決まっているからな。第一、サラマリスがこれ以上国権に近づくことがあってはならない。
「そういや、サラマリスの家訓だっけ。”竜扱う者、国扱うべからず”」
「でも……。なぜグイドは知っていたの?」
「そこだけはわからない。聞いてみたいが、もはや
意地っ張りで気位の高い
それが虚しくて、アルテミシアから深いため息がもれる。
「そうね。
最期は自分をかばって死んでいったグイドを思い出しながら、アルテミシアはそっとまぶたを閉じた。
◇
ハシゴのハシゴ、のハシゴ。
もう何軒目になるのか。
今までの支払いは、すべてグイド持ちだ。
「伯父貴がさー、もう一度婚姻を申し込むとか言ってるんだけどさー。竜術の体現者にさー」
「その”竜術の体現者”って、つまりなんだ?」
「ほんっとに、なんっにも知らないね」
よれよれの顏で、グイドはだらしなく笑った。
「優秀な竜を育てる能力だよ。竜化してからも、育て方で個性は出るからね。サラマリス家は竜化方を握るだけじゃなくて、育てるのもぴか一だからさ。無理なんだろうね、サラマリスとドルカとの縁組は。俺じゃ駄目なんだよ。……カザビア送りにしたのは、俺が目障りだったんだ。副隊長になんて嘘だよ。カイさんに嫌がらせしたいだけだよ、ディデ
ぐったりと
(これは使えそうだな。この”アラ”なら、ご満足いただけるだろうよ)
「なぁ。竜って、誰でも作れるって言ったら、どうする?」
酒精に溺れているとび色の瞳が、ぎょろりとスチェパに向けられた。
「なんだよ、それ。お前ニェベスだろ。何を言って」
「俺さあ、ちょっとワケアリなんだよ。なあ、どうする?いくらで買う?」
体を起こしたグイドは、ぽかんと口を開けている。
「買う?」
「まさか、ただで教えてくださいとか言わねぇよなぁ。あんた赤竜族だろ。いくらでも金は回せるだろ」
「いや、でも、」
「強い竜を作ったら、もっとあんたを認めてくれるんじゃねーの?ディデニイは」
ニェベスの
「アルティも手に入るかもよぉ?サラマリスじゃなくったって、竜は作れるんだから。カザビアにも二度と行かずに済む」
「い、いくら、くらいで……」
スチェパから耳打ちされたグイドが一瞬で青ざめる。
「俺は、そんな大金は、動かせない」
「んじゃ動かせる人、しょーかいしてよ。
竜の作り方
にきょーみのある人限定で」一瞬で酒が抜けたようなグイドを見ながら、スチェパは口を歪ませ笑った。
◇
無言の時が流れ、天幕内の空気は重くなるばかりだ。
しばらくして、カイが沈黙を破った。
「それで、スチェパとドルカがつながったのか。黒の卵の紛失も、あいつの仕業だな」
「簡単だったと言っていた。もともと奴はつまらない犯罪者で餌要員、その後の厳罰を知る竜族でもない。
「そして、クラディウス・ドルカがそれを手に入れた。でも、算出式を知らないドルカは、与える血の量まではわからなかったのね」
独り言のように、アルテミシアが悲しげにつぶやく。
「帝国建国祭のどさくさに紛れて、双子に眠り草入りの菓子を食べさせ、血を採取したらしい。だが、その量では竜化に至らず……」
ディデリスから思わずといったため息がこぼれた。
幼い双子の最期を思えば、異形の竜の哀れな姿を思えば。
なんの言葉も出てこなくなる。
「それで赤の惨劇を……。クラディウスは、最初からあの子たちを殺すつもりだったの?」
「いや。当初は、もう一度血を採るだけのつもりだったらしい」
ディデリスの瞳には、アルテミシアも見たことがないほどの痛ましさが満ちていた。