ドルカの背信 -本性-

エピソード文字数 2,812文字

 第二隊長を()めちぎって、そのアルティとやらと何があったんだと勝手な憶測を言い合って、まんまとスチェパはグイドを二件目の酒場に連れ出した。
「アルティはさー困るんだよね。強いしさー。紅色(べにいろ)の髪をしててさー」
 グイドの呂律(ろれつ)はかなり怪しい。
紅色(べにいろ)?へぇ、赤竜と同じ色だ」
「そー、でもねぇ、ディデ兄の髪のほうがキレイだよ。朱色なんだ。朝日と夕日の色。噴き出す竜の炎の色。すごくない?」
 (とろ)けるような笑顔を浮かべ、グイドは酒盃を置いた卓に突っ伏した。
「すごいなー」
 スチェパはいい加減な相槌(あいづち)を打つ。男の容姿なんかどうでもいい。
「でもアルティはさー、竜術の体現者だからさー、縁談がいっぱいでさー。とうとう竜族以外からもきてさー。困ってたから、俺がもらってやろうと思ったんだけどなぁ。なんでか断られてさー」
「ひでぇなぁ、こんないい男をな」
 スチェパはグイドの肩をぽんぽんと叩く。 
 なんだ。女に振られてやさぐれているのか。
「困ってるなら、俺を使えばいいのに。変な家より、そのほうがディデ兄だって安心だろうし。…ふっきれるだろうし。ドルカは末家だから嫌なのかな。第三隊長になったばかりで考えられないって言うけどさー。隊長だって婚姻はできるんだから、それが理由じゃないよね」
「げほっげほっ」
 飲みかけの酒を(のど)に詰まらせ、スチェパは咳き込んだ。
 第三隊長!
 さっきから、どんな小娘の話をしているのかと思っていたが。相当な人物じゃないか。
「陛下からのお申し出も断ったらしいんだよね。まあ、陛下なんかと結婚したくないよねー」
 陛下だと?!
 スチェパはまじまじと、グイドの後ろ頭を見下ろす。
 皇帝から婚姻の申し出をされるほどの女に、この酔っぱらいは結婚を申し込んだのか。

 カイ・ブルムの顔は驚きで(ゆが)んでいた。
「陛下っ?!ちょ、あの方もまたとんでもないことを。自分の年考えろって」
「そんな話、全然…」
 アルテミシアはちらり、とジーグを見上げた。しれっとしたこの顔は。
「ジーグ、知っていたわね」
「はい」
 やはりしれっとジーグはうなずく。
「なぜお前が知っているの」
「バシリウス様が、リズィエの耳に入りそうになったら、その耳を(ふさ)げと」
「どうして」
「リズィエは正直すぎます」
 琥珀(こはく)の瞳が、不機嫌そうな(あるじ)を見下ろした。
「知ってしまったら、陛下に何を申し上げるか危険すぎて、」
「もおっ!」
「お前も知っていたんだな?」
 カイから問われ、ディデリスの瞳が上がった。
「俺と叔父上との会合中に、陛下がおっしゃった話だ。“アルテミシアが求婚を断るのに、苦労しているらしいな。私が終止符を打たせてやろう”と。叔父上は即座に断っていたが」
「え、即座?名誉な話なのに?」
 カイは目を丸くする。
 だがディデリスは、興味もなさそうに首を横に振った。
「大方ご冗談だ。第一、サラマリスがこれ以上国権に近づくことがあってはならない。(まつりごと)と軍務は、必ず別に」
「そういや、サラマリスの家訓だっけ。”竜扱う者国扱うべからず”」
「でも…」
 アルテミシアは困惑の表情でディデリスを見上げる。
「なぜグイドは知っていたの?」
「そこだけはわからない。聞いてみたいが、もはや(すべ)がない」
「そうね。…ないわね…」
 最期は自分をかばって死んでいったグイドを思い出しながら、アルテミシアの声は沈んだ。

 ハシゴのハシゴ、のハシゴ。もう何件目になるのか。
 穴倉(あなぐら)のような小さな酒場で、酔っ払い二人はだらだらと盃を傾け合う。
 今までの支払いはすべてグイド持ちだ。
「伯父貴がもう一度婚姻を申し込むとか言ってるんだけどさー。竜術の体現者にさー」
「その竜術の体現者って、何だ?」
「ほんっとに、なんっにも知らないね」
 よれよれの顏で、グイドはだらしなく笑った。
「優秀な竜を育てる能力だよ。黒竜ならマレーバ家だけだろ、竜化方を知っているのは。赤竜はサラマリス家だけだから、無理なんだろうね、ドルカじゃ。…俺じゃ駄目なんだ。カザビア送りにしたのは、俺が邪魔だったんだ。副隊長になんて嘘だよ。カザビアで死んでもいいって思ってたのかな、俺のこと。俺はただ、ディデ(にい)が可哀想だから…」
 グイドは椅子(いす)にぐったりともたれて目を閉じた。
 その耳元に口を寄せ、スチェパは黒く笑う。これは使えそうだ。
「なぁ。竜って、誰でも作れるって言ったら、どうする?」
 酒精に溺れているとび色の瞳が、ぎょろりとスチェパを見た。
「何それ。お前ニェベスだろ。何言って…」
「俺さあ、ちょっとワケアリなんだよ。なあ、どうする?いくらで買う?」
 グイドは体を起こし、まじまじとニェベスを見つめる。
「買う?」
「まさか、ただで教えてくださいとか言わねぇよなぁ。あんた赤竜族だろ。いくらでも金は回せるだろ」
「…いや、でも、」
「強い竜を作ったら、もっとあんたを認めてくれるんじゃねーの?ディデニイは」
 ニェベスの(ささや)きを聞いてグイドが固まった。 
「アルティも手に入るかもよぉ?サラマリスじゃなくったって竜は作れるんだから。カザビアにだって、二度と行かずに済む」
「でも、俺は、金は動かせない」
 組んだ両手に力を込めて、グイドは体の震えを抑えようとしている。
「んじゃ動かせる人、しょーかいしてよ。

にきょーみのある人限定で」 
 一瞬で酒が抜けたようなグイドを見ながら、スチェパはせせら笑った。

 無言の時が流れる。天幕内の空気は重い。
 カイが沈黙を破った。
「それでニェベスとドルカがつながったのか。黒の卵紛失も、ニェベスの仕業だな」
「簡単だったと言っていた。もともと奴はただの盗人(ぬすっと)だ。その後の厳罰を知る竜族でもない。(にわとり)の卵を盗む程度だと思ったのだろう」
「そしてクラディウス・ドルカがそれを手に入れた。でも算出式を知らないニェベスとドルカでは、与える血の量まではわからなかったのね」
 アルテミシアから悲しげなため息が漏れた。
「イハウ国境制圧後、大規模な祝祭があったそうだな。そのときのどさくさに紛れて、双子に眠り草入りの菓子を食べさせ、血を採取したらしい。だがその量では竜化に至らず…」
 ディデリスからもため息が漏れだす。
 幼い双子の最期を思えば。異形の竜の哀れな姿を思えば、何の言葉も出なくなる。
「それで赤の惨劇を…。クラディウスは、最初からあの子たちを殺すつもりだったの?」
「いや。当初は、もう一度血を採るだけのつもりだったらしい」
 ディデリスの瞳には、アルテミシアも見たことがないほどの痛ましさが満ちていた。
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