僕の居場所
文字数 2,366文字
食事の仕度 を終えたあと、いつものように、さっさと小屋を出ていこうとしたレヴィアに、アルテミシアが声をかけた。
「たまには一緒に食事をしないか、レヴィ。屋敷に帰らないとまずいのか?」
「え……」
ぽかんとした顔で、レヴィアがアルテミシアを振り返る。
「帰ったり、しない。家令に捕まったら大変、だから」
「じゃあ、レヴィはどこで」
「寝起きをしてるんだ?」
声をそろえたアルテミシアとジーグを交互に見て、レヴィアはこてんと首を傾けた。
「森、とか。屋敷は、顔を見せる、くらい。行方不明だと、探される」
「なんだと?!私たちに居場所を与え、食事は用意して。お前は独りきり、外で過ごしていたというのか」
唖然と息を飲んだジーグが、怖いくらいの迫力でレヴィアに向き直る。
「レヴィア、お前も今日からここにいろ」
「で、でも……」
「一緒にいるのは迷惑か?」
レヴィアはちらりとアルテミシアを見て、フルフルと首を横に振った。
「違う。迷惑とか、じゃなくて、あの、僕、食べ方とか、汚い、から」
「そんなことを誰が?」
「家令とか、作法の先生、とか。食事ひとつまともにできない。家畜のほうがまだましって」
うつむいてしまったレヴィアを前に、アルテミシアとジーグが意味ありげな目を交わし合う。
「間違っているのなら、正しく学べばいいだけだ。リズィエの治療のためにも、ここにいて欲しい」
「レヴィ、一緒に食事をしよう」
ふたりの優しい説得に、涙がにじみそうになったレヴィアは顔が上げられない。
「な、いいだろう?」
言葉遣いは男性のようなのに。
アルテミシアの声は、やっぱり春告げ鳥のようだった。
◇
そうして三人で過ごすようになったのだが。
どうもレヴィアは、じっとしていることが苦手らしい。
目覚めればすぐに畑に出てしまうし、夜目がきくからと遅くまで帰ってこない。
「作法を教えるどころではないな」
レヴィアが小屋から出ていったあとで、アルテミシアはため息をついた。
「他人と過ごすことに、まだ慣れないのでしょう」
ジーグが首を巡らせると、開けた木窓の向こうで、畑を横切っていくレヴィアが目に入る。
「こんなに尽くしてくれるのに。あの子は私たちには何も望んでくれないな」
「もう少し、時間をかけましょう」
従者の提案に、アルテミシアはただうなずき返した。
その日の夜。
ものの数分で食事を終わらせたレヴィアに、ジーグが声をかけた。
「気になることでもあるのか?戻ってきてから、扉ばかり見ているようだが」
小さな肩をびくりと震わせ、困ったような顔でレイヴァは振り返る。
「そ、うだった?」
「不愉快になることをしてしまったか?私は面倒な患者だろうか」
「違うよ!」
悲しそうに眉を下げるアルテミシアに、レヴィアは慌てて首を横に振った。
「そんなこと、ない。でも、あのね」
レヴィアの視線はまた扉のほうへと向いてしまう。
「同じ場所に、長くいたこと、ない、から。……僕、ここに、いていいのかな」
つぶやきのようなその返事は、ジーグの眉を曇らせた。
屋敷にも帰らず、森などで過ごしていると言っていたレヴィア。
酷 く腫らしていた頬と、防御反応。「家畜」呼ばわり。
何らかの事情で、レヴィアは屋敷の者に捕まらぬよう、居場所を転々としていたのだろう。
仲が良かった園庭が建てたこの小屋にすら、長居はしなかったに違いない。
「こほん」
物思いにふけっていたジーグに、アルテミシアが咳ばらいをしてみせた。
「痛っ!」
ジーグと目が合ったとたん、アルテミシアはガバっと作業机に突っ伏し、声を上げる。
「いたたたた……」
「どうなさいました、リズィエ!」
大げさに驚きながら、ジーグはアルテミシアの肩に手を添えた。
「背中の、傷が」
「痛いの?どんなふうに?あの、傷、診せてもらっても、いい?」
慌てて駆け寄ってきたレヴィアに支えられながら、アルテミシアは顔をしかめながら上着を脱いだ。
「傷自体は、悪くなってない、と思う。けど」
アルテミシアの背中を、レヴィアは優しくなでおろしていく。
「心と体は、つながってる、から。……きっとミーシャ、心が痛いんだよ」
「っ!」
見開かれた若草色の瞳が、レヴィアを振り仰いだ。
「傷は、大丈夫」
「……レヴィ……」
「お茶、淹 れてくるね」
うつむいてしまったアルテミシアが、どんな顔をしているかは、わからなかったけれど。
「ありがとう」という囁 き声は、ちゃんとレヴィアまで届いた。
春の野原のお茶に、菫 の砂糖漬けを一欠片 。
レヴィアが淹 れたお茶の、少し強い甘みと淡い菫 の香りが、アルテミシアを満たしていった。
「おいしい……。レヴィ、ありがとう」
「あの、僕……。ここに、いてもいい、のかな」
力を入れて両手を結び合わせながら、レヴィアはアルテミシアとジーグを見比べている。
「当たり前だろう」
「当たり前だ」
声をそろえて、アルテミシアとジーグがうなずきあった。
「レヴィアがいなければ、リズィエの傷を私が縫う羽目になる」
「ジーグになんてお断りだ」
「おや、私の裁縫の腕はご存じでしょう。リズィエが破いた晴れ着を、縫ってさしあげたことをお忘れですか」
「でも、結局、乳母姉 に
「言葉遣いにお気をつけを。木登りをして破いたことが
「縫うのは布だけにしてくれ。レヴィじゃなきゃ嫌だ」
「僕じゃなきゃ、嫌?」
「もちろん。レヴィだからお願いするんだ」
パチクリと瞬きを繰り返していたレヴィアの瞳が、ゆっくりと輝いていく。
「僕、だから?」
「そうだよ、レヴィだからだ」
「……うん……」
レヴィアの顔いっぱいに、それは嬉しそうな笑顔が広がっていった。
「たまには一緒に食事をしないか、レヴィ。屋敷に帰らないとまずいのか?」
「え……」
ぽかんとした顔で、レヴィアがアルテミシアを振り返る。
「帰ったり、しない。家令に捕まったら大変、だから」
「じゃあ、レヴィはどこで」
「寝起きをしてるんだ?」
声をそろえたアルテミシアとジーグを交互に見て、レヴィアはこてんと首を傾けた。
「森、とか。屋敷は、顔を見せる、くらい。行方不明だと、探される」
「なんだと?!私たちに居場所を与え、食事は用意して。お前は独りきり、外で過ごしていたというのか」
唖然と息を飲んだジーグが、怖いくらいの迫力でレヴィアに向き直る。
「レヴィア、お前も今日からここにいろ」
「で、でも……」
「一緒にいるのは迷惑か?」
レヴィアはちらりとアルテミシアを見て、フルフルと首を横に振った。
「違う。迷惑とか、じゃなくて、あの、僕、食べ方とか、汚い、から」
「そんなことを誰が?」
「家令とか、作法の先生、とか。食事ひとつまともにできない。家畜のほうがまだましって」
うつむいてしまったレヴィアを前に、アルテミシアとジーグが意味ありげな目を交わし合う。
「間違っているのなら、正しく学べばいいだけだ。リズィエの治療のためにも、ここにいて欲しい」
「レヴィ、一緒に食事をしよう」
ふたりの優しい説得に、涙がにじみそうになったレヴィアは顔が上げられない。
「な、いいだろう?」
言葉遣いは男性のようなのに。
アルテミシアの声は、やっぱり春告げ鳥のようだった。
◇
そうして三人で過ごすようになったのだが。
どうもレヴィアは、じっとしていることが苦手らしい。
目覚めればすぐに畑に出てしまうし、夜目がきくからと遅くまで帰ってこない。
「作法を教えるどころではないな」
レヴィアが小屋から出ていったあとで、アルテミシアはため息をついた。
「他人と過ごすことに、まだ慣れないのでしょう」
ジーグが首を巡らせると、開けた木窓の向こうで、畑を横切っていくレヴィアが目に入る。
「こんなに尽くしてくれるのに。あの子は私たちには何も望んでくれないな」
「もう少し、時間をかけましょう」
従者の提案に、アルテミシアはただうなずき返した。
その日の夜。
ものの数分で食事を終わらせたレヴィアに、ジーグが声をかけた。
「気になることでもあるのか?戻ってきてから、扉ばかり見ているようだが」
小さな肩をびくりと震わせ、困ったような顔でレイヴァは振り返る。
「そ、うだった?」
「不愉快になることをしてしまったか?私は面倒な患者だろうか」
「違うよ!」
悲しそうに眉を下げるアルテミシアに、レヴィアは慌てて首を横に振った。
「そんなこと、ない。でも、あのね」
レヴィアの視線はまた扉のほうへと向いてしまう。
「同じ場所に、長くいたこと、ない、から。……僕、ここに、いていいのかな」
つぶやきのようなその返事は、ジーグの眉を曇らせた。
屋敷にも帰らず、森などで過ごしていると言っていたレヴィア。
何らかの事情で、レヴィアは屋敷の者に捕まらぬよう、居場所を転々としていたのだろう。
仲が良かった園庭が建てたこの小屋にすら、長居はしなかったに違いない。
「こほん」
物思いにふけっていたジーグに、アルテミシアが咳ばらいをしてみせた。
「痛っ!」
ジーグと目が合ったとたん、アルテミシアはガバっと作業机に突っ伏し、声を上げる。
「いたたたた……」
「どうなさいました、リズィエ!」
大げさに驚きながら、ジーグはアルテミシアの肩に手を添えた。
「背中の、傷が」
「痛いの?どんなふうに?あの、傷、診せてもらっても、いい?」
慌てて駆け寄ってきたレヴィアに支えられながら、アルテミシアは顔をしかめながら上着を脱いだ。
「傷自体は、悪くなってない、と思う。けど」
アルテミシアの背中を、レヴィアは優しくなでおろしていく。
「心と体は、つながってる、から。……きっとミーシャ、心が痛いんだよ」
「っ!」
見開かれた若草色の瞳が、レヴィアを振り仰いだ。
「傷は、大丈夫」
「……レヴィ……」
「お茶、
うつむいてしまったアルテミシアが、どんな顔をしているかは、わからなかったけれど。
「ありがとう」という
春の野原のお茶に、
レヴィアが
「おいしい……。レヴィ、ありがとう」
「あの、僕……。ここに、いてもいい、のかな」
力を入れて両手を結び合わせながら、レヴィアはアルテミシアとジーグを見比べている。
「当たり前だろう」
「当たり前だ」
声をそろえて、アルテミシアとジーグがうなずきあった。
「レヴィアがいなければ、リズィエの傷を私が縫う羽目になる」
「ジーグになんてお断りだ」
「おや、私の裁縫の腕はご存じでしょう。リズィエが破いた晴れ着を、縫ってさしあげたことをお忘れですか」
「でも、結局、
ばれて
、そのあと大惨事だったじゃないか」「言葉遣いにお気をつけを。木登りをして破いたことが
露見
したのは、問い詰められたときの演技
が下手だったからですよ。上達していないようですし、痛いとはどいう状態か身に染みるように、やはり私が」「縫うのは布だけにしてくれ。レヴィじゃなきゃ嫌だ」
「僕じゃなきゃ、嫌?」
「もちろん。レヴィだからお願いするんだ」
パチクリと瞬きを繰り返していたレヴィアの瞳が、ゆっくりと輝いていく。
「僕、だから?」
「そうだよ、レヴィだからだ」
「……うん……」
レヴィアの顔いっぱいに、それは嬉しそうな笑顔が広がっていった。