残党処理-起死回生-

文字数 3,927文字

 レヴィアが重臣たちを見回し、ゆっくりと口を開く。
「クローヴァ殿下がおっしゃるとおり、隣国と真正面から戦火を交えることは、得策ではないと思います。降伏させたとしても、力による制圧は、反発を招きます」
 褐色の肌をした少年が口にするもっともらしい言葉に、モンターナとツァービンは小馬鹿にした笑みを交わし合った。
「反発など出ぬよう、完膚(かんぷ)なきまで叩きのめし、併合してしまえばよい」
 相変わらずなビゲレイドにレヴィアは向き直る。
「大戦になってしまえば、両国ともに、国力と人命が奪われます。そのような状況で併合したとしても、そこから復興させるために、どれほどの資金が必要か。人心を安定させるために、どれほどの時間が必要か」
 淀みなく答えるレヴィアに、ビゲレイドの眉間がひくりと震えた。
「地理的な背景もあり、トーラは大陸中央と比べ、遅れている面はあります。ですが、その分、先達(せんだつ)に学べます。他国が経験した失敗の、同じ(てつ)は踏まなくていい。武ではなく智で。どちらも奪われ失うことのない未来を、探すべきでしょう」
「……武を用いない?ったく、きれいごとばかり」
 ビゲレイドが視線をそらして、吐き捨てる。
「そんな甘い考えを持っていたら、一方的に奪われるだけだ」
「そうですよ」
「損するだけだな」
 賛同の声を上げるモンターナとツァービンにも臆せず、レヴィアはなお続けた。
「もちろん、反旗を(ひるがえ)した人物がスバクルにいる今、まず、共存する未来を望んでもらわないといけません。なにより、トーラ国を守るためには、ある程度の武力も必要でしょう」
 ビゲレイドはモンターナたちに、「そら見ろ」と言わんばかりの視線を送り、セディギア派の重臣ふたりは「さもありなん」と目配せを返す。
「ですが、武を用いるにしても、用い方があります」

(用い方だと?今さらぽっと出の小僧に言われなくても。何度、我らが話し合ってきたと思う)

 不審と不快を浮かべたビゲレイドが、再度レヴィアを見上げた。
「ひとつ、ご報告としては」

(これ以上、小僧の戯言(ざれごと)を聞くのは時間の無駄だな)

「もう黙って」
「僕の祖父の国、アガラム王国が、同盟の申し出を受けてくれました」
「っ!」
「なんとっ」
 ビゲレイドが息を飲み、議場に驚嘆のどよめきが生まれる。
 
 アガラムがトーラと同盟関係であるのならば、スバクルは南国境も警戒しなければならない。
 その有利さは皆、承知してはいたが、異国排斥の風潮が強いなか、口にする重臣すらいなかったのだ。

「それから、クローヴァ殿下の隊と、僕の隊を出します」
 ビゲレイドは我に返り、呆れ軽んじた顔で笑う。
「ははっ、殿下方の部隊、ね。さすが外の血を引く王子。アガラムの協力はまあ、無いよりはましですが。確か、レヴィア殿下の部隊には、正しい血を引く者がいない外道(げどう)たちが、」
「僕の騎士たちを悪く言うのは許さない、と申し上げたはずです」
 レヴィアの声が低く、素早くビゲレイドをさえぎる。
「確かに、僕の隊には、純粋なトーラ人ではない者がいます。ですが、”正しい血”とは何でしょうか。ディアムド帝国に行けば、トーラ人が”外道(げどう)”です。スバクル、アガラムでも同じ。それに、僕は師匠からこう教わりました」
 レヴィアは可憐な瞳に力を込めて、嘲笑(ちょうしょう)が消えつつあるビゲレイドを見据えた。

――見捨てられた混じり者の子――

 そう見くびっていた重臣たちが、一様に押し黙る。
「どんなに尊い血筋の中にも、(よこしま)魂魄(こんぱく)は生じ得る。逆もまた真なり。”今”を正しく見るために歴史を学べ。慣習や常識が、本当に(かたよ)りないものかを、自ら判断するために」
 レヴィアは鳩尾(みぞおち)にぐっと力を入れた。
「僕は、トーラに”無い者”として育ちました。だからこそ、見えるものもあります」
「そうですか、それはそれは」
 モンターナが嫌味な合いの手を入れる。
「ご高説を長々、ありがとうございました。では、レヴィア殿下。そのご大層な”見えるもの”とは、何でしょうか。素晴らしいご師匠のもとで学んだ殿下にとって、トーラはどのような国で?」
「大陸北の、最果て国です」
「なっ……!」
 モンターナとビゲレイドの顔色が変わった。
「ご自分の国を馬鹿にされるのですか?大した殿下ですねぇ」
 悪意以外感じられないモンターナの言いように、レヴィアは首を傾ける。
「馬鹿には、していません。何か間違っていますか?」
「トーラはどこの国よりも尊い!」
 ビゲレイドが身を乗り出して怒鳴った。
「尊くない、なんて言っていません。最果てに位置することは、悪いことなのですか?」
 歯を食いしばり、その唇をひくつかせているビゲレイドから視線をそらさず、なおもレヴィアは続ける。
「トーラが尊い国であることは確かです。ただ”どこよりも”というのは、何を根拠におっしゃるのですか?」
「我が祖国だからだ!」
 ビゲレイドは椅子を倒す勢いで立ち上がり、首に結び下げている襟巻(えりまき)の、その中央に刺繍(ししゅう)されたトーラ国の紋章を、大きな手で握り締めた。
「それはディアムドもスバクルも同じでしょう?国民にとっては、それぞれが”我が祖国”であり、それぞれが”尊い”。そこに優劣はない。そして、僕の騎士たちは。あなたが”外道(げどう)”と呼ぶ者たちは」
 ビゲレイドとレヴィアのまなざしが、がっつりと結び合う。
「その尊い祖国よりも、このトーラを守ることを選んでくれたのです」
 視線をレヴィアに(とら)われたまま、ビゲレイドは唇を引き結んだ。
「トーラは諸外国に馴染(なじみ)がなく、その姿を十分に知らない。知らないということは、実体のない恐怖と差別を簡単に生むと、師匠が教えてくれました。外道(げどう)と思う相手と手を取り、(いくさ)に臨むことはできないでしょう。だから、今回は皆さんの軍は出なくていい」
「貴族軍を出さないなんて、また素人考えな」
「金がかからなくていいですけどね」
 モンターナとツァービンの野次が飛ぶ。
「陛下。我々を用いず、どう戦おうというのですか」
「指揮を執るのはクローヴァとレヴィアだ。聞く相手が違う」
 けんもほろろなヴァーリの態度に、ビゲレイドの喉が不満げな音を立てた。
 「長きのご

とご

で、ご経験浅い殿下方に任せるとは。陛下も思い切りましたな。クローヴァ殿下、ご説明いただけますか」
 レヴィアを無視して、ビゲレイドはクローヴァに体を向ける。
「僕と弟の兵で迎え撃ちます」
「は?殿下方の(にわか)軍が?!トーラ国を滅ぼすおつもりですか!」
 ビゲレイドの大きく四角い顔が、赤鬼の(ごと)きの形相となった。
 燃える怒りを宿すビゲレイドに、クローヴァは涼やかな視線を送る。
「王子暗殺を(くわだ)て、さらに攻め込んでくる裏切り者を、王子自身が討つだけです。国同士の争いにはしない。ですから、動くのは王子直属軍のみ。ただ、王立軍から、かなりの数が

参加予定ではありますが、陛下の指示ではありません。陛下は王立兵の長期休暇を許可されただけです」
「実質、王立軍が動く、ということではないですか!詭弁(きべん)を!」
 口角泡を飛ばす勢いで怒鳴るビゲレイドに、ヴァーリがやれやれと顏の前で手を振った。
「そうではない。クローヴァ軍の編成時、王立軍の者がこぞって移籍しようとしてな。私の軍が機能しなくなっても困る。せめて休暇にしてくれと頼んだだけだ。再編成は、この騒動が終わってからゆっくりと考える」
 王立軍にはクローヴァの士官学校での同窓や後輩も多い。
 有り得る事態に、ビゲレイドは(うな)りながら口をつぐんだ。
「それにしたって、貴族軍をまったく頼らずに戦をするなんて、やはり無茶ではないですかねぇ」
「弟が指揮するのは騎竜隊です」
 つべこべ難癖をつけるモンターナを一蹴(いっしゅう)したクローヴァに、ビゲレイドが呆れ馬鹿にした顔になる。
「ああ、聞いています。バケモノ、いや失礼、ご立派なケモノでしたか。ですが、たった一頭では、……?」
 レヴィアから気の毒そうな目を向けられて、そんな顔をされる覚えがないビゲレイドが、怪訝(けげん)そうにまゆを寄せた。

(竜をバケモノとかケモノだなんて……。本気で怒っているミーシャとロシュに、会うことがないといいけれど……)

「バケモノなんかじゃ、ありません。それに、竜はもう一頭、僕の竜がいます」
「は?!」
「もう一頭?殿下の竜?」
 重臣たちはもう反発も何もなく、呆けたような顔で固まっている。
「僕の竜騎士によると、トーラ軍三隊分くらいの働きは、竜一頭でしてみせる、そうです。先日の王襲撃のときの竜は、”あんなものは散歩だ”と言っていました」
「散歩?!」
「アッスグレンの精鋭部隊が、手も足も出なかったと聞いたが……」
 議場のざわめきは収まる様子がない。
「今回は楽をしろ。王子の言うとおりだ。蒙昧(もうまい)故に勇無き者は、指を(くわ)えて大人しくしていろ」
「陛下。僕、そこまで言っていません」
 立ち尽くすビゲレイドの顏が引きつったのを見て、ヴァーリの物言いをレヴィアがいさめた。
「内容は同じだろう」
「まあ、そう、かもしれない、ですけれど……」
 言葉を濁すレヴィアに向かって、ビゲレイドは大声で怒鳴った。
「そこまで言うなら見せてみろ!たかが竜二頭で、どこまでのことができるのか!!」
 歴戦をくぐり抜けた戦士の迫力ある恫喝(どうかつ)を前に、レヴィアの目が冷徹に冴えた。
「もちろんです。そして、二度と外道(げどう)やバケモノなどと、言えなくさせてあげます」
 そのヴァーリを彷彿(ほうふつ)とさせるまなざしに、ビゲレイドから見る間に怒気が引いていく。
「邪魔をせず、黙って、見ていてください」
 言葉はお願いだが、低く威圧する声は命令だった。
「「ふっ」」
 ヴァーリとクローヴァから、同時に小さな笑いが漏れる。
「天晴だ」
 オライリ老公の満足そうなつぶやきは、度肝を抜かれている他の重臣の耳に入ることはなかった。
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