届く声 -2-

エピソード文字数 4,142文字

 グイドを始末するのは自分の役目ではない。
 殺せと(わめ)くグイドを、ディデリスはアルテミシアのいる場所へと蹴り飛ばしていく。
 死闘を繰り広げている金目(きんめ)の従者とアルテミシアが見えてきた。
(こいつを()れば多少落ち着く。そこを狙って解除させよう)
 伝説の剣技を持つ剣士が押されている。
 その背後の小高い場所では、大弓に矢を(つが)えた弓兵が二人に狙いを定めていた。いざとなれば、あの矢がアルテミシアに放たれるに違いない。
 早くアルテミシアの本懐(ほんかい)を遂げさせてやらなくては。
 ディデリスは渾身(こんしん)の力を込めてグイドを蹴り飛ばした。
 そのとき。
「ミーシャ!」
 アルテミシアに走り寄る少年がいた。
 ディデリスの顏が強張(こわば)った。
(あれはっ!?あの小僧はっ)
 チェンタで自分とアルテミシアの再会を邪魔した少年が、なぜこの戦場に。
(スバクル兵服?スバクルの者だったのか。…ミーシャ?)
 様々な疑問が胸に湧き上がる。
 そして「竜騎士」の所業を見て、なおその前に立とうとする蛮勇(ばんゆう)に、ただ驚いてしまう。
 だが次にディデリスが見た光景は、さらに衝撃の光景だった。
 「竜騎士」だったはずのアルテミシアの(ほほ)を、少年の手が包み込んでいる。アルテミシアに小さな微笑が浮かんでいた。
(“契約者”以外の解除が成ったのか?!)
 柄にもなく狼狽しかけるが、すぐにアルテミシアに突き飛ばされた少年を見て、ディデリスはほっと胸をなでおろした。
(”契約者”以外が”竜騎士”の解除をするなど、よほどのことだからな)
 さあ、アルテミシアがグイドに引導を渡す手伝いをしよう。
 ディデリスは左手を剣の柄に掛け、そしてすぐに、生まれて初めて思い知ることになった。
 本当に混乱したとき、人は動けなくなるものだということを。
「私の(あるじ)だ!」
 一声叫んだアルテミシアが、あの小僧をかばい戦っている。
 なんだ、これは。一体どういうことだ。 
 (あるじ)?ではあれが。あの小僧が。

 ディデリスに蹴り飛ばされたグイドが薄っすら目を開けると、しりもちをついてしゃがみ込んでいる褐色の少年が目に入った。
「二度とお前などに傷つけさせないっ!」
 アルテミシアの声が聞こえる。
 事情はわからないが、アルテミシアがこの少年を守り戦っていることだけは理解できた。
「え竜騎士解除しちゃったのデカブツやるなあ何、お前もあの()が欲しいの?ダメだよあれは俺のだよ」
 グイドは手首から先の無い右腕で体を起こし、レヴィアへにじり寄った。
「俺のだから俺のだから俺のだから」
 呪うようにつぶやき、満身創痍でいながら素早く()い寄ってくるその禍々(まがまが)しい姿に、思わずレヴィアは後ずさる。
 急いで立ち上がろうとしたレヴィアの足首を、グイドの左手がつかんだ。
「俺のだから邪魔しないでくれるかな」
 体勢を崩してレヴィアが転ぶ。
「うわっ」
 その声にアルテミシアが気を取られた刹那、カーフレイは素早くレヴィアへ体を向けた。 
 地べたを()いずるグイドがレヴィアの動きを封じている。懐から抜いた短剣を構えたカーフレイがその身に迫っていた。
 レヴィアが刺されてしまう。
 アルテミシアの蹴りは焦りから目測を外した。
 軽くかわしたカーフレイがそのまま短剣を振り上げる。
 振り下ろされた短剣の切っ先が、深紅の巻髪に埋まった。アルテミシアの両腕がレヴィアの頭を(かか)え、胸の中に閉じ込めている。
「ちっ」
 低い舌打ちをしながら、アルテミシアの体からカーフレイが短剣を引き抜いた。
「ではお前から死ねっ!小娘っ!」
 レヴィアから体を離さないアルテミシアに、カーフレイの短剣が再度襲いかかった。
「ぐっ」
 アルテミシアの背にどさりと(おお)いかぶさったグイドが(うめ)く。
「ごめん、ね、アルティ…」
 短剣を持つカーフレイの腕が再び上がり、グイドの背中目がけて、打ち付けるように下ろされる。
「あそこまで、するつもり、なくて俺、ただ血をもらうって…でも竜仔が、暴れて…、ごめん…うらやましくて、おれ、きみ、うらやまし…、ふぇてぃより、らきす…かわい…そ…」
 カーフレイの腕が何度も上がった。一刺しごとにグイドの体から力が抜けていく。
 アルテミシアの肩に顔を埋め、グイドは荒い息をついている。
「でぃでに…おれは、あなたを…」
 グイドの体がアルテミシアの背中からずり落ちた。
 カーフレイはにやりと笑いながら、血でぬめる短剣を握り直す。
 かばう者がなくなったアルテミシアの背に、ギラリと光る刃が迫る。
 血飛沫(ちしぶき)が上がった。
 短剣が大地に跳ねて転がる。
 カーフレイの手を深く切り裂いたディデリスが、怒りを宿して(なまり)目の男を見下ろし、さらに剣を構えていた。
 すぐさまカーフレイは無言で距離を取る。
 ちらりと周囲を確認すると、トーラの弓兵団、そしてレゲシュ軍を追い散らした二頭の竜もこちらへと向かってきていた。
「くそっ」
 カーフレイは(ふところ)から何やら丸い物を取り出す。
「働きによっては倍額出すっ!追加の者もすぐ寄こすっ!」
 背後の一群に怒鳴ると、カーフレイはその玉を大地に投げ付けた。
 派手な爆音とともに、煙幕と土煙が広がる。
 土くれの雨が辺りに降り注ぎ、ディデリスは腕で顔をかばった。
 
 硝煙の臭いが薄くなってから、アルテミシアがレヴィアから体を離した。
 視界が開けたレヴィアは周囲を見渡すが、カーフレイの姿はもうどこにもない。
 アルテミシアが、最期は自分をかばって事切れたグイドを言葉もなく見つめている。
 脇腹を押さえる指先の間からは血が滴っていた。
 レヴィアは急いで自分の兵服を裂いて細布を作ると、アルテミシアの手をどけて傷を(おお)った。
 だが細布はすぐに血濡れ、結び目からぽたりぽたりと血雫(ちしずく)が大地に落ちていく。傷は浅くはないようだ。
「ミーシャ、陣へ下がろう。ちゃんと手当てをしよう」
 アルテミシアの止血をするレヴィアの手元に人影が差した。
 レヴィアが目を上げる。
 冷えた翡翠(ひすい)の瞳と漆黒の瞳がぶつかり合った。
「…チェンタ以来だな。名を聞こう」
「レヴィア・レーンヴェスト」
 ディデリスがさらに口を開こうとした、そのとき。
「ディデリス・サラマリスっ!」
「お嬢っ!」
 遠く聞こえてきたカイとラシオンの声に、ディデリスとアルテミシアが顔を上げた。
 イハウ国境方面から、エリュローンとスバクル馬が全速力で走ってくる。
 その、後ろには。
「…来たか…」
 ディデリスが低くつぶやく。
 アルテミシアの目が一杯に開かれた。
「ジーグっ!兵を前に立たせるなっ!毒息を吐くっ!」
 ラシオンが声の限りに叫ぶ。
「ネェェェェェっ!」
 短い(くちばし)が空を仰いだ。そして勢いよく顔を振りかぶる。
「サァァァァァーまっ」
 その毒息を浴びた傭兵たちが、煙にまかれた羽虫のようにばたばたと大地に倒れ、喉をかきむしり転げまわった。
 つぶらな緑の瞳がディデリスとアルテミシアをとらえたようだ。嬉しそうにその短い羽根をばたつかせている。
「ねぇええさああまっ!でぃーでにっ!」
 よろり、とアルテミシアが立ち上がった。
「…ラキス、なのね…」
「ネェェェェさぁぁまあああああ」
 巨大な雛鳥(ひなどり)の形をした地獄が、ラシオンとカイのすぐ後ろから迫り来ていた。
 ディデリスが指笛を吹きながら走り出し、素早く駆け寄ってきたルベルに飛び乗り、カイの乗るエリュローンに並んだ。
「どうする?隊長」
「毒息のほかには」
「皮膚に粘液。矢と槍は無効。剣は試せていない。竜除けは有効。ただし通常より時間が短い。炎はよく効く」 
 早口の副隊長の報告にひとつうなずき、ディデリスはカイに目配せをする。
 エリュローンとルベルが左右に分かれ、それぞれ毒竜のほうへと首を向けた。
「噴けっ!」
 二人の竜騎士の号令に、二頭の竜の(くちばし)から炎が噴出する。
「ぎゃあああああ!」
 人間の声で叫び声を上げ、毒竜は地団太を踏みながら苦しがった。
「”竜騎士”になる。解除を頼むぞ」
 ディデリスが腰の小刀を手に取る。
「それでいけるか?」
 間髪入れずに竜除け玉を投げながら、カイがエリュローンを近づけてきた。
「わからない。が、何とかする。アルテミシアは解除されてしまった。しばらく竜騎士にはなれない」
「あの立派な仔は、大方リズィエ竜だろ」
 アルテミシアへと走っていくロシュをカイは(あご)で示す。
「この混乱の中、よく解除できたな。さすがジーグ殿だ」
「いや…」
 ディデリスの表情が曇った。
 カイは一瞬、怪訝(けげん)そうな顔をするが、そういえばとディデリスに耳打ちをした。
「ニェベスが来てるぞ」
「どこにいる」
「スバクルに紛れてる。いくらかイハウも連れているようだ。どうする?」
捕縛(ほばく)できるか?」
「エリュじゃ目立ち過ぎるな。ジーグ殿の手を借りても怒らないか?」
 ディデリスの形の良い(まゆ)がわずかに痙攣(けいれん)する。
「何も聞かなかった。副隊長の判断に任せる」
「素直じゃないねぇ」
 呆れた笑いを浮かべながら、カイは急ぎエリュローンをトーラ軍勢へと走らせた。
 ディデリスは短く指笛を吹く。ルベルが首を曲げ、顏を竜騎士に寄せた。
「お前の力を借り…っ?!」
 小刀を手にしたまま、ディデリスは目の端をかすめた光景に驚愕する。
 短い足を考えられないほど素早く動かしながら、毒竜が(かたわ)らを走り抜けていった。
「ねぇぇぇぇさあああぁぁぁまあああ」
 いつの間にかロシュに騎乗して走るアルテミシアが、笑いながら雛鳥(ひなどり)を振り返る。
「おいで!ラキス!姉さまと遊ぼう!」
「ねぇさまっ!ねぇさまっ!」
 幼い声で鳴きながら、毒竜がその後を必死で追いすがっていった。
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