届く声 -2-
文字数 3,372文字
殺せと喚 く逆臣の竜騎士を、ディデリスは渾身の力を込めて蹴り飛ばした。
グイドが飛んでいった先に視線を投げてみれば、死闘を繰り広げている金目 の従者とアルテミシアがいる。
(さすがに手こずっているようだな。……こいつを殺 れば、多少は気が静まる。そこを狙って解除させよう)
焦りを隠せずにいる、伝説の剣技を持つ剣士。
その背後の小高い場所には、大弓に矢をつがえた弓兵が、ふたりに狙いを定めている。
いざとなれば、あの矢がアルテミシアに放たれるに違いない。
そうなる前に、アルテミシアの本懐 を遂げさせてやらなくては。
ディデリスがもう一度グイドを蹴り飛ばそうとした、そのとき。
「ミーシャは、ミーシャだよ!」
背の高い少年が、戦場を駆け抜けていく。
(な……。あの小僧は!あの恰好、スバクルの者だったのか?……ミーシャ?)
ディデリスは秀麗な顏を強張 せて、アルテミシアに走り寄る少年を目で追った。
(
さらに、度肝を抜かれたことには。
少年の手に頬を包み込まれた
(解除が成っただと?!)
柄にもなく狼狽しかけるが、少年を突き飛ばしたアルテミシアを見て、ディデリスは安堵する。
(”契約者”以外が解除できるはずがない。……あってはならない。っ?!)
「なんだとっ?!」
思わず声が出て、そして、ディデリスは思い知る。
本当に混乱したときには、人は動けなくなるものだということを。
「私の主 だ!」
(なんだ、これは。一体どういうことだ。主 だと?では、あの小僧は)
「小僧」の正体を知ったディデリスは、ただ茫然と立ち尽くしていた。
ディデリスによって飛ばされたグイドが薄っすら目を開けると、尻もちをついてしゃがみ込んでいる褐色の少年が目に映った。
「二度と手を出すな!!」
事情はわからないが、どうやらアルテミシアは、この少年を守り戦っているらしい。
「え、娘 が欲しいの?ダメだよあれは俺のだよ」
グイドは手首から先の無い右腕で体を起こすと、レヴィアへとにじり寄っていく。
「俺のだから俺のだから俺のだから」
呪うようにつぶやき、満身創痍でいながら、素早く這 い寄ってくるその禍々 しい姿に、思わずレヴィアは後ずさる。
急いで立ち上がろうとしたレヴィアの足首を、グイドの左手がつかんだ。
「俺のだから邪魔しないでくれるかな」
「うわっ」
体勢を崩して転んだレヴィアにアルテミシアが気を取られた、その瞬間をカーフレイは逃さない。
グイドが動きを封じているレヴィアに、懐から抜いた短刀を構えたカーフレイが迫った。
「レヴィっ」
アルテミシアの蹴りは焦りから目測を外し、難なくかわしたカーフレイの腕が振り上げられる。
そして、短刀の切っ先が簡素な防具を差し貫いた。
「ちっ」
レヴィアを胸にかばうアルテミシアに、カーフレイは低い舌打ちを漏らす。
「ならばお前から死ねっ、小娘ぇ!」
アルテミシアの脇腹から短刀を引き抜いて、カーフレイは再び腕を振り下ろした。
「ぐぁっ」
「この、死にぞこないがぁっ」
激昂したカーフレイの腕が再び上がり、アルテミシアに覆 いかぶさったグイドの背中目がけて、叩きつけられる。
「ごめん、ね、アルティ、ぐぅ」
何度も、何度も。
カーフレイの短刀がグイドの背中に埋まった。
「……あそこまで、するつもり、なかった……」
一刺しごとに、グイドの体から力が抜けていく。
「でぃでに……おれは、あなたを……」
最期に真紅の髪に唇を寄せて、グイドはアルテミシアの背中からずり落ちていった。
にやりと笑ったカーフレイが、血でぬめる短刀を握り直す。
無防備にさらされたアルテミシアの背に向けられた刃が空を切り、血飛沫 が上がった。
カラン、カラン!
カーフレイの短刀が、乾いた音を立てて大地に跳ねて転がっていく。
鉛 目の男の手を深く切り裂いたのは、朝焼けの髪を持つ竜騎士だ。
すぐさま飛びのいたカーフレイがちらりと周囲を確認すると、トーラの弓兵団、さらにはレゲシュ軍を追い散らした二頭の竜もこちらへと向かってきている。
「くそ、ここまでかっ」
カーフレイは懐 から、何やら丸い物を取り出して、大地に投げ付けた。
ドガァン!!
派手な爆音とともに、煙幕と土煙が辺りに広がる。
「……っ」
降り注ぐ土塊 の嵐に、さすがのディデリスもたまらず腕で顔をかばった。
アルテミシアがレヴィアから体を離して周囲を見渡すと、すでにカーフレイの姿はどこにもない。
「ミーシャ、怪我は?!」
アルテミシアの背中に腕を回して、その感触にレヴィアは震える。
目の前に手を差し出してみれば、真っ赤に染まっていた。
(出血がひどい……)
レヴィアは急いで兵服の上着を裂いて細布を作ると、アルテミシアの脇腹にきつく細布を巻いていく。
「ああ、こんなんじゃだめだ。血が止まらない。……ミーシャ、陣へ下がろう。ちゃんと手当てをしないと。……?」
アルテミシアを立たせようとした手元に差した影に、レヴィアは目を上げた。
「あなた、は……」
漆黒の瞳と、冷たい翡翠 の瞳がぶつかり合う。
『チェンタ以来だな。名を聞かせてもらおう』
「……レヴィア・レーンヴェスト」
ディデリスがさらに口を開こうとした、そのとき。
『ディデリス・サラマリスっ』
「お嬢!!」
遠く聞こえてきたカイとラシオンの声に、ディデリスとアルテミシアが同時に顔を上げた。
イハウ国境方面から、赤竜とスバクル馬が全速力で走ってくる。
その、背後には。
『……来たか』
低くつぶやいたディデリスの足元で、アルテミシアは息を飲んだ。
「ジーグっ、兵を前に立たせるな!毒息を吐く!!」
声の限りに叫ぶラシオンの声が、風に乗って聞こえてくる。
その、背後。
「ネェェェェェっ!」
短い嘴 が空を仰ぎ、勢いよく振りかぶられた。
「サァァァァァーまっ」
その毒息を浴びた兵士たちが、煙にまかれた羽虫のようにばたばたと大地に倒れ、喉をかきむしり転げまわっていく。
「ねぇええさああまっ!でぃーでにっ!」
「……ラキス……」
「ネェェェェさぁぁまあああああ」
よろりと立ち上がったアルテミシアを見つけたのだろう。
巨大な雛鳥 の形をした
ディデリスが指笛を吹きながら走り出し、呼び寄せたルベルに飛び乗るとエリュローンに並ぶ。
『どうする、隊長』
『毒息のほかには』
『皮膚に粘液。矢と槍は無効。剣は試せていない。竜除けは有効。ただし、通常より時間が短い。炎はよく効く』
早口の副隊長の報告にひとつうなずき、ディデリスは目配せをした。
エリュローンとルベルが左右に分かれ、毒息が届かないギリギリまで竜を寄せる。
『噴けっ!』
竜騎士たちの号令に、二頭の竜の嘴 から炎が噴出した。
『ぎゃあああああ!』
人間の声で叫ぶ毒竜を横目に、カイがエリュローンを近づけてくる。
『んで、こっからどうする?』
『
『はいはい、
『わからない。が、やってみる価値はある。アルテミシアは解除されてしまったから、俺が』
『ああ、それでもう一頭の
『いや……』
歯切れの悪いディデリスに怪訝 そうな顔をしたカイだが、そういえばと、声を潜めた。
『ニェベスが来てるぞ』
『どこに』
『イハウが寄こした、傭兵 連中に紛れてる』
『捕縛 できるか?』
『エリュじゃ逃げられるな。ジーグ殿の手を借りても怒らないか?』
『……副隊長の判断を信用する』
『素直じゃないねぇ』
呆れたようなカイの笑いを残して、エリュローンが離れていく。
その背中をため息で見送ったディデリスが、驚愕に固まった。
「ねぇぇぇぇさあああぁぁぁまあああ」
ディデリスのことなど、まるで眼中にないように。
短い足を、ありえないほど素早く動かしながら、毒竜がディデリスの傍 らを走り抜けていった。
見ると、いつの間にかロシュに騎乗したアルテミシアが、振り返りながら雛鳥 に笑いかけている。
『おいで、ラキス!姉さまと遊ぼう!』
『ねぇさまっ、ねぇさま!』
追いかけ走る毒竜の、縋 るような幼い鳴き声が、瞬く間に遠くなっていった。
グイドが飛んでいった先に視線を投げてみれば、死闘を繰り広げている
(さすがに手こずっているようだな。……こいつを
焦りを隠せずにいる、伝説の剣技を持つ剣士。
その背後の小高い場所には、大弓に矢をつがえた弓兵が、ふたりに狙いを定めている。
いざとなれば、あの矢がアルテミシアに放たれるに違いない。
そうなる前に、アルテミシアの
ディデリスがもう一度グイドを蹴り飛ばそうとした、そのとき。
「ミーシャは、ミーシャだよ!」
背の高い少年が、戦場を駆け抜けていく。
(な……。あの小僧は!あの恰好、スバクルの者だったのか?……ミーシャ?)
ディデリスは秀麗な顏を
(
竜騎士
の姿を見ても、その前に立とうというのかっ)さらに、度肝を抜かれたことには。
少年の手に頬を包み込まれた
竜騎士
が、血に汚れた口元に微笑を浮かべていた。(解除が成っただと?!)
柄にもなく狼狽しかけるが、少年を突き飛ばしたアルテミシアを見て、ディデリスは安堵する。
(”契約者”以外が解除できるはずがない。……あってはならない。っ?!)
「なんだとっ?!」
思わず声が出て、そして、ディデリスは思い知る。
本当に混乱したときには、人は動けなくなるものだということを。
「私の
(なんだ、これは。一体どういうことだ。
「小僧」の正体を知ったディデリスは、ただ茫然と立ち尽くしていた。
ディデリスによって飛ばされたグイドが薄っすら目を開けると、尻もちをついてしゃがみ込んでいる褐色の少年が目に映った。
「二度と手を出すな!!」
事情はわからないが、どうやらアルテミシアは、この少年を守り戦っているらしい。
「え、
竜騎士
解除できちゃったの、なんだよお前もあのグイドは手首から先の無い右腕で体を起こすと、レヴィアへとにじり寄っていく。
「俺のだから俺のだから俺のだから」
呪うようにつぶやき、満身創痍でいながら、素早く
急いで立ち上がろうとしたレヴィアの足首を、グイドの左手がつかんだ。
「俺のだから邪魔しないでくれるかな」
「うわっ」
体勢を崩して転んだレヴィアにアルテミシアが気を取られた、その瞬間をカーフレイは逃さない。
グイドが動きを封じているレヴィアに、懐から抜いた短刀を構えたカーフレイが迫った。
「レヴィっ」
アルテミシアの蹴りは焦りから目測を外し、難なくかわしたカーフレイの腕が振り上げられる。
そして、短刀の切っ先が簡素な防具を差し貫いた。
「ちっ」
レヴィアを胸にかばうアルテミシアに、カーフレイは低い舌打ちを漏らす。
「ならばお前から死ねっ、小娘ぇ!」
アルテミシアの脇腹から短刀を引き抜いて、カーフレイは再び腕を振り下ろした。
「ぐぁっ」
「この、死にぞこないがぁっ」
激昂したカーフレイの腕が再び上がり、アルテミシアに
「ごめん、ね、アルティ、ぐぅ」
何度も、何度も。
カーフレイの短刀がグイドの背中に埋まった。
「……あそこまで、するつもり、なかった……」
一刺しごとに、グイドの体から力が抜けていく。
「でぃでに……おれは、あなたを……」
最期に真紅の髪に唇を寄せて、グイドはアルテミシアの背中からずり落ちていった。
にやりと笑ったカーフレイが、血でぬめる短刀を握り直す。
無防備にさらされたアルテミシアの背に向けられた刃が空を切り、
カラン、カラン!
カーフレイの短刀が、乾いた音を立てて大地に跳ねて転がっていく。
すぐさま飛びのいたカーフレイがちらりと周囲を確認すると、トーラの弓兵団、さらにはレゲシュ軍を追い散らした二頭の竜もこちらへと向かってきている。
「くそ、ここまでかっ」
カーフレイは
ドガァン!!
派手な爆音とともに、煙幕と土煙が辺りに広がる。
「……っ」
降り注ぐ
アルテミシアがレヴィアから体を離して周囲を見渡すと、すでにカーフレイの姿はどこにもない。
「ミーシャ、怪我は?!」
アルテミシアの背中に腕を回して、その感触にレヴィアは震える。
目の前に手を差し出してみれば、真っ赤に染まっていた。
(出血がひどい……)
レヴィアは急いで兵服の上着を裂いて細布を作ると、アルテミシアの脇腹にきつく細布を巻いていく。
「ああ、こんなんじゃだめだ。血が止まらない。……ミーシャ、陣へ下がろう。ちゃんと手当てをしないと。……?」
アルテミシアを立たせようとした手元に差した影に、レヴィアは目を上げた。
「あなた、は……」
漆黒の瞳と、冷たい
『チェンタ以来だな。名を聞かせてもらおう』
「……レヴィア・レーンヴェスト」
ディデリスがさらに口を開こうとした、そのとき。
『ディデリス・サラマリスっ』
「お嬢!!」
遠く聞こえてきたカイとラシオンの声に、ディデリスとアルテミシアが同時に顔を上げた。
イハウ国境方面から、赤竜とスバクル馬が全速力で走ってくる。
その、背後には。
『……来たか』
低くつぶやいたディデリスの足元で、アルテミシアは息を飲んだ。
「ジーグっ、兵を前に立たせるな!毒息を吐く!!」
声の限りに叫ぶラシオンの声が、風に乗って聞こえてくる。
その、背後。
「ネェェェェェっ!」
短い
「サァァァァァーまっ」
その毒息を浴びた兵士たちが、煙にまかれた羽虫のようにばたばたと大地に倒れ、喉をかきむしり転げまわっていく。
「ねぇええさああまっ!でぃーでにっ!」
「……ラキス……」
「ネェェェェさぁぁまあああああ」
よろりと立ち上がったアルテミシアを見つけたのだろう。
巨大な
イキモノ
が、その場で嬉しそうに地団太を踏んだ。ディデリスが指笛を吹きながら走り出し、呼び寄せたルベルに飛び乗るとエリュローンに並ぶ。
『どうする、隊長』
『毒息のほかには』
『皮膚に粘液。矢と槍は無効。剣は試せていない。竜除けは有効。ただし、通常より時間が短い。炎はよく効く』
早口の副隊長の報告にひとつうなずき、ディデリスは目配せをした。
エリュローンとルベルが左右に分かれ、毒息が届かないギリギリまで竜を寄せる。
『噴けっ!』
竜騎士たちの号令に、二頭の竜の
『ぎゃあああああ!』
人間の声で叫ぶ毒竜を横目に、カイがエリュローンを近づけてくる。
『んで、こっからどうする?』
『
竜騎士
になる』『はいはい、
後始末
ね。……それでいけそうか?』『わからない。が、やってみる価値はある。アルテミシアは解除されてしまったから、俺が』
『ああ、それでもう一頭の
異形
がいないのか。この混乱のなか、よく解除できたな。さすがジーグ殿だ』『いや……』
歯切れの悪いディデリスに
『ニェベスが来てるぞ』
『どこに』
『イハウが寄こした、
『
『エリュじゃ逃げられるな。ジーグ殿の手を借りても怒らないか?』
『……副隊長の判断を信用する』
『素直じゃないねぇ』
呆れたようなカイの笑いを残して、エリュローンが離れていく。
その背中をため息で見送ったディデリスが、驚愕に固まった。
「ねぇぇぇぇさあああぁぁぁまあああ」
ディデリスのことなど、まるで眼中にないように。
短い足を、ありえないほど素早く動かしながら、毒竜がディデリスの
見ると、いつの間にかロシュに騎乗したアルテミシアが、振り返りながら
『おいで、ラキス!姉さまと遊ぼう!』
『ねぇさまっ、ねぇさま!』
追いかけ走る毒竜の、