劫火(ごうか)

文字数 349文字

 すべてが炎に包まれていた。
 
 父が(えが)かせた家族の肖像画。
 母が愛した調度品。
 それらの前にうつ伏せ、ぴくりとも動かない両親。
 
 血に染まる両親の頭上に、燃える(はり)が崩れ落ちてくる。
 轟音が辺りに響き、ふたりの姿は炎の向こうに消えていった。
 
 喉が、肺が焼けつくようで息が浅くなる。
 ああ、このまま自分も息絶えるのか。
 どこか人ごとのように思ったとき、烈火(れっか)が屋敷を喰らい尽くす音に紛れて、泣き叫ぶ声が切れ切れに耳に届いた。

 ……あれは妹だろうか。弟だろうか。
 
 助けに行かねばと、一歩踏み出した、その瞬間。
 背中に熱い衝撃が走る。
 ぐらりと足元が崩れて、景色も音も遠のいていった。

 耳に吹き込まれた生温かい吐息は、誰かの低い(ささや)き声。
 けれど、何を言われたのかを理解する前に。
 世界は暗く閉じていった。
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