動き出す心-ヴァイノとレヴィア-
文字数 2,992文字
湯殿をあとにして、三人は押し黙って歩き続ける。
「でもさ」
途中、沈黙に耐え切れなくなったヴァイノが口を開いた。
「逆だったらオレ、速攻デンカ殴ってるな。もしフロラが、さっきのふくちょみたいな……」
「……なに」
レヴィアが握りこぶしを作って、胸の辺りで構えた。
「いや、あの……。なんでもない、デス。ごめんなさい」
今度は青くなったヴァイノをレヴィアはじろりとにらむ。
「んだよ、謝ったろ」
「……だって……」
「ぷふっ」
顔を背け合うふたりの少年に、ラシオンはたまらず吹き出して笑った。
険悪な雰囲気のままの少年たちを連れて、ラシオンは兵舎の休憩室の扉を開く。
「ほい、お疲れさん。お、ヴァイノ、焼き菓子があるぞ」
「あ、今日は干しブドウ入りだ。フロラのこれ、好きなんだよねー。……うまっ」
一口食べれば、たちまちヴァイノの機嫌は直ったようだ。
「そういやさ、ヴァイノとフロラって、特別に気心知れた感じだよな」
ラシオンはどっかりと椅子 に座って、立ったまま口を動かしているヴァイノを眺める。
「まあ、一番付き合いが古いからな。下町で暮らしてたとき、家が隣同士だったんだよ」
両手に菓子をつかんで、ヴァイノも椅子 に腰掛けた。
「近所同士、けっこう仲良くやってたんだぜ。でも、流行 り病で親が死んでからは……。救護院にも連れてかれたけど、あそこは最低でさぁ」
ヴァイノの顏が苦く歪 む。
「だから仲間と抜け出して、市場のほうに流れてってさ」
二、三個、続けざまに菓子を口に放り込むヴァイノを、戸口から動かずにいたレヴィアは、黙って見つめていた。
(下町って、そんな大変だったんだ……)
自分は虐 げられつつ、やはり守られていたのだと思えば、なんの言葉もかけられない。
「仲間がいたから、寂しくはなかったけど。街のヤツラからはコソ泥集団って、白い目で見られてた。昔なじみだったおっちゃん、おばちゃんたちも他人のフリだし。親と一緒に暮らしてたころは、”なんかあったら、すぐ頼んなよ!”とか、言ってくれてたのになー」
ヴァイノはおどけた笑顔を作る。
「ま、しかたねぇんだけどよ。どこの家だって、自分とこが食べてくので、いっぱいいっぱいだもん。でも、フロラだけは変わんなくてさ。オレなんか構うから、あいつまで爪弾 きにされ始めちゃって。だもんで、縁切ってた時期もあったんだけど」
ヴァイノは大きな息を吐き出すと、椅子 の背にもたれた。
「でも、フロラの両親が殺されて、”遠縁”とかいう、見たこともねぇオヤジが出てきてさ。フロラも嫌がってるって聞いたから、オレらの仲間にしたんだ」
「引き取り手の大人がいるのにか?騒ぎになったろう」
身を乗り出すラシオンに、ヴァイノはへらっと笑う。
「役人が来たこともあったけど、みんなで石投げたりして追い払ったんだ。それからずっと、オレが守ってやるって思ってた」
「ヴァイノの投石は、そのころ、鍛 えられたんだね」
「あんときはごめんな。いきなり悪口言って、石投げて」
「もう、いいよ。ヴァイノも、殴られそうになってたし」
「あんときのふくちょ、マジで怖かったよなぁ」
ヴァイノはレヴィアと顔を見合わせると、ぶふっと吹き出した。
「なのに、オレみたいなの雇ってくれるとかさ。デンカって、バカがつくほどお人好しだよなー」
「だって、ヴァイノは、フロラを守っただけじゃない」
「……え?」
「得体の知れないものは、怖くて当たり前だよ。それが、大切な人に近づいたのなら、なおさら。僕みたいな……」
ただ異国の血を引くというだけで与えられていた、使用人たちの仕打ちに比べれば。
「んな顔すんなよ、バカ。怒れよ」
諦めたような笑顔を見せるレヴィアに、ヴァイノが語気を強める。
「オレが悪かったんだって。デンカはなんも悪くねぇ。ほんとにデンカには感謝してんだぜ、これでも」
「感謝してるのは、僕のほう、だよ」
レヴィアはゆっくりと歩き、ヴァイノの前に立った。
「ありのままの僕を、そのまま受け入れてくれた。”良き友は良き道行 の伴 ”だよ。これからも、一緒の道を、歩いてくれる?」
「そりゃもちろん。……ほかに行くとこなんかねーし」
(王族のくせに。浮浪児上がりのヤツ「友」なんて言っちゃって、バカじゃねーの)
うつむきそうになったヴァイノに、レヴィアがそっと指を伸ばした。
「え……、なに?」
頬をなでられて驚いたヴァイノが、思わずレヴィアを見上げる。
「ミーシャは、こうしてくれるから。心が痛いとき、とか」
「べつにオレは……」
口ごもったヴァイノは、そのままふっとまつ毛を伏せた。
されるがままになっていたヴァイノだが、しばらくして、レヴィアの指を軽く叩 く。
「くすぐってぇからやめろって。……んでさ?デンカはいつから、ふくちょのことが好きなんだよ」
「好き?だから、ずっと好きだよ?ミーシャも、ジーグも」
何を言うのかという顔をしているレヴィアに、ヴァイノはじれったそうに顔をしかめた。
「だからちげぇっての。そのー、いつから女として、さぁ。言わせんなよっ」
歯ぎしりするようなヴァイノに、レヴィアの首が傾く。
「ミーシャは、ずっと女の人、だよ?」
「だぁー!」
どうにも話の通じないレヴィアに、ヴァイノは地団太を踏んだ。
「いつから恋をしてるのかって聞いてるんだよ、ヴァイノは」
ラシオンの助け舟にも、レヴィアはピンとこない様子で目を丸くする。
「……こい……?」
「あれだけのヤキモチやくのはどうしてなのかって話。ま、ゆっくり考えればいいんじゃない。そもそも、お嬢もなぁ……」
ラシオンは言葉を濁しながら口を閉じた。
アルテミシアが「心が痛いときに頬をなでてくれる」とレヴィアは言うが、彼以外の人間にしているのを見たことがない。
せいぜいアスタを励ますときに、その顔を両手で包んでいるくらいだ。
少年たちに至っては、思い切り肩を小突いて活を入れている。
そして、あの無防備で、無頓着な湯殿での態度。
「ダメ?なんで?」
心底不思議そうなアルテミシアの声は、ラシオンの耳にも届いていた。
「あのさぁ、デンカおまえさぁ。ふくちょ好きなら、ほかの女は興味ありませんー、迷惑ですーってさ。……とくにその、フロラとか……」
「迷惑では、ないよ?」
「だーかーらーっ」
思い悩むラシオンの向こうで、黒と銀の少年たちは他愛ない”男同士”の話を続けている。
眺めていたラシオンの胸に、ふと悪戯心 が湧いた。
「ところで、おふたりさん。その”恋”が実ったとしてよ?
「……え?」
「え?」
「
そろってうなずいたレヴィアとヴァイノに、ラシオンの口角がにぃっと上がる。
「ふ、ふぅ~ん。じゃあ、ちょっとこっち来いよ」
手招きされたふたりはラシオンのそばに寄ると、その口元に耳を近づけた。
その後、ラシオンから囁 き声で教授された、口付けの仕方から始まる”女性の扱い方講座”はとてつもなく刺激的で。
レヴィアは真っ赤になってうつむき、慌てて部屋を出ていったヴァイノは、やっぱり鼻を押さえている。
「あいつはよく鼻血出すなぁ」
へらへら笑うラシオンを、顔を赤くしたままのレヴィアがギリっとにらんだ。
「でもさ」
途中、沈黙に耐え切れなくなったヴァイノが口を開いた。
「逆だったらオレ、速攻デンカ殴ってるな。もしフロラが、さっきのふくちょみたいな……」
あの
アルテミシアを思い出したヴァイノの頬が、ぱぁぁっと赤く染まっていく。「……なに」
レヴィアが握りこぶしを作って、胸の辺りで構えた。
「いや、あの……。なんでもない、デス。ごめんなさい」
今度は青くなったヴァイノをレヴィアはじろりとにらむ。
「んだよ、謝ったろ」
「……だって……」
「ぷふっ」
顔を背け合うふたりの少年に、ラシオンはたまらず吹き出して笑った。
険悪な雰囲気のままの少年たちを連れて、ラシオンは兵舎の休憩室の扉を開く。
「ほい、お疲れさん。お、ヴァイノ、焼き菓子があるぞ」
「あ、今日は干しブドウ入りだ。フロラのこれ、好きなんだよねー。……うまっ」
一口食べれば、たちまちヴァイノの機嫌は直ったようだ。
「そういやさ、ヴァイノとフロラって、特別に気心知れた感じだよな」
ラシオンはどっかりと
「まあ、一番付き合いが古いからな。下町で暮らしてたとき、家が隣同士だったんだよ」
両手に菓子をつかんで、ヴァイノも
「近所同士、けっこう仲良くやってたんだぜ。でも、
ヴァイノの顏が苦く
「だから仲間と抜け出して、市場のほうに流れてってさ」
二、三個、続けざまに菓子を口に放り込むヴァイノを、戸口から動かずにいたレヴィアは、黙って見つめていた。
(下町って、そんな大変だったんだ……)
自分は
「仲間がいたから、寂しくはなかったけど。街のヤツラからはコソ泥集団って、白い目で見られてた。昔なじみだったおっちゃん、おばちゃんたちも他人のフリだし。親と一緒に暮らしてたころは、”なんかあったら、すぐ頼んなよ!”とか、言ってくれてたのになー」
ヴァイノはおどけた笑顔を作る。
「ま、しかたねぇんだけどよ。どこの家だって、自分とこが食べてくので、いっぱいいっぱいだもん。でも、フロラだけは変わんなくてさ。オレなんか構うから、あいつまで
ヴァイノは大きな息を吐き出すと、
「でも、フロラの両親が殺されて、”遠縁”とかいう、見たこともねぇオヤジが出てきてさ。フロラも嫌がってるって聞いたから、オレらの仲間にしたんだ」
「引き取り手の大人がいるのにか?騒ぎになったろう」
身を乗り出すラシオンに、ヴァイノはへらっと笑う。
「役人が来たこともあったけど、みんなで石投げたりして追い払ったんだ。それからずっと、オレが守ってやるって思ってた」
「ヴァイノの投石は、そのころ、
「あんときはごめんな。いきなり悪口言って、石投げて」
「もう、いいよ。ヴァイノも、殴られそうになってたし」
「あんときのふくちょ、マジで怖かったよなぁ」
ヴァイノはレヴィアと顔を見合わせると、ぶふっと吹き出した。
「なのに、オレみたいなの雇ってくれるとかさ。デンカって、バカがつくほどお人好しだよなー」
「だって、ヴァイノは、フロラを守っただけじゃない」
「……え?」
「得体の知れないものは、怖くて当たり前だよ。それが、大切な人に近づいたのなら、なおさら。僕みたいな……」
ただ異国の血を引くというだけで与えられていた、使用人たちの仕打ちに比べれば。
「んな顔すんなよ、バカ。怒れよ」
諦めたような笑顔を見せるレヴィアに、ヴァイノが語気を強める。
「オレが悪かったんだって。デンカはなんも悪くねぇ。ほんとにデンカには感謝してんだぜ、これでも」
「感謝してるのは、僕のほう、だよ」
レヴィアはゆっくりと歩き、ヴァイノの前に立った。
「ありのままの僕を、そのまま受け入れてくれた。”良き友は良き
「そりゃもちろん。……ほかに行くとこなんかねーし」
(王族のくせに。浮浪児上がりのヤツ「友」なんて言っちゃって、バカじゃねーの)
うつむきそうになったヴァイノに、レヴィアがそっと指を伸ばした。
「え……、なに?」
頬をなでられて驚いたヴァイノが、思わずレヴィアを見上げる。
「ミーシャは、こうしてくれるから。心が痛いとき、とか」
「べつにオレは……」
口ごもったヴァイノは、そのままふっとまつ毛を伏せた。
されるがままになっていたヴァイノだが、しばらくして、レヴィアの指を軽く
「くすぐってぇからやめろって。……んでさ?デンカはいつから、ふくちょのことが好きなんだよ」
「好き?だから、ずっと好きだよ?ミーシャも、ジーグも」
何を言うのかという顔をしているレヴィアに、ヴァイノはじれったそうに顔をしかめた。
「だからちげぇっての。そのー、いつから女として、さぁ。言わせんなよっ」
歯ぎしりするようなヴァイノに、レヴィアの首が傾く。
「ミーシャは、ずっと女の人、だよ?」
「だぁー!」
どうにも話の通じないレヴィアに、ヴァイノは地団太を踏んだ。
「いつから恋をしてるのかって聞いてるんだよ、ヴァイノは」
ラシオンの助け舟にも、レヴィアはピンとこない様子で目を丸くする。
「……こい……?」
「あれだけのヤキモチやくのはどうしてなのかって話。ま、ゆっくり考えればいいんじゃない。そもそも、お嬢もなぁ……」
ラシオンは言葉を濁しながら口を閉じた。
アルテミシアが「心が痛いときに頬をなでてくれる」とレヴィアは言うが、彼以外の人間にしているのを見たことがない。
せいぜいアスタを励ますときに、その顔を両手で包んでいるくらいだ。
少年たちに至っては、思い切り肩を小突いて活を入れている。
そして、あの無防備で、無頓着な湯殿での態度。
「ダメ?なんで?」
心底不思議そうなアルテミシアの声は、ラシオンの耳にも届いていた。
「あのさぁ、デンカおまえさぁ。ふくちょ好きなら、ほかの女は興味ありませんー、迷惑ですーってさ。……とくにその、フロラとか……」
「迷惑では、ないよ?」
「だーかーらーっ」
思い悩むラシオンの向こうで、黒と銀の少年たちは他愛ない”男同士”の話を続けている。
眺めていたラシオンの胸に、ふと
「ところで、おふたりさん。その”恋”が実ったとしてよ?
女性の扱い方
は、心得てるわけ?」「……え?」
「え?」
「
ちゃんとした
扱いをしなかったら、速攻フられると思うんだけど。どーお?知っておきたくないか?」そろってうなずいたレヴィアとヴァイノに、ラシオンの口角がにぃっと上がる。
「ふ、ふぅ~ん。じゃあ、ちょっとこっち来いよ」
手招きされたふたりはラシオンのそばに寄ると、その口元に耳を近づけた。
その後、ラシオンから
レヴィアは真っ赤になってうつむき、慌てて部屋を出ていったヴァイノは、やっぱり鼻を押さえている。
「あいつはよく鼻血出すなぁ」
へらへら笑うラシオンを、顔を赤くしたままのレヴィアがギリっとにらんだ。