リズィエの答え

エピソード文字数 3,288文字

 春の野原の瞳は丸くなったまま、瞬きもせずにレヴィアを見つめている。
「…嫌、だった…?」
 同じように赤くなりながらも、レヴィアは心配そうに尋ねた。
「嫌、じゃ、ない、けど」
 固まった表情のまま、アルテミシアの唇だけが動く。
「けど、なぁに?」
「心臓が、止まりそう…」
「僕の好きの種類は、わかった?…わからないなら、もう一回…」
 再びレヴィアの唇が迫り、アルテミシアは慌てて前を向いてうつむいた。
「わかった!…わかった、から…」
「本当に?」
 (ほほ)近くに顔を寄せてきたレヴィアから尋ねられ、アルテミシアは何度もうなずく。
「じゃあ今度は」
 レヴィアは熱を持ったその(ほほ)に軽く口付けた。
「ミーシャの好きを教えて。子犬じゃなくて、トカゲじゃなくて。弟じゃないなら、僕は貴女(あなた)にとって、何?」
 唇に感じたアルテミシアの(ほほ)は柔らかくて、暖かくて。
 頭の中がごった煮状態だ。意識していないと、呼吸をすることすら忘れてしまいそうになる。
 不安と、期待と、そしてひたむきな想いが嵐のように胸に渦巻いていた。
「ずっと考えていたんだ。好きと、恋しいと、愛してる」
 うつむき顔を上げないアルテミシアの手が、手綱(たづな)を握るレヴィアの指先をきゅっと握った。
「うん」
 巻き髪が隠す横顔に(ほほ)を寄せながらレヴィアはうなずく。
「レヴィへの気持ちはどれなんだろうって。でも、わからなくって」
「…そう」
 レヴィアは切ないため息を漏らした。
「どれも違うような気がしたから。じゃあこの気持ちは何だろうって。どうしてレヴィの幸せを喜んでやれないんだろうって」
 レヴィアはアルテミシアの言葉を聞き(とが)める。
「僕の幸せ?」
「レヴィがスバクルのご令嬢方に人気があるのは、良いことだろう?なのに、なのに…」
 レヴィアの指先を握るアルテミシアの手に力が入った。
 それは、嫉妬をしてくれたからではないのか。
 レヴィアの胸は喜びに震える。
「嫌、だったの?」
「見ているのが辛くて…」
「クるうっ」
 アルバスが訴えるように短く鳴いた。
 アルテミシアが顔を上げると、いつの間にか丘陵地帯が眼下に広がっている。
 レヴィアの指笛に合わせ、アルバスが大きく羽ばたきながら大地に降り立った。
 
 足元が見えなくなるほどの青草が生い茂る草原に、一本の大樹が空に向かって枝葉を伸ばしている。
 涼やかな木陰を作るその幹に、レヴィアはアルバスの手綱(たづな)を結び付けた。
 先に(くら)を降りたアルテミシアは両手を広げ、伸びをしながら大きく息を吸った。
「ほら!気持ちのいいところだろう?」
 無邪気な笑顔で振り返るアルテミシアにゆっくりと近づき、レヴィアは背後から腕を回して、その肩を抱きしめた。
 アルテミシアの体が緊張に硬くなる。
「ミーシャが自分の気持ちがわからなくても、僕の気持ちは変わらないよ。僕は貴女(あなた)に恋をしている。貴女(あなた)を傷つけようとする者がいたら全力で戦う。僕は強くなる。貴女(あなた)を守れる男になるよ」
 これが自分の答えだ。
 アルテミシアの心がどこにあろうと、例えこの心を受け取ってもらえなくても、変わることなどありえない。
 アルテミシアの両腕がためらいがちに上げられ、自分を抱きしめるレヴィアの腕に添えられた。
「レヴィは、強いよ」
 ゆっくりと、アルテミシアはその腕を胸に(かか)える。
「カーフレイの野望を止めたのは、レヴィとアルバスだ。貴方(あなた)でなければできなかった。…私のことも、守ってくれた」
 二人は互いの体温を感じながら、草原を鳴らす風に耳を澄ませた。
 紅色(べにいろ)の髪が風に流れる。
「お母さまが、教えて下さったんだ」
 アルテミシアはレヴィアの腕に(ほほ)を擦り寄せた。
 傾けられたその耳に、レヴィアは唇を寄せる。
「母さまが?」
 くすぐったそうな顔をしてアルテミシアはうなずく。
「別々の気持ちじゃないんだって。分けることなんかできないって。お母さまは、ヴァーリ陛下を恋しくて、愛しい人だっておっしゃっていた。レヴィ」
 アルテミシアが振り返り、熱を帯びた黒い瞳を見上げる。
「どの気持ちかわからなかったのは、当たり前なんだ。だって」
 アルテミシアは首を伸ばして、果実のような赤い唇をレヴィアの唇に重ねた。
「全部だったんだから」
 レヴィアの鼓動が喜びを刻み始める。
「…アルテ、ミシア…」
 想いが胸につかえて、消えてしまいそうな(ささや)き声で、愛しい女性(ひと)の名を呼んだ。そして心を込めた口付けをアルテミシアに返した。
「好きと、恋しいと愛してる。そのすべてを、レヴィア・レーンヴェスト、貴方(あなた)に」
 照れながら微笑んでいるアルテミシアの唇を、レヴィアは何度も(ついば)み始める。
「も、もうわかった、わかったから!」
 アルテミシアが身悶(みもだ)えをして、レヴィアから逃れようとした。
 それを許さず強く胸に閉じ込め、それでもレヴィアは心許(こころもと)ない顔をしながら尋ねる。
「何がわかったの?…あの、こうするのは、嫌?」
 もがいていたアルテミシアの動きが止まった。
 ため息をつきながらレヴィアと向き合い、ゆっくりとその背に腕を回す。
「嫌じゃない。でも、もう心臓がもたない。…ねえ、レヴィ」
 レヴィアの腕の中から、アルテミシアの顔が上がった。
「一緒に生きていくのだろう?これ以上何かされたら…、…死んじゃう、から…」

「もう一瞬でも我慢できなくなるようなことを言うことがあるんだよ、女の子はな」
 「女性の扱い方講座」の中で、ラシオンがそう言っていた。
「そういうのを、“殺し文句”って言うんだぜ」

(ああ、これは“殺し文句”だ)
「殺されたのは、僕のほうだと思う」
「え…?…っ!」
 アルテミシアの肩と腰に深く手を回し、レヴィアは味見をするような口付けをした。
 最初は少しだけ。それからだんだん、(こら)えきれずに、喰らい尽くしていくように。
「…ん、…ん!」
 アルテミシアが身をのけぞらせてレヴィアの唇から逃れる。
 小さく息を弾ませ、うろたえ怒ったような瞳がレヴィアを凝視した。
「だっ…」 
「ダ?」
 レヴィアの首が傾く。
「ダメ?」
 顔を赤くしたまま、アルテミシアは首を横に振る。
「いやダ?」
 さらに首を振り、アルテミシアはレヴィアの胸にきゅっとしがみついた。
「だ…れに、こんな、口付けを…」
「何か、間違ってた?」
 レヴィアがおろおろした様子で、アルテミシアに顔を近づける。
「嫌なこと、した?ごめん、」
 なさいと謝ろうとしたとき、アルテミシアは顔を隠すように、レヴィアの首に腕を巻きつけて抱きついてきた。
「嫌じゃないったら!でも、どこでこんな口付けの仕方…」
「え?ラシオンが」
「ラシオンっ?!」
 驚き呆れているアルテミシアの顔が上がる。
「これもラシオンか!…ほかにも、何か教わってる?」
「え…?ほか、に?」
 たちまちレヴィアの顔が朱に染まった。
 これは絶対、余計なことを吹き込まれているに違いない。
「もおっ!可愛いレヴィアに何てことを」
 憤慨しているアルテミシアを、レヴィアの不安に揺れる瞳が見つめた。
「これは、

に許されたこと、ではないの?違うの?」
「違っ…わない、けど」
 うつむき顔をそらそうとするアルテミシアの(ほほ)を、レヴィアは両手で包み込む。
「合ってる?」
 教えを請うように真剣で、愛を乞い熱望する目で見つめられたアルテミシアは、観念したように瞳を閉じる。
「…合ってる…」
 レヴィアの前に、甘い吐息とともに艶めく唇が差し出された。
 
 ほどなく、ラシオンに教わったとおりの口付けを、丁寧に実践する優秀なレヴィアにアルテミシアは降参し、二人で朝食をともにするまでには、かなりの時間が必要となった。
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