開かれる扉‐2‐

文字数 1,453文字

 語学に()けている能力を買われ、若いころから諸国を周っては、その情報を故郷に持ち帰る生活をしていたというジーグの話は、飽きることがない。
 
 焼き菓子をかじりながら、レヴィアは自然と前のめりになっていた。
「アガラム王国には、たびたび行く機会があってな」
「どんな、国?」
 母の出身地だと聞いた国の名前に、レヴィアはごくんと菓子を飲み込むと背筋を伸ばす。
常夏(とこなつ)の気候で、水はとても貴重だ。土地はさほど肥沃ではないが、立地的に、古くから諸国との交易の中継地点でもあってな。だから、さまざまな国から集まる人材や物資、知識、技術を生かして発展した国だ」
「……へぇ……」
「ずっと夏か……。何度聞いても想像がつかないな」
「ミーシャも、行ったことはないの?」
「第三隊を任されて、国境紛争を収めたときに初めて、他国の土を踏んだ。それまでは一度も帝国を出たことがない」
「……ふぅん」
 帝国も、国境紛争も何もかも。
 レヴィアにとっては、ただの「言葉」でしかない。
 もっと話を聞いてみたいと思ったレヴィアは、おずおずとアルテミシアの横顔をのぞき込んだ。
「あの……、もう少し、いい?」
「もちろん」
「ほんと?……あの、ディアムド帝国って、どんな、国?」
「そうだな」
 手にしていた茶碗を机に置いて、アルテミシアは視線をさまよわせる。
「国土が広いから、一口では言えないな。首都アマルドは四季がはっきりしていて、比較的過ごしやすい。赤竜家のサラマリス領は高地帯に属していて、それほど雪は降らないが、冬はかなり厳しい。黒竜家マレーバ領は南東(なんとう)国境沿いにあって、気温、湿度が一年を通じて高い。竜の原種、ディアムズの生息域にも近いんだ」
「竜……。ディアムズ……」
「レヴィ」
 途方に暮れているようなレヴィアに、アルテミシアが向き直った。
「私は国を追われてここまで流れ着いたけれど、本当の原因は、……わからないんだ」
「わからない、の?」
「ああ、わからない。可能性は思いつくが決め手がない。だから、今になって迷ってる。レヴィは知らなくていい世界なんじゃないか、貴方(あなた)に大きな負担を、」
「そんなことを言うな!」
 レヴィアの激しい言葉と声に、アルテミシアの目が丸くなる。
「って、ジーグは僕に、言ってくれたんだよ。僕が、自分を否定した言葉を口にしたときに。ねぇ、ミーシャ」
 アルテミシアがこれまでしてくれたように。
 レヴィアはその右手を両手ですくい、包み込んだ。
「僕はふたりから、いろんなことを教えてもらった。ふたりは大切な師匠だよ。それにね、ミーシャは会ったばかりの僕を、守るって言ってくれた」
 

のアルテミシアを思い出せば、レヴィアは自然と笑顔になる。
「だから、僕もふたりのために、なんでもしたい。負担だなんて、思うはずがないよ」
「レヴィ……」
 目元を緩めたアルテミシアに、レヴィアはうなずき返した。
「僕は、世界を見たい。ふたりが背負うものが何かを、ちゃんと知りたい。それは、僕の世界の、大切な一部だから」
「レヴィの世界の、一部。……ありがとうレヴィ。そう言ってもらえて、本当に嬉しい」
「うん。僕も、嬉しい」
「『良き友は良き道行(みちゆき)(とも)』。私の故郷の言葉だ。では、話そう。帝国にいる、強く美しく、罪深い赤竜のことを。……リズィエ?」
「私がこれから命を預け、守るのはレヴィだ」
「……僕は、ミーシャに恥じない、自分になりたい」
「その意気やよし」
 作業机の向こうから伸びてきたジーグに乱暴になでられながら、アルテミシアとレヴィアからくすぐったそうな笑い声があがった。
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