因果の調理

文字数 2,704文字

 玄関に居並ぶ使用人たちは、屋敷内広間へと向かう国王と王子の背中を呆然(ぼうぜん)と見送るばかりだった。
 
 何が起こっているのか、さっぱりわからない。
 どう行動するのが正解なのか。
 何をしたらマズいのか。
 
 家令のカーフの指示を仰ごうにも、いつの間にか、その姿は消えている。
 身の置き場のない使用人たちは誰言うともなく、ぞろぞろと使用人休憩室へと向かうしかなかった。
 
 休憩室は静まり返りながらも、浮き足立った雰囲気に包まれている。
 ここにいる全員が、大なり小なり、何度もレヴィアを(あざけ)(しいた)げ、いたぶった覚えがあった。
 だが、散々軽んじてきた「混じり者の隠し子」は、自分たちには理解できない言葉を使って、堂々と国王と対峙していた。
 そして、国王も息子を(うと)んじてなどは、いなかったらしい。
 そっけなく冷たい態度は、自分たちに対してだったのだ。

「お勤め、続けられるかしら……」
「お給金いいのよね、ここ。みんな、うらやましいって言うし」
「私らは、ちゃんと働いてたわよ!」
 不安そうにしている使用人のなかでひとり、気の強そうな中年の女が声を荒らげた。

の世話だって、してやってきたもの」
「あの服は何だい?誰が用意してやったのさ。あんな汚い子どもにもったいない。髪も短くしてもらって」
 毒々しく吐き捨てた年嵩(としかさ)の同僚に、中年女の使用人が不愉快そうにうなずく。
「あの刺繍(ししゅう)って、ロセアンの店のものでしょう。すごく高いわよ、あれ」
「いい飼い主でも見つかったんじゃないの?」
 年若い下男には、(いや)しい笑みが浮かんでいた。
「ほとんど屋敷にいなかったじゃないか。珍しい見た目をしてるってんで、酔狂(すいきょう)な成金婦人にでも、可愛がられてたんじゃないの?」
「やだぁ」
 まだ幼さを残す、少女のような使用人が、下品な()推量(ずいりょう)にくすくすと笑う。
「いずれにしたって、罪に問われるようなことは、してないじゃない。家令のカーフ様もそれでいいとおっしゃっていたし。堂々と勤め続けるわ」
 フンっとあごをそらした中年女の鼻息は荒い。
「そのとおりだ。こっちは誠実に働いていた。(めし)を食う食わないは、あのガキの勝手だからな」
 料理人姿の小太りの中年男が、小馬鹿にした顔で言ってのけた。
「よそモンの血を引く汚らわしいガキを、トーラの民が世話することないって。カーフ様のお言葉は正しいよ」
「そうか。あれがお前たちの

か」
 いきなり浴びせられた呆れ声に、したり顔でうなずいていた肉厚の顔の動きが止まる。
「ところで

とはまさか、レヴィア殿下のことではあるまいな。……成金婦人に可愛がられていた、ねぇ」
 使用人たちの目が一斉(いっせい)に戸口に集まった。
「誰だお前!……その恰好(かっこう)、旅芸人か?ここは国王陛下の別邸だぞ!どうやって入った!」
 屈強な体格の下男が腕まくりをしながら、扉横の壁にもたれる不審な人物に近づこうとした、その刹那。
 
 シュィンッ、ダスッ!
 
 風を切る音が部屋に響いた。
 足元で鳴った音に、思わず目を落とした下男の体がびくりと震え、動かなくなる。
 つま先をほんの少しそれて、手のひらほどの短剣が床に突き刺さっていた。
「この国の王子に対して、ずいぶん侮辱的な言葉も聞こえたようだけれど。私の聞き間違いか?」

 くぐもった声、体型のわからない旅装束。
 男女の区別も、年齢の区別もつかないが、危険なほどの殺気は伝わってくる。

 旅装束の下から、ギラリと光る短剣が取り出された。
「ひっ!」
 休憩室に小さな悲鳴が上がる。
 使用人たちは身動きもできずに、短剣と不審者を見比べていた。
 
 (おび)える使用人たちの前で、不審者は右手に持った短刀を顔の前で構える。
「もうすぐ、陛下からお声がかかるだろう。そのお話を伺ったあと」
 短剣を握る(こぶし)にぐっと力が入った。
「この屋敷から出ていけ。二度とここの敷居をまたぐな。レヴィア殿下の前に顏を出すな。視界にも入るな。わかったか」
 金縛りに遭ったように動かない使用人たちを、不審者があごを下げてにらむ。
「わかったのかぁっ!」
「きゃぁぁぁぁ!」
 少女のような使用人が悲鳴を上げながら飛び出し、それを合図に我先にと、雪崩を打って使用人たちが部屋をあとにしていった。

「……どこへ行く?」
 小太りの調理人が不審者の横を抜けようとしたとき、その喉元(のどもと)に短剣が突きつけられた。
 丸々と太った体がピタリと動きを止める。
「お、お前が、出ていけと。陛下のお話を伺えと」
 あごとの境目もつかない(のど)から、震え声が漏れた。
「へぇ?どの(つら)下げて行くつもりだ」
 (やいば)が男の首にわずかに食い込むと、つぅっと一筋、その肉厚な(のど)に血が垂れ流れていく。
「ひぃ、ひぃぃっ!」
 男の目が恐怖に見開かれ、出ていこうとしていた残りの使用人たちが凍りついた。
「わ、私は、ちゃんと仕事をしていたんだぞ!怠けたことなんか一度もないんだっ」
 震えながら、それでもまだ、男は自分の言い分をまくしたてる。
「カカカカ、カーフ様のお言いつけどおりの仕事をしていた!カーフ様が食材の無駄だとおっしゃったから、あのガキの分は用意しなかった!それだけだ!」
 短剣が(のど)から離れていくのを見た小太りの男の顔が、あからさまに安堵(あんど)した表情を見せた、次の瞬間。
 素早く剣を腰に戻した不審者の(こぶし)が、男の顔面に叩き込まれた。
「ぐぶぅっ!」
 潰れた声を上げて小太りの体が吹っ飛び、床にひと跳ねして転がっていく。
 驚きと恐怖で声も出せない使用人たちの間を、不審者は足音も高く割って歩き、床に転がる男の前に立った。 
「それだけ肉のついた顔でも、殴られれば痛いだろう?加減してやったから、骨は折れてないと思うが」
 ダンッ!
 床に垂れた頬肉のすぐそばの床を踏み鳴らされて、男の体がキュッと丸まる。
「お前が殿下を殴ったとき、殿下はまだ華奢(きゃしゃ)でいらしたろう。あんなに小さかった殿下の可愛い顔を、お前ごときがっ」
 怒りを抑えた低い声に、床に転がる男の身はますます縮まっていく。
「陛下と殿下の御前(ごぜん)に顏を出す資格が、お前にあると思うのか?そうだな、油を浴びてから行くか。少し待っていろ。熱した油を用意させよう」
 転がったままの男が、傍目(はため)からもわかるほどに震え出した。
 自分が与えた暴虐の数々を、すっかり知られているのだと理解したらしい。
 不審者は、棒立ちとなっている使用人たちを肩越しに振り返った。
「こいつにはまだ用がある。お前たちは行け」
 だが、使用人たちは、おどおどした目配せをし合うばかりで動かない。
「さっさと出て行け!」
 有無を言わせぬ低い声の命令に、使用人たちの足がのろのろと動きだした。
 自分たちが仕出かしてきた行為の重大さをやっと自覚し、震え(おのの)きながら。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み