豪傑二人

エピソード文字数 2,554文字

 アルテミシアの再びの怪我も癒えるころには、景色を揺らめかせるような陽射しも和らぐ、晩夏(ばんか)を迎えていた。
 「新しい街」は完成間近であり、諸国合議と記念式典の準備も着々と進んでいる。
 その歴史的な日に先駆けて、トーラ王国からヴァーリ王とビゲレイド公が、スバクル共和国からはカーヤイ公とユドゥズ公がそれぞれ出席し、終戦協定書に無事調印がなされた。
 
 ジェライン・セディギアと、カーフレイ・アヴールの処罰も終わり、国政はオライリ公中心の新体制が整った。反レーンヴェスト派は鳴りを潜め、現在トーラ国は、やっと落ち着いた日々を取り戻している。
 そんな中スバクルを訪れているヴァーリは、生涯これほどないというくらい、穏やかな日々を過ごしていた。
 新たな盟友となったカーヤイ公、ユドゥズ公から受ける歓待は行き届いたもので、政治的合議のための訪問というよりも、気分はすっかり物見遊山(ものみゆさん)だった。

(とお)は若返った顔をしているぞ」
 終戦協定の立会人として呼ばれたテムラン大公が、義息子(むすこ)をからかう。
 調印終了後の宴席での酒も進み、ほろ酔い気分の(ほほ)が緩んでいる。
「それはどうも。義父上(ちちうえ)は十年間、相も変わらずでいらっしゃいますね」
 青磁(せいじ)色の瞳が反撃の笑みを浮かべた。
「何だと」
 猛虎の目がギラリと光る。
「十年進歩がないと言いたいのか。この若造め」
義父上(ちちうえ)のお年で進歩があったら、今ごろ冥府へお住み替えでしょう。お若く見えますよと、申し上げているだけです」
 涼しげな表情で、ヴァーリはレヴィアが淹れた茶に手を伸ばす。
「よかったですね。中身の劣化は目に見えませんから」
「失敬な!」
「ああ、中身も変わっておりませんでしたか。特にその、すぐ声を荒らげるところなど」
「誰のせいで怒鳴っていると思うのだっ!」
「私ですね」
「わかっているならば許してやろう。…おお、クレーネ、ありがとう」
 自分の前に茶碗を置いたレヴィアを、マハディは目尻を下げながら眺めた。
「お前は、さらにまたこの上なく、類を見ないほど良い男になったな。壮烈な青騎士よ」
「…ありがとう、ございます」
 父と祖父のやり取りは、どういう顔をして聞いていればよいのだろう。
 レヴィアは戸惑った、何とも中途半端な笑顔でマハディに礼を言った。
 同席するラシオンが思わず吹き出し、酒の力も手伝い、次第に声も高らかに笑い始めた。
「ふ、ふふふふ。ははは!相っ変わらずですねぇ。トーラ・アガラム紛争にでもなったら、俺はどっちの味方をしようかなあ」
 からからと陽気に笑うスバクル国の若き旗頭(はたがしら)を前に、鷹と虎が目配せをし合う。
「時にスバクルの疾風よ。私が贈った薔薇の様子はどうだ」
 マハディの片方の白眉(はくび)が上がり、黒曜石の瞳が、厳しく尋ねる色を浮かべた。
「ああ!」
 ラシオンが嬉しそうに笑う。
「ちゃんと根付きましたよ!まだ少ないですが、豪奢(ごうしゃ)(べに)薔薇が咲きました」
「そうかそうか。それは何よりだ」
 マハディが満足した顔でうなずく。
「私が贈った薔薇のほうはいかがだろうか。我がトーラ国が信頼を寄せる英傑(えいけつ)よ」
 心の奥底までのぞくような、ヴァーリの瞳がラシオンに注がれる。
 冷徹の鷹からの賛辞に気を良くしたラシオンが破顔(はがん)した。
「ええ!陛下の薔薇も、」
「それで」
 ラシオンの言葉をヴァーリが(さえぎ)り、次に鷹と虎の声が(そろ)った。
「どちらの薔薇が美しい」
「え?!…いやあの、えっと…?」
 一瞬で酔いが()めた顔で、ラシオンが目を泳がせた。
 二人から贈られた薔薇は同じ品種だ。両方ともに美しく咲かせることができて、内心ほっとしていたのだが。
 まさか、こんな(わな)が待ち受けているとは。
 冷徹の鷹と風雲猛虎は同時に、にやりと笑う。
(いやこれ、何て答えたら正解?!)
 ラシオンはうろたえ助けを求める目をしながら、その場にいる皆を見回した。
 ユドゥズ公が、何とも気の毒そうな顔をしている。
 ジーグは伏し目がちに笑っていた。
 クローヴァとレヴィアは目を見交わしながら笑いを(こら)えているし、ビゲレイド公にいたっては、なぜか感動に瞳を輝かせている。
(誰も当てにならねぇっ!)
 目を戻すと、鷹と虎はまだ自分を凝視していた。
 酸欠になって水面に浮かぶ魚のように、ラシオンはただ、ぱくぱくと口を動かすばかりだ。

「娘として注がれる愛も、妻として寄せられる愛も。どちらも尊く、温かいもの」
 野に一番に春を告げる鳥の声に、その場にいた全員の視線が集まる。
 萌える若緑の瞳が、静かにヴァーリとマハディに向けられていた。
「父と夫。立場は(たが)えど、等しく宝物の愛。贈られた薔薇と同様どちらも美しく、優劣なく慰めもたらすもの」
 ラシオンは感謝の表情を浮かべながら、二国の豪傑を振り返る。
 だが鷹と虎の視線は、すでに自分にはなかった。
 ヴァーリとマハディは、哀切の中にほんの少しの驚きがにじむ顔で、アルテミシアを見つめている。
 その言葉は薔薇の話の続きのようでいて、そうではないことに、二人は気づいていた。
「ヴァーリ陛下、テムラン大公。お二人にお話があります。少しお時間をください。スライ、頼んだものを持ってきてもらえる?」
 鷹と虎はうなずいて了承を示し、部屋の片隅で控えているアガラム従者も、静かに頭を下げた。
「それから、同席をお願いしてもいい?まだ自信がない。アガラム語を指導してくれたスライなら、内緒の範囲だと思うんだ」
「おや」
 クローヴァの(まゆ)の根が寄った。
「僕たちは、その内緒から仲間外れになるのかな?」
 察しているとおりならば、アルテミシアが豪傑二人にする「お話」は、自分も聞きたい、懐かしい人からの言葉のはずだ。
 不満を含んだ目をしている第一王子を、ジーグがいさめた。
「クローヴァ殿下。ここは見守り、待つことが肝要。幼子のような駄々をこねるものではありません」
 師匠の言葉に、クローヴァは不承不承口を閉じた。
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