美しく危険な男 -2-

文字数 3,080文字

 ニェベスの自白内容を聞いたファイズが、苦いものを飲み込んだような顔になる。
「レゲシュとセディギアは、休戦協定前からの付き合いか。しかも、今回はイハウ連合国だけじゃなく、帝国の竜族も一枚噛んでいるとは……」 
 思いもよらなかったほど複雑な背景に皆が沈黙するなか、ジーグが口火を切った。
「セディギア家というトーラ王国の(ほころ)びをカーフレイが広げ、レゲシュ家と結びつけた。そこにイハウ国が共謀を持ちかけたのですから。レゲシュ家宗主は、楽に事を起こせたでしょう」
 疲労の色は濃いが、ジーグの冷静な口調は変わらない。
「ニェベスの話どおりの資金供与がされたのなら、さまざまな画策も容易(たやす)い」
「確かに。買収の(うわさ)は絶えずあった」
 ジャジカが後悔がにじむ顔でため息をつく。
「レゲシュ家にそんな金があるはずがないと、歯牙にも掛けなかったのだが。……甘かったのだな」
「同朋を苦しめてまで、なんで、権力の椅子(いす)に座ろうとするんですかね」
 クローヴァ軍の将、ダヴィドが漏らしたつぶやきに、リズワンが皮肉な笑顔を見せた。
「お前の(あるじ)は相当の器量の持ち主だから、そう思うんだろうがな。歴史を見ろ。愚王など、石ころのように転がっている」

?リズワン殿とて、トーラの将であろう」
 腑に落ちないという顔をするジャジカに、リズワンは肩をすくめる。
「自分の(あるじ)は自分だけだ。レヴィア殿下とは契約で結ばれているに過ぎない。ただ、約束は(たが)えるつもりはないさ。師匠ボジェイクの教えに反する」
「では、リズワン殿のお国は」
「ないよ。国という枠組みに縛られるのが嫌いでね。自分の利益にしか興味がない、恥知らずたちに従わなきゃならないなんて、バカバカしいじゃないか」
「ああ、リズ姐の国は……」
 滅んだ東国の名を口にしようとしたラシオンを、リズワンは身振りで止める。
「ですが、貴殿ほどのお力があれば、そのバカバカしい国を変えることが、」
「弓兵ひとりで何ができる。それに、自己の権利だけを声高(こわだか)に主張する奴らが、聞く耳を持つとでも?」
「じゃあ、貴女(あなた)は故郷を見捨てたんですかっ」
「見捨てなどしない。選んだだけだ」
 気色ばんだダヴィドに、冷たいほど落ち着いたリズワンの目が向けられた。
「国や家族。偶然生まれ落ちた場所がつらく、誇れもしないならば、自分らしくある場所を探す。それは、非難されることだろうか」
 まだ何か言いたそうな顔をするダヴィドに、リズワンが口元を緩めた。
「お前さんは、よほど故郷に愛着があるんだね。うらやましいよ」
「故郷は時として、何よりも残酷だからな。だからこそ、私たちは託したいんだ、自分たちの命を。過去の亡霊ではなく、未来の希望に」
 リズワンとジーグがほんの一瞬目を合わせ、同じ顔で笑う。
「クローヴァ殿下」
 感慨深げな顔をしたジャジカが、クローヴァに向き直った。
「私は血ではなく、志でつながる共同体を夢見ていました。今、それを実現させる好機だと思っています」
 目の奥を輝かせたジャジカに、クローヴァがうなずく。
「長く対立関係にあった貴国と我が国だが、今ここより、手を(たずさ)えていきたい」
「心より賛同いたします。そのために、私たちはここに(つど)っているのですから。トーラ国王に留守役を頼んだのも、それが理由です。……わりと最後まで、駄々をこねていましたけれどね」
 出立前日までごねていたトーラ国王を思い出せば、クローヴァの口の端はひくりと動く。

「レヴィアはスバクル兵を装うのか。では、私も……」
「陛下はスバクルに顔が売れ過ぎていらっしゃいます。遺恨まで掘り起こしかねない」
「ダヴィドに変装術を習う」
「あれは年季が入っています。(にわか)にできるものではありません」
「やはり駄目だろうか」
「駄目でしょう」
「どうしてもか」
「どうしても」
 
「だ、駄々、ですか……」
「ぶふっ」
 「冷徹の鷹」の顏しか知らないジャジカが当惑して固まり、ラシオンが吹き出す。
「セディギア・レゲシュの乱を乗り越えたもの同士、これからは共存共栄の道を探ってまいりましょう」
 まっすぐに伸ばされたクローヴァの手を、ジャジカががっしりとつかみ、握り返した。


 合議終了後に竜舎を訪れたラシオンは、改めてニェベス対応の感謝と、アルテミシアの変わらない様子をディデリスに伝えた。
「途中、彼女のいる天幕内が慌ただしかったが」
「いや、まあ、その」
 ラシオンの表情が曇る。
「また心臓が止まりかけたらしいが、今は持ち直してる。アガラムの強心薬に助けられてるって、レヴィアが言っていた」
「そうか」
 平坦な顔でうなずくと、ディデリスは手にしていた地図の一点を指し示した。
「トーラ国境沿いの森林部だな」
「はい?」
 急に話題を変えられて、ラシオンの首が(かし)ぐ。
「イハウ、アガラム国境は、貴公勢力やテムラン大公勢に固められている。チェンタ国ボジェイク老などに見つかれば、即刻首を()ねられる。身を隠すのは、トーラ背信者の馴染(なじ)み深い場所しかない」
 

三人衆の話だと気づいたラシオンは、ディデリスの手中にある地図をのぞき込んだ。
「手薄のトーラに、ちょっかいでも出すつもりか?」
「トーラ国王は、あの剣呑(けんのん)な第一王子の父親だろう」
剣呑(けんのん)って……。クローヴァ王子と、話をする機会があったのか?」
「いや、遠目に見ただけだ。目が一切笑っていないのに、あれだけおどけた顔を作る。そういう人物の父親が、のんびり昼寝などしてはいまい。”冷徹の鷹”と称される王だ。来るなら来いと、手薬煉(てぐすね)引いているのでは?」
「その周辺は、力を入れて探しているのだけどな」
 ファイズと「国境の異端者」たちの棲家(すみか)でもあった森は、確かに、隠れるには絶好の場所である。
 そのため何度も探索をかけているのだが、三人衆の痕跡は、何ひとつ見つかっていない。   
「トーラ、スバクル、アガラムの三国にまたがるあの森は、広く深い。転々と身を隠すことは容易(たやす)い」
「この短期間で、金に釣られて集まる奴らか」
 ふたりの会話を黙って聞いていたカイが、エリュローンの羽を整えながら振り返る。
「せいぜい陽動要員だな。三人衆の腕はどうなんだ」
「ひとりはうちの間者(かんじゃ)一族の者だ。あれは油断ならない。イグナル・レゲシュはそこそこ腕が立つ。残りのひとりは”ただのお荷物”らしい」
間者(かんじゃ)一族」
 ディデリスは地図しまうと、ロシュに歩み寄った。
「彼女を刺した奴か……。陽動要員とはいえ、イハウが与えた資金が残っているなら、それなりの数をそろえてくるだろう」
「反撃の機会を得るなら、こっちの勢力は、なるべく削いでおきたいもんな」
「それはない」
「はい?」
 涼しい顔の否定に、ラシオンの首が再び(かし)ぐ。
「イハウは用済み相手には二度と協力しない。加えて宗主家の奴らは、スバクル国内での影響力も失っている。反撃の道は封じられた」
「じゃあ、目的ってのは……」
「玉砕覚悟の道連れ。相当死に物狂いで来るに違いない。そのときは、こちらも竜を出す」
「いいのか?帝国は関与する立場にないって」
「仕事が残っているからな。……まだ、聞きたいことがある。死なせはしない」
「サラマリス公とお嬢って、」
 ラシオンがさらに質問を重ねようとしたとき、ディデリスが手本のような笑顔になった。
「すぐに準備を始めたほうがいいだろう。いつ襲撃を受けても、おかしくはない」

(お、おっかねぇ)

 美麗な笑顔を前にゴクリとつばを飲み込んで、ラシオンはただうなずく。
「そちらの作戦は伝達無用。我々は、騒動に対して手を貸すわけではないからな」

剣呑(けんのん)なのはお前だろっ)

 感じている恐ろしさを覚られないように、ラシオンは黙って頭を下げた。
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