ドルカの背信 -グイド-

エピソード文字数 4,139文字

 下町の安酒場で、赤竜騎士が派手に遊んでいる。

 そんな話をスチェパが聞かされたのは、赤竜第二隊長が不慮の怪我で隊を離脱してから、一月(ひとつき)あまり経ったころだった。
 イハウとの小競り合いが続く中での隊長不在であったが、第二隊は副隊長がその代わりを立派に務め上げた。
 第一隊、第三隊とも、隊長職はサラマリス家の竜騎士が担い、国の護りには何の心配もない。さすが赤竜軍。さすがサラマリス家。
 つい最近、深刻な被害も受けずにイハウ侵攻を収束させた帝国では、どこへ行っても赤竜族を(たた)える話ばかり聞かされる。
 耳にたこができそうだったスチェパにとって、不良赤竜騎士の話は興味をそそられた。
(赤竜にも、俺みてぇなはぐれ(もん)がいるのか。精鋭集団なんて嘘っぱちだな。”今のうちにアラを探せ”って、こういうことか?何が不満なんだ?)
 黒竜騎士の地位を得てしばらくになるが、これほど竜騎士がお得だとは知らなかった。
 どこへ行ってもツケで飲み放題。名誉だからと、(おご)られることもしばしばだ。
 竜騎士の隊服が目に入るだけで、接する人間の頭の角度が違う。多少のやんちゃも見逃される。可笑しくて仕方がない。
 
 教えられた酒場に行くと、隅に人だかりができていた。
「やだぁグイド、大丈夫ぅ?」
「へーきへーき!ほら、もっと飲もうよ!」
 中心にいる赤土色の髪をした好青年が、皆と酒盃を交わし合って笑っている。
 だが、どうもその笑顔は(すす)けていた。
(ああ…。目が死んでんだ)
 スチェパは反対側の片隅で酒を注文しながら、青年の観察を続ける。
「カザビア帰りの竜騎士は違うなっ!イハウを蹴散らしたんだろ?お前がカザビアで頑張ってたから、さっさとケリがついたって話じゃないか。長いこと行ってたもんなぁ」
 グイドからなみなみと酒を注がれた男が、上機嫌でその肩を叩いた。
「大したことしてないって。竜騎士ならフツーのことだよ」
 大きな動作でグイドは盃を(あお)る。
 両隣に座る女給が、空になった盃にすかさず酒を注ぎ足した。
「へー、カザビア帰りか。あんた、すげぇんだな」
 大袈裟に目を丸くしながら、スチェパはグイドを取り巻く輪に加わった。
「カザビア派遣軍は、相当の猛者(もさ)じゃなきゃ務まんねぇって聞くぜ?」
 グイドのとび色の瞳が怪訝(けげん)な色を浮かべる。
「見ない顔だな」
「あー、俺あんまこっちのほう、来ねぇから」
「この人はねぇ、黒竜騎士なのよ。そうでしょう?」
 女給の一人がグイドにしなだれ掛かり、婀娜(あだ)な目つきでスチェパを見上げた。
 スチェパがこの店に来るのは初めてのはずだが。女給同士の情報網は恐ろしい。
「いや、俺はまだ戦場に出たこともねぇぺーぺーでさぁ」
 スチェパは恥ずかしそうな顔を作って、頭をかいてみせた。
「ああ、どおりで」
 グイドはうなずきながら、酒の満たされた盃をスチェパに手渡してきた。
 いい香りがする。とんだ上等品だ。
「どこの戦場でも、見たことがないと思った。その年で新参竜騎士…。ニェベス?」
「そー!そーなんだよー、これから世話になるかもしれねぇからよろしくな。赤竜騎士殿」
 スチェパはグイドと乾杯の合図をし合い、一気に酒を飲み干した。
「かぁ~、うめぇ~!」
 スチェパが(うな)る。
「飲んだことねぇな。どこの酒?」
「ドルカ領の特産品。うちは、酒だけは美味いからね」
 スチェパが演技なしでのけぞった。
「ドルカ?!赤竜族じゃねぇかよっ!」
 遊び人だという竜騎士が、まさかの赤竜一族だとは。
 かく言う自分も今は黒竜族だが、赤竜族は血縁集団であり、すべての者が竜術を持つと聞く。自分なんかとは格が違う。
 だがグイドは皮肉気に、寂しそうに笑った。
「そうだけど、ドルカは末家だから。俺の目も緑じゃないし」
 竜術の強さは、どれほど竜に似た容姿を持つかで決まると聞くが、生粋(きっすい)の竜族ではないスチェパには、どうもぴんとはこない。
「いや関係ねぇよ。カザビア帰還者なんだろ?すげぇよっ!あれじゃね?こんな大事な時期に大怪我なんかしたっていう第二隊長より、よっぽど優秀なんじゃね?」
 途端(とたん)にグイドの顔色が変わった。
「そんなわけないだろっ!…お前、ディデリス隊長を見たことないだろう」
 ああ、これはしくじった。
 隊長よりすごいと言ってやれば嬉しがるかと思ったが、逆効果だったようだ。
 「竜族の結びつきは強い」と聞かされたが、なるほど。領袖(りょうしゅう)家サラマリスの者を悪く言われるのはムカつくのか。
「でもやっぱりグイドはすごいわよぉ。今、副隊長代理だもの。カイが言ってたわよ。副隊長代理にはグイドをって指名したのは、ディデリスだって」
 はぁん。この酒場は、赤竜軍御用達らしい。
「そうなんだよ」
 グイドが嬉しそうな顔をした。
 スチェパはここぞとばかりに、グイドの前に陣取り酒を勧める。
「隊長の信頼がよっぽど厚いんだな。赤竜軍は皆優秀なんだろ。その中で副隊長にって推薦されるんだから、すんげぇ認められてんだ」
「…そうかな?」
 照れた小さな笑顔をグイドは浮かべた。
 何だ、単純だな。スチェパはほくそ笑む。
「すげぇなぁ。隊長の右腕ってとこ?」
「いや、右腕はカイ副隊長だよ。俺は…」 
 グイドは口をつぐむと、一気に盃を空にした。
「でも前にディデリス言ってたよ?」
 簡単な食事を持ってやってきたこの店の女将(おかみ)が、グイドの肩をぽんと叩く。
「グイドをカザビアへやったのは期待してるからだって。これで吹っ切れたら、一回り大きな竜騎士になるだろう。次の副隊長はグイドだなって」
「え!?」
 グイドが思わず立ち上がった。
「そんなこと言ってた?ホントに?ディデに、ディデリス隊長が?」
 こんな名誉なことはない。グイドの弾けた笑顔がそう言っていた。
「なぁ」
 スチェパは隣に座る男に耳打ちをする。
「そのディデリス隊長ってのは、そんなにすげぇの?」
 (ささや)かれた男が苦笑いを返した。
「お前、本当にぺーぺーなんだな。いくら黒竜だからって、知らねぇのかよ。難攻不落の鉄壁の赤竜、サラマリス詩歌(しいか)そのものの竜騎士。それが、ディデリス・サラマリスだよ」
「はぁ~ん?」
 また大袈裟な誉め言葉だ。まったく腑に落ちない。
 そんな大層な竜騎士ならば、何が原因で大怪我なんかするんだ。
 考え込むスチェパの目の前で、はしゃいだグイドがその場にいる者全員に(おご)り始めた。
 酒場が歓声に沸く。
(景気いいじゃねぇかよ)
 グイドの金の使い方を、スチェパは抜け目なく観察し続けた。
 
 酒場中の酔客と乾杯をし合ったグイドが、空いている片隅の席にどっかりと座った。
 スチェパは滑るように、その隣の席に移動する。
 ご機嫌なグイドに酒を注ぎながら、スチェパはその耳元に唇を寄せた。
「でもディデリス隊長の怪我って、どうなんだ?心配だなぁ」
 さも心を痛めている、という声色をスチェパは作る。こんな演技はお手の物だ。
「そうなんだよ…」
 グイドの横顔に憂いが差した。
「誰とも会おうとしないから、容態もよくわからないんだよね。カイ副隊長は会えるみたいだけど…。おかしいんだよ。アルティがお見舞いに行ってないみたいなんだ」
 誰だそれは。
「あー、アルティ、ねぇ」
 いい加減に、ただその名を繰り返してみる。
 相手はうまい具合に酔っぱらっているから、勝手にしゃべり出すかもしれない。
「そー。こないださ、アルティは何でお見舞いに行かないのかカイ副隊長に聞いたらさ、“ディデリスが誰とも会いたがらない”って言うんだ。嘘だよねぇ」
「あー、嘘だよなぁ」
「ねー。誰とも会わないって言ってたって、アルティが行くって言ったら、二つ返事で許すはずだもの、ディデ(にい)は。アルティが第二隊にいたころさ、陛下のご巡幸(じゅんこう)先が、海だったときがあったんだよ。お忍びだから、随行は隊三役だけって話だったのに、アルティがちょっと“いつか私も行きたい”って言っただけで、いきなり陛下のご許可取っちゃうくらいだもの。表面上はさ?一隊員にも経験を積ませるためとか言っちゃってさ。嘘ばっかり。ディデ(にい)は嘘つきなんだ」
 こいつは相当のおしゃべりだな。これは好都合だ。
 スチェパは間を置かず、グイドの盃に酒を満たす。
「嘘つきなのかぁ」
「そ。でもそのとき、“あまり多くても大袈裟になりますし、陛下にもお邪魔でしょう。俺は留守居をしましょうか”って言ったらさ、ディデ(にい)、何て言ったと思う?」
 だいぶ酔いが回ってきたのか、目を()わらせながらも、それは嬉しそうな顔をグイドはスチェパに向けた。
「えー、そーだなぁ。絶対一緒に行こうぜ!みたいな?」
「そうなんだよ!よくわかったね!」
 グイドは満面の笑みを浮かべている。
「お前が抜けては駄目だ。必ず来いって言ってくれたんだ!初めてだったよ、ディデ(にい)が俺を誘ってくれたの」

「…それってさぁ」
 カイが呆れた声を出した。
「あれだろ、陛下が急に、“海水浴に行く”とか言い出したとき」
「そうだな」
 何ひとつ表情を変えない友人の頭をカイが小突いた。
「あれはリズィエが、“無理やり自分を入れてしまって、グイドが抜けるようなことがあったら行かない”って言ったんじゃないか。それに陛下も多いほうがいいっておっしゃっていたし。お前は言葉を省きすぎだ」
 あのころ、急に不機嫌になったり上機嫌になったりしたグイドをアルテミシアもよく覚えている。
 上機嫌になった後は、「アルティは初めての海だろうから」と、準備のための買い物などにも連れ出してくれて、そのたびにディデリスも付いてきて、ついでにカイが同行することなどもあって。
 同年代と出掛けるなどめったにないアルテミシアには、本当に楽しい日々だった。
 そしてそのときに気がついたのだ。
 グイドの想いに。
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