クローヴァ

文字数 1,985文字

 本陣を張った高台から戦況を見守るクローヴァは、今日も感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。
「さすが、元帝国騎竜軍隊長は伊達じゃないね。ビゲレイドは”国境の異端者”たちをよくまとめている。リズィエの目は確かだ」
 
 長く異国嫌いで通っていたビゲレイドに、「国境の異端者」たちを任せることには、不安の声も聞かれたが。
 実際に戦場に出てみれば、「トーラの英雄」はその名に恥じぬ剛毅(ごうき)な将であり、トーラ国兵士であろうとスバクル出身者であろうと、偏りなく隊をまとめ上げた。
 
 ビゲレイド隊が先陣を切り、フリーダ隊が打ち倒していく。
 脇はダヴィド率いるクローヴァ軍が固めて、取りこぼしもない。
 スバクル統領・レゲシュ陣営は、戦力を削がれていく一方だ。

「で、フリーダ卿」
 クローヴァは、一足先に陣営に戻ってきたジーグを呼び止める。
「レヴィアが戦場に出て、兵とともに戦っているのはどういった理由かな?スバクル兵服を着せるとは聞いていたけれど、戦場で一兵士として扱うとは思わなかった。あの子は王族の指揮官だ。本来ならば、僕の横にいるはずだけれど」
 軽い口調にそぐわない詮索するような目であったが、ジーグは動じない物腰でクローヴァに向き直った。

戦術です」
「そう、

判断なんだね。距離を取るのはやめたということは、レヴィアの粘り勝ちか。でも、スバクル兵服を着せてまで戦場に出すのはなぜ?レヴィアの人相は、レゲシュには割れているだろう?向こうにはセディギアとカーフがいるのだから。あれは、誰への目くらましなのかな?」

(……聡いな……)

 ジーグは密かに舌を巻いた。
「遠からず、帝国の者が姿を見せるでしょう」
「……ふぅん?会談相手だったサラマリス公かな。ということは、レヴィアがトーラ側の人間だと知られたくないの?それはどうして?」
 クローヴァはしばらく琥珀(こはく)の瞳を見つめ待つが、無言を貫くその表情は、何ひとつ動かない。

(答えないことが答え、か)

 しばらくの間を置いて、クローヴァは問いを切り替えた。
「味方として来るの?それとも敵として?」
(いくさ)においては味方として。ただし、トーラには敵かもしれません」
「トーラに?レヴィアにではなく?」
 ジーグの瞳が微かに見張られるのを見逃さずに、クローヴァはいつもどおり、飄々(ひょうひょう)とした態度で笑う。
「ああ、ごめん。憶測でものを言ってしまったね。チェンタでのあれこれを、レヴィアから聞いているわけではないよ。あの子も口は堅いから。ただ、明らかにリズィエとレヴィアの空気は変わったよね」
 ふいと目をそらせて、クローヴァは勝鬨(かちどき)を上げている自軍を眺めた。
「いえ、憶測ではありません」
 クローヴァの視線をジーグが追うと、(あか)の髪を揺らす竜騎士が、白と黒の駿馬(しゅんめ)に騎乗する騎士ふたりを脇に従え、戻ってこようとしている。
「不確定要素が多過ぎるため、すべてをお伝えできてはおりませんが。サラマリス公が味方となる理由。共通の敵は何か。時期が来れば、必ずお話しいたします」
「できるだけ早めにね。戦の勝敗に関わるだろうから。……帝国騎竜軍の隊長が来るということは、イハウだけではなく、帝国の関与もあるということか。でも、レヴィアの敵であることに関しては」
 クローヴァは自軍を見つめたまま、口の片端を歪める。
「不確定要素はアルテミシアだよね。父上もおっしゃっていたけれど」
 クローヴァの突き放したような声色に、ジーグの腹の底がぞわりと揺さぶられた。
「陛下が?」
「非難していたわけじゃないよ」
 唇に(いびつ)な笑みを張りつけたままのクローヴァは、ジーグをちらりとも見ない。
「凱旋会のあとにおっしゃったんだ。”優秀な竜騎士かと思えば、幼子のような一面も持つ。さても不思議な娘だ”とね。ジェライン・セディギアを翻弄(ほんろう)したことも、面白がっていらっしゃった。”あいつに面と向かって刃向う者など、トーラにはいなかったからな。臆せず、挑発してやり込めるとは痛快だ。自由であどけなく、鮮烈で勇猛だ”」
 クローヴァの目は、瞬きも忘れたようにアルテミシアの姿を追っている。
「僕もそう思う。けれど、彼女はそれだけではないよね。アルテミシアは、とても危うい」
「そうならないために、私がおります」
 断言したジーグに、得体が知れないようなクローヴァの表情が消えた。
「だろうね。ああ、そんな怖い顔をしなくて大丈夫」
 くすり、とクローヴァが笑う。
「彼女の、レヴィアに対する庇護心(ひごしん)は揺ぎないものだ。疑ってなどいないよ。同病相哀れむって感じかな。……お帰り!見事だったね!」
 戻ってきた弟に声をかけながら、クローヴァは自軍を(ねぎら)い迎えるために歩き出した。

――それとも、同族嫌悪かな――
 
 クローヴァがつぶやいた言葉をジーグは聞き逃さなかったが、それが思わず漏れた言葉なのか、聞かせるための言葉だったのか。
 その判断はつかなかった。
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