あなたのために -引き裂かれる絆-

エピソード文字数 3,513文字

 体が重かった。
 薄く目を開けると、まだ部屋は暗い。夜明けには間があるようだ。
 耳元に熱い吐息を感じた。
(…ん…?お酒、くさい?)
 意識がむき出しになっていく。体はただ重いだけではなく、そこら中をなで回されている。
(?!誰?)
 驚いてもがくと、体全体にのしかかるように押さえつけられてしまった。体を()い回る腕には、何かがはめられている。
 まさかと思ったそのとき、首筋に埋められていた顔が上がった。
 泣きぼくろのある端正な顔が月明かりに照らされ、蹴り上げようとしていたアルテミシアの足がびくりと止まる。
「ディデリス?!」
 アルテミシアに呼びかけられ、夜陰に黒く見える瞳が笑んだ。
「…アールティ…」
 回らない呂律(ろれつ)で、久しぶりに幼いころの愛称を呼ばれた。相当飲んでいるらしい。
「何して、んぅっ!」
 (おおい)いかぶさりながら、ディデリスはいきなりアルテミシアの唇を奪った。
 アルテミシアは抵抗しようと手を上げるが簡単に捕えられ、頭上でしっかりと固定されてしまう。
 息をつく間もないように激しく(むさぼ)られ、アルテミシアの目からは涙が溢れ流れる。唇をきつく結んだり、顏を背けたりもしたが無駄だった。
 散々アルテミシアの口内を味わい、何度も(ねぶ)り、やっとディデリスは唇を離した。
 弾む息の中、涙を(たた)えた目でアルテミシアは従兄(いとこ)をにらむ。
「かっわいいなぁ…。お前は、どんな顏しても、かわいい」
 ディデリスは片手でアルテミシアの両手をつかんだまま、もう片方の手でやすやすと寝巻の中に手を入れてくる。
「ディデリスっ!何考えているの!ねぇ、誰かと間違えているの?」
 体をくねらせてディデリスの手から逃れようとするが、それはかえって彼の情欲を(あお)ったようだ。
 体を探られる手が熱く、(せわ)しなくなっていく。
 酔ってはいても体格、体術で勝る彼の腕からは逃れられない。抗っても抗っても、暴走し始めた行為を止められなかった。
 ディデリスの瞳が切なげに細められる。
「間違えるはずがない。俺はお前が欲しいんだ。…ずっと前から。ずっと、お前だけが…。今さら兄妹(きょうだい)になどなれるかっ!」
 ディデリスは片手で引きちぎるように留め(ひも)(ほど)く。
 寝巻がはだけ、露わになったアルテミシアの体が白く月夜に浮かぶ。
「…ふ…」
 切なそうにため息を吐くと、ディデリスは柔らかな体を思い切り抱きすくめた。
「お前は美しいな。誰よりも美しい。すまないアルティ。ここでもう俺のものにする。もう待たない。兄妹(きょうだい)になんかなれない体にする」
「駄目!駄目だったら!止めてディデリス!人を呼ぶわ!」
 アルテミシアの抗議の声は涙を含んだ。
「構わない」
 必死の抵抗も、ディデリスは意にも介さない。アルテミシアの体を愛撫しながら、再び深く唇を重ねた。
「呼べ。お前が俺のものになっているところを、皆に見てもらおう」
 強引な口付けの合間に、ディデリスは恐ろしいことを口走る。
「…な、に、言って…」
 その唇を()けながらアルテミシアは震えた。
(おきて)に反するわ!一族から追放されてしまう!」
「構わない」
「っ…!」
 アルテミシアは驚愕し、抵抗していた動きが止まる。
 ディデリスの長い足がアルテミシアの(ひざ)を割った。
「俺は竜も一族もどうでもいい。お前さえ手に入るなら、寄り添ってくれるなら。欲しいのはお前だけだ。お前も竜を捨てろ。お前の血ばかり欲しがる一族なんて捨てろっ!俺を選べっ!」
 その告白に衝撃を受けたアルテミシアの体から、最後の力が抜けていく。
 もう何を言っても、何をしても無駄なのだ。
 絶望が心を(むしば)んでいくが、それでも、まだどこかで酒のせいなのだと、酔いが覚めたらまた元の通り、優しい兄に戻ってくれると信じる気持ちを捨てきれない。
「…アルテミシア…」
 ディデリスが呆然としている唇に軽く口付けた。ただひたすらにアルテミシアを求めている美しい瞳が、壮絶な色気を放ち微笑む。
「愛している…」
 アルテミシアは声も出せない。ただ目の前にいる、現実味のない従兄(いとこ)を見つめ続けた。
-愛している-
 甘い吐息交じりの言葉が理解できない。
 ディデリスがゆっくりと体を起こし、熱を帯びた手をアルテミシアの太ももに掛けた。

 アルテミシアの両手は、血が通わなくなるほど強く握り締められている。
 レヴィアは呼吸も忘れるほど愕然としていた。
 ラシオンがふざけて話した「女性の扱い方」が、ぐるぐると頭の中を巡る。それを嫌がるアルテミシアが強いられた。
「さっき茶碗ではなくて、(こぶし)をお見舞いすべきだった」
 レヴィアは低くつぶやく。
 そんな暴虐を仕出かした男だと知っていたのなら。
 アルテミシアに口付けしそうだったあの姿にも何もかもすべてに、目の前が白くなるほどの、感じたことのない狂暴な怒りを覚えた。
「それで…?」
 レヴィアの声は(ささや)きに近くなる。
 赤竜隊長はさらに、アルテミシアの身も心も傷つける非道(ひど)い行いをしたのだろうか。
 もしそうならば聞いてはいけないような気もする。しかしすべてを知って、その上でアルテミシアを丸ごと受け止めたいとも思う。
「ジーグが、帰ってきたの」
 アルテミシアは泣き出しそうな笑顔を浮かべた。
「ディデリスが離脱したのに気づいてすぐに戻ってきてくれたのだけど、その後が大変だったの」

 ディデリスがアルテミシアの広げた両足を付け根までなで上げたとき、大きな音がして寝室の扉の鍵が壊された。
 ディデリスが音のしたほうを見た、と思った次の瞬間。大きな黒い影がアルテミシアの上に乗るその体を吹き飛ばしていた。
「…ジ、グっ?!」
 狼狽(ろうばい)し、詰まったような声しか出ないアルテミシアが体を跳ね起こす。
 影はまるで猛り狂った獣のように、部屋の隅に飛ばされたディデリスを追い、馬乗りになって殴り始めた。
 鈍い音と、低いうめき声が部屋の底に()まっていった。
 しばらく呆然としていたアルテミシアは、吐いている気配に気づくと寝台を飛び出した。
「だめ、ジーグ!だめ!ディデリスが死んでしまう!」
 ジーグは立ち上がり、横たわるディデリスを足蹴(あしげ)にしている。
 敷布をつかんで体を隠したアルテミシアはその頑丈な足元に体をねじ込み、ほとんど動かない従兄(いとこ)をかばった。
 月を背にした従者の表情は闇に紛れ、ただ琥珀(こはく)の瞳だけが光って見えた。
「ジグワルドっ…!本当に、だめ…」
 敷布を片手で握りしめながら、アルテミシアは夜目にもわかるほど震えている。震えながら、空いている片方の手を伸ばして必死に従者を止めていた。
 ディデリスが腫れ上がった目を薄く開ける。
 自分を守り伸ばされている白い腕が、ほのかに光りを放つようだ。
「こんな…おれを…。ぐっ…、がはっ…」
 ディデリスが体を丸め、苦しそうに(むせ)る。
「まだ、かばって…。いとし…アルティ」
 ディデリスの体からゆっくりと、すべての力が抜けていった。
 
「ディデリスは死んでしまうかと思ったわ。本気のジーグは、誰より強いの」
「でもあの人は、追放されなかったんだね」
 レヴィアはほっとしながら、アルテミシアの手に自分の指を添えた。
「ジーグはそうしようと言ったのだけれど、私が望まなかったから。…本当は、あんな人じゃないもの…」
 アルテミシアが深くうつむいていく。
「盗賊たちが私の部屋に押し入ったように見せかけて、部屋を荒らして…。ディデリスは不審者に気づいて、私を守るために怪我をしたということにしたの。多少強引な言い訳だったけれど、ジーグが上手く手を回してくれたわ。ディデリスはとても重症で、療養所で長期の治療が必要になったの。その怪我が()える前に“赤の惨劇”があったから、あの夜以来、顔を合わせたのは今日が初めて。相変わらずの人だったけれど」
 声も心も届かなかった、空しい絶望に支配されたあの夜。
 思い出すたびになぜ、どうしてと、答えのもらえない問いが積り重なり、心を(よど)ませた。
 それでも憎み切れもしない。大切な「兄」であった時間は消えない。
 相反する思いが抜けない棘となって、いつまでもアルテミシアの心に痛みを与えている。
 握り締められているアルテミシアの両手に、さらに力が込められた。
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