最後の戦い -1-

エピソード文字数 4,093文字

 クローヴァは救護天幕に隣接した備品庫にレヴィア隊を集めた。そこで再襲撃の可能性を聞かされたレヴィアは青ざめ、震える。
 これ以上何かあれば、アルテミシアの命は簡単に尽きてしまう。だが今、命の瀬戸際にある彼女を移動させることもできない。
「レヴィアは救護天幕でリズィエを頼む」
 クローヴァの指示に、レヴィアは強く首を横に振った。
「隣の(まも)りはジーグとスライに任せます。治療はアガラム医薬師の(かた)とスヴァン、メイリに。僕はアルバスで出ます」
「でも…」
 あれからろくに休息も取らない弟を気遣い口ごもる兄を、レヴィアは強い瞳で見上げる。
「母さまが死んだとき、カーフは笑っていたんです。アルテミシアを殺そうとしたとき、同じ顔をしていました。アルバスで出させて下さい。僕にミーシャを、仲間を守らせて下さい。お願いします」
「…わかった。僕と一緒に前線に出よう」
 弟の肩を労わるようになでると、クローヴァは備品庫を後にした。
「ジーグ、知恵を貸して。スヴァン、メイリ、僕の言うとおり準備をして」
 レヴィアは皆に指示を与える。
「オレは?」
 まぶたの傷も痛々しく、額にはまだ(さらし)を巻いたヴァイノが勇ましく手を上げた。
「隣で大人しくしてて」
「えー?!オレ、出番なし?」
「何ならミーシャの格好をして、影武者でもしてて」
「女装はムリっ!…でも」
 ヴァイノの(こぶし)が真っ直ぐに差し出される。
「ふくちょ守り切る覚悟はあるからなっ。オレは体力あるし、ケガしたって、デンカの治療は最高だし!なんも心配ねぇ!」
 左手で額を指差し、ヴァイノはにっと笑う。
 レヴィアも真っ直ぐに腕を伸ばし、二人の(こぶし)がこつんと当てられた。
「大人しくしてるつもり、ないんだね?怪我をしたら、今度はどんな風に縫う?」
「迫力増し増しで」
 レヴィアの唇に微かな笑みが浮かんだ。
「了解。その傷跡を見たら、誰でもが震え上がるような縫い目にするね」
「おう、頼む。いや、待てよ?」
 ヴァイノが考え込む。
「誰でも、は困る。女は怖がらねぇようにして」
「…ムリ」
 自分の口真似をするレヴィアの肩を、ヴァイノが活を入れるように小突いた。

 イグナル・レゲシュはわずかに残った側近に戦支度(いくさじたく)を手伝わせながら、隠れている岩室に戻ってきたカーフレイを振り返った。
「どのくらい集められた」
「思ったよりも」
 新たな革兜(かわかぶと)をかぶったカーフレイが頭を下げる。
「あの頭に花が咲いた奴は置いてきてもよかったのか」
「森に隠れるなど嫌だと言ったのはあの方です。レゲシュ家の隠し部屋に(ひそ)むことを選んだのですから、あとは彼が持つ命運次第。それよりも、イグナル様はよろしいのですか」
「何がだ」
 鎧兜(よろいかぶと)を身に付け終わったイグナルが向き直った。
貴方(あなた)だけならば、逃げ延びることもできる」
「無駄だ。我が念望(ねんもう)(つい)えた。一族を(しいた)げ利用し続けてきたこの国を手玉に取り、奴らが壊滅する(さま)を見届けたかったのだが」
「ですが…」
「もういい」
 イグナルは静かにカーフレイを(さえぎ)る。
「スバクルも憎いが、他国などもっと好かぬ。イハウを見ろ。(はな)から(たばか)っていたのだ。信じられるものなど何ひとつない。もうひと暴れして散るもよし。ただし、道連れは多いほうがいい。お前こそ」
 礼を取るカーフレイの横を通り過ぎながら、イグナルはその頭に手を置いた。
「お前ほどの能力があれば、どこにでも入り込めるだろう。百の顏を持つアヴールの息子よ。お前はここで諦める必要もあるまい」
「ええ」
 無表情な(なまり)色の瞳がイグナルを見上げる。
「もとよりここで終わる気は毛頭ありません。貴方(あなた)の宿願共々、私が成就させましょう。そのために邪魔な者は今ここで、なるべく多く葬っておきたい」
 イグナルが振り返った。
「まだ策があるというのか。…命を奪う機会などいくらでもあっただろうに、第二王子を生かしておいたことと何か関係が?」
「少し余計な知恵をつけられたところで」
 (なまり)の目が薄い笑いを浮かべる。
「あれをヒトの世界になど戻しはしない。あれは私と同じモノになる。いや」
 イグナルの目が見張られた。
 カーフレイが晴れ晴れとした顔をしている。死神を彷彿(ほうふつ)とさせていた男が、魂を取り戻したかのようだ。
「手に入れたものが幻だったと知れば、望んだ以上のバケモノになる。花咲(はなさ)か兄の無駄な自尊心のお陰で苦い思いもしましたが、いっそ好都合というもの」
「そうか。お前の願望、叶うとよいな。では行こう。指揮は任せる」
「はい」
 カーフレイはねっとりとした声で返事をして、岩室を出るイグナルに続いた。

 星々が朝の兆しにその姿を消し始めるころ。
「…来たね」
 レヴィアがつぶやく。
 空気がざわついている。(うごめ)く気配が濃くなっていく。
「アルバス、行くよ。僕に力を貸して」
 青の竜は、伸ばされたレヴィアの手に(くちばし)(こす)りつけた。
「敵襲っ!」
 丘の(ふもと)に配備したクローヴァ軍の怒号が響き渡る。
 リズワンを頭に、レヴィア隊の弓兵部隊が陣前衛で弓を(つが)えた。
「皆、頼んだよ!」
 レヴィアの声掛けと同時に鳴らされた指笛に、アルバスが大きく羽ばたき、その姿が明けの空へと舞い上がった。
 
 三隊に分かれた傭兵(ようへい)たちがトーラ陣営に攻め込んでくる。
 統制など何もない。
 しかしその数の多さと、飛び道具や爆薬を大量に、勝手気ままに駆使する支離滅裂な戦い方に、トーラ王子軍・スバクル宗主軍は苦戦を強いられた。
「どうだ」
 トーラ陣営を望む森奥で、イグナルが低く、密やかに(ささや)く。
「もう少し。時間差で投入する予定の奴らが弓兵隊を釣上げます。…二手に分かれるぞ」
 カーフレイが側近たちに指示を出す。
「では、手はずどおりに」
 カーフレイたちがそれぞれ別方向へ動き始めるのと時を同じくして、陣営横から新たな傭兵(ようへい)隊がトーラ、スバクル両軍の(すき)をかい潜って丘を登り始めた。
 レヴィア隊と弓兵隊の一部が、そちらに応戦するためにその場を離れる。
「馬鹿者っ!(おとり)だっ!持ち場を離れるな!」
 リズワンの怒声も、傭兵(ようへい)たちの雄叫びや爆音にかき消されてしまう。
 カーフレイ一団は足音も立てずに森を走り抜け、イグナル一団は陣営の脇を回り本陣を目指す。
 トーラ陣営裏に到達したカーフレイが目配せをすると、側近たちは持っていた松明(たいまつ)に火をつける。
 そしてカーフレイが思い切り振った腕を合図に、それぞれが持つ松明(たいまつ)が次々とトーラ陣営内に向かって投げこまれた。
 陣営裏に設営された天幕や備品に火がつき、瞬く間に燃え広がっていった。
 表にいる部隊が火の手に気づき、慌て騒ぐ声がカーフレイに届く。
「よし!この混乱に乗じて、」
 カーフレイたちがそれぞれ武器を手に取った、そのとき。
「噴けっ!」
 指笛と、凛とした号令が頭上から聞こえた。
 次の瞬間、空から大量に落ちてきた水が、燃え盛る天幕の炎を一瞬で消し去った。
 空を見上げようとしたカーフレイに、今度は矢が降り注ぐ。
 何が起こったのかわからぬまま追い立てられ、陣営内部へ向かって逃げていたカーフレイ一団の目の前に突如、豊かな羽を揺らす優美な赤竜が立ち(ふさ)がった。
「この場所じゃ無理かと思ってたけど、あれがいるならいけるな」
 騎乗する竜騎士がにやりと笑う。
 退却しようとカーフレイが振り返ると、小柄な赤竜に騎乗する美麗な騎士に退路を断たれていた。
 竜騎士二人が着火装置の鎖を握る。
「噴けっ!」
 灼熱(しゃくねつ)の炎が、カーフレイたちを挟み撃ちにして襲いかかった。
「うわぁぁぁ!」
 燃え上がった兵服の火を消そうと、側近兵が地面を転げ回る。
 竜の炎は付近の天幕や森の木々にも飛び火し、周囲のあらゆるものが炎を上げ始めた。
「噴けっ!」
 再び空から指笛が響く。
 鉄砲水のような水流が降り注ぐと火焔(かえん)は瞬時に収まり、しゅうしゅうという音とともに白い煙が立ちのぼっていった。
 身を縮こまらせていたカーフレイが目を上げる。
 顔を出した朝陽を青藍の羽に反射させた、この世のものとは思えないほど美しい生き物が、さらに水を浴びせかけてきた。
 その姿はまるで水神のようだ。
「うわぁっ!」
 カーフレイたちは大量の水をかぶり濡れ(ねずみ)となる。
「まだ抵抗するか」
 ディデリスが剣を抜いた。
「覚悟っ!ぐはっ」
 血走った目をして剣を振り上げた側近の体がのけぞり崩れる。
 その背には、レヴィアが放った矢が命中していた。
「第二王子!第一王子を連れてこい!」
 ディデリスはカーフレイ一団から目を離さずに怒鳴る。
「見張りしといてやるよ!」
 いつでも炎を噴けるよう着火装置の鎖を握るカイも、空に向かって合図を送った。
「妙な動きはするな」
 カーフレイの喉元(のどもと)にディデリスの剣先が当てられた。
「その手をゆっくりと外に出せ」
 カーフレイの(ふところ)に入った手が動くのと同時に、喉元(のどもと)に当てられていた刃も移動していく。何か持っている素振りでもあれば、グイドと同じように、自分の手首も飛んでいくのだろう。
 観念したカーフレイの空の手が外に出た。
「アルテミシアを刺したな」
 猛獣のような翡翠(ひすい)の瞳が、カーフレイを見下ろしている。
「死んだほうが楽な状況というのを経験したことがあるか?ないだろう。良かったな。これから新たな経験ができる」
 自害する機会さえ失ったのだ。
 ゆっくりと覚悟をするように。
 カーフレイから生気が抜け落ちていった。
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