竜-原種-

文字数 1,982文字

 しばらくの休憩のあと、屋敷から持ち出してきた本の一冊を、ジーグが手に取って広げた。
「このような本までご用意されるとは。陛下は真実、レヴィアに王族としての教養を望んでいらっしゃるのだな」
 ジーグがレヴィアに差し出した本の表紙には『ディアムド国動物誌』と書かれている。
「『竜』は通称にすぎない。(しゅ)としては『ディアムズ』という。ここを読んでみろ」
 ジーグが指で示した項目をレヴィアはのぞきこんだ。

『ディアムズ』
・南東部マレーバ領から南の密林に生息
・大きさはホロホロ鳥ほどで雑食
・羽毛は黒 瞳も黒く、まれに緑の縁取(ふちど)りを持つ個体もあり
雌雄(しゆう)ともに赤い冠羽(かんう)を持つが、尾の赤い飾り羽は(オス)のみの特徴
・翼は短く、飛翔能力はない
・脚力が強く、速い

「ホロホロ鳥?お祭りに食べたりする?」
 二羽のディアムズが描かれている挿絵から、レヴィアは目が離せない。
 
 こんな鳥は見たこともないし、想像したこともなかった。
 一羽は頑丈そうな鉤爪(かぎづめ)で小動物を捕らえ、緑の(ふち)のある黒い瞳で辺りを威圧している。
 その隣ではもう一羽が、捕えた得物を鋭い(くちばし)で引き裂いていた。
 とにかく迫力のある姿で、家禽(かきん)のホロホロ鳥と比較していることが、ちぐはぐに思えてくる。

「へぇ、祭りにホロホロ鳥か。トーラでも特別な日に食べるんだな。アマルドでは、新年にたっぷりの蜂蜜を塗って焼くんだ。トーラではどんな風に調理する?」
「ごめんね、ミーシャ。僕は食べたことないから、わからないんだ。見たことはあるよ。使用人みんなで、収穫祭のときに食べてた。かなり大きいよね」
 手で自分の肩幅より大きな円を作るレヴィアに、アルテミシアは一瞬だけ切なげな目になった。
「ジーグ、今度、夕飯にホロホロ鳥を食べよう!」
 勢いよく振り仰いだ主人を見下ろして、ジーグが深くうなずく。
(かしこ)まりました。明日にでも用意いたしましょうか。ただし、お約束を守れるならば」
「約束?」
「調理中、とくにに火を使う際には、リズィエは決して手を出してはなりません」
 きょとんとしていた鮮緑(せんりょく)の瞳が、たちまち不機嫌に細められた。
「子供のころの話だろ」
「ほぉ、あれは一昨年(おととし)のことでしたか……。当主バシリウス様主催の祝宴(しゅくえん)で、」
「わ、わかった!……わかったから……。手は、出さない」
 気まずそうな顔で、アルテミシアは慌ててジーグの話をさえぎる。
「あ、あの、僕、手伝ってもらっても」
 「いいよ」と言いかけたレヴィアの頭に、渋面を作ったジーグが手を乗せた。
「よく覚えておいてくれ。リズィエの一番攻撃力の高い武器はな、実は料理だ」
「え?料理が、武器?」
「リズィエが料理をすると、燃える、爆発する、木っ端微塵(こっぱみじん)になる。この三戦法を必ず実現させる。恐らく、城ひとつくらい楽に滅ぼせるだろう。その味は壊滅的で、毒物に匹敵(ひってき)する」
「いくらなんでも言い過ぎだぞ!」
「はいはい、お静かに。あの温厚なご当主が厳しくお(とが)めになったのは、リズィエが二度目に調理場(ちょうりば)を吹き飛ばした、あの祝宴(しゅくえん)のときくらいですよ。リズィエの差し入れで、赤竜隊員たちが丸一日動けなくなっても、お怒りにならなかったというのに」
「だって……。だって、ずっと乳母姉(うばねえ)に教わってたんだぞ。できると思うじゃないか」
 ふてくされている子猫のような顔で、アルテミシアがそっぽを向く。
「人にはできることと、できないこと、やって良いことと、悪いことがあります」

(そういえば、ミーシャが手を出そうとするたびに、ジーグは同じことを言っていたっけ)

 しょげているアルテミシアが珍しくてかわいそうで、でも、おかしくて。
「ふっ、ふふっ。くく、はは!あははは!」
 初めて声を上げて笑うレヴィアを見て、アルテミシアは息を飲む。
「ははっ!あははっ。爆発、するの?どうして?ふふっ……。ごめん、ね。でも……、ふっ、あはは!」
「そんなに笑うことないだろっ」
「だって……」
 レヴィアの大きな黒い瞳には、涙が浮かんでいた。
「ミーシャはきれいで、かっこよくて、強いのに。料理は爆発しちゃうんだね!」
「ほめるかけなすか、どっちかにしろっ」
「ほめてるよ?できないこともあるミーシャは、”可愛い”」
「……もお」
 レヴィアから仕返しを受けたアルテミシアは、ほんのりと笑いながら頬をふくらませる。
「ね、ホロホロ鳥は、三人で焼こう?トーラの味は、僕、知らないから、ディアムド風で」
「……寝る場所がなくなるのは、困るのだがな……」
「大丈夫だよ、ジーグ。そうなったら、屋敷に移ればいいよ」
「爆発するって決まってないんだからなっ。……でも、ホロホロ鳥は一番大きいのを買ってきてくれ。そしたら、少しは残る、かも」
「だとよろしいですね」
「……覚えてろよ」
「最近、物覚えが悪くて」
「じゃあ、一昨年(おととし)の事なんか忘れろっ」 
「ふふふっ、あはは!」
 
 雪に包まれた小屋の中では、レヴィアの笑い声がしばらく弾け続けた。
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