鼠を炙(あぶ)り出す炎-2-
文字数 3,007文字
両手に短剣を構えた旅装束 はつむじ風のように走り、男たちに体当たりを食らわせ、足払いをかけ斬り倒していく。向けられる刃 は華麗にかわし、蹴り上げ蹴り飛ばす。
男たちが沈む。また、沈んでいく。
斬りかかってきた黒衣 の肩に、槍を突き立てたラシオンが口笛を吹いた。
「すっげーな。あれが帝国騎竜軍の隊長、か」
「マウラ・サイーダ」
思わず、スライがアガラム語で”戦乙女 ”と感歎の声を漏らす目の前で、地に伏した襲撃者がうめき声を上げている。
まだ無傷でいる襲撃者は、もう残り数名。
一塊 となり、じりじりと後退していく。
決着がつくかと思われた、そのとき。
「トーラ軍を騙 る兇徒 どもめっ!」
なだれ込んできたトーラ正規軍の軍服を着た一団が、フリーダ隊を何重にも囲んだ。
よく見れば、軍服には国章とは異なる紋章が入っている。
「こんな外道部隊など、我がトーラ国には存在しないっ!自作自演の騒動など鎮圧してやる!覚悟しろ!」
ひときわ大柄なトーラ兵が、レヴィアに剣を突きつけて叫んだのを合図に、兵士たちが一斉に剣を構えた。
「胡乱 な奴めっ、かかれ!」
剣を振り上げた兵士たちの背中で、旅装束 の背中が見えなくなる。
「ミっ……!」
飛び出そうとしたレヴィアの頭上にトーラ兵の剣が迫り、その刃を弾き返したジーグの大剣 が、そのままの勢いで兵士を斬り払った。
「見ておけ。あれがリズィエだ」
促されたレヴィアの視線の先では、素早くしゃがみ込んだ旅装束 が、目の前の男の脛 に短剣を突き立てていた。
「ぎゃあああ!」
よろけたトーラ兵が、隣の兵士を巻き込んで姿勢を崩す。
旅装束 は膝をついた兵士の背に足をかけ、さらに隣の兵士の肩を足場に、高く飛び上がった。
トーラ兵たちの剣が、誰もいない場所に空しく振り下ろされる。
ゴギリっ。
兵士の壁の外に降り立った旅装束 が、目の前の男の腕を捻り上げた。
「ぎゃあっ」
肘関節が鈍い音を立て、男の手から剣がポトリと落ちる。
苦悶する男を片手で羽交い絞めにして盾として、旅装束 は兵士たちに短剣を繰り出した。
「うわぁっ」
「ぎゃ!」
短い悲鳴を上げながら、兵士の壁が崩れていく。
最後の兵士の膝が、大地に崩れ落ちたとき。
「アルテミシア!!」
ジーグが止める間もなく、レヴィアが飛び出していく。
その声に旅装束 が振り返ると、黒の肩羽織 が翻 りながら視界をさえぎり、鋭い金属音だけが耳に届いた。
褐色の王子の剣が兵士の刃を弾き、同時にリズワンの矢がその背に刺さる。
屈強な兵士が、糸の切れた操り人形のように倒れていった。
肩で息をしながら、レヴィアは背にかばうアルテミシアを振り返る。
「だい、大丈、夫?」
気づかわしげに見上げるアルテミシアに、レヴィアのぎこちない笑顔が返された。
「貴女 だけに背負わせないって、言った、言ったよ!」
「……かっこいいこと、言うじゃないか」
「殿下、だから、ね」
「ふふっ」
背を預け合ったふたりが戦場に目を戻すと、数だけはやたらに多い軍団に、仲間たちが苦戦している。
ジーグとスライの正確無比な、卓越した剣でいくら倒しても、次々と湧いて出てくるようだ。
兵士たちはラシオン、リズワンの不意を狙い、クローヴァたちにも迫っている。
「レヴィア、命じて」
アルテミシアの低い声に、対峙 する兵士たちから目を離さずに、レヴィアが首を傾けた。
「何を?」
「殲滅 しろと。貴方 に刃 を向けるこいつらを」
「でも、ミーシャだけじゃ……」
「だけ、じゃないだろう?」
「……そっか。そうだね」
大きく息を吸い込んで腕を上げると、レヴィアは一気に横に振り払う。
「僕の竜騎士!トーラに仇成 す者たちを薙 ぎ払え!」
「レヴィア殿下仰せのままに!」
襟巻 をむしり取ったアルテミシアが指笛を吹くと、遠くから、高い鳴き声がそれに応えた。
「何だ!?」
「何の音だ?!」
地を響かせて迫る足音が聞こえてくる。
「レヴィ!リズ!援護を頼む!」
剣を腰に戻したアルテミシアは、脇目も振らずに走り出した。
「行かせるかっ、外道めぇぇ!」
その背に追いついたひとりの兵士の剣が、アルテミシアの頭巾を切り裂く。
「雑魚 が!邪魔だっ」
振り返りざまの回し蹴りを食らって倒れる兵士に、頭巾ともに斬られた紅 い髪がひと房、降りかかった。
「追え!逃がすな!」
「行かせない」
兵士たちの前に、剣を構えるレヴィアが立ちはだかる。
「行かせないよ」
振り上げられたレヴィアの剣が、ギラリと陽を反射させた。
「何だ……、あれは」
迫りくる”イキモノ”を見て、トーラ兵が絶句する。
漆黒の体に、紅 い稲妻模様のある羽。
脚鱗 に覆われた足は鳥のようで、その太さと凶悪さは比ではない。
その嘴 に噛みつかれたら、その爪に蹴られたのなら。
「バケモノ……」
大通りにひしめくトーラ兵士たちから、恐れ慄 く声が漏れ出した。
赤毛の騎士は”イキモノ”走り寄ると、身軽に鞍 に飛び乗って、手綱 を回す。
「行くぞ、ロシュ!」
嘴 の横につけられた装置から延びる鎖を、アルテミシアが握り込んだ。
「噴けっ」
着火装置が火花を散らし、同時に稲妻模様のイキモノが嘴 を開ける。
「わああああああぁ!」
「バケモノだぁぁっ」
渦 を巻き迫る火焔 のなか、兵士たちは恐慌状態に陥った。
逃げまどう兵士たちに、イキモノの鋭い爪がお見舞いされていく。
「バケモノとは失礼だな、こんな美丈夫にっ。ヴァーリ陛下ご承認、トーラの竜だぞ!」
鮮やかな手綱 さばきで、アルテミシアはトーラ兵士たちを追い詰めていった。
「王子に仇 なす国賊どもめ!竜と竜騎士が根絶やしにしてやる!」
「竜?!」
「陛下ご承認だと?!」
凛々しく宣言する赤毛の竜騎士を、かろうじて立つ兵士たちが呆然と見上げる。
「これが、竜……」
羽根を逆立て走る紅い稲妻模様の竜と、その鞍上 で、卓抜した剣技を見せる竜騎士。
「投降して!これ以上、命を無駄にしないで!」
レヴィアの言葉に兵士はひとり、またひとりと剣を捨てていった。
「お、王子がっ、トゥクースを守ったぞぉっ!」
大通り向こうの建物の影から、力いっぱい叫ぶヴァイノの声が聞こえてくる。
「クローヴァ殿下、万歳!」
トーレとスヴァンもそれに続いた。
「レヴィア殿下、万歳!」
ロシュを放つという大役を終えたメイリとアスタの声がそろう。
少年、少女たちに釣られるように、隠れていた市民たちがわらわらと姿を現し始めた。
「トーラの王子、万歳!」
「栄光の兄弟!」
王子たちをほめ称 え続ける言葉に、市民たちの声が重なり出していく。
「……我がトーラ国の、王子たち!」
「トーラの兄弟っ」
「王子が逆賊 を討ち果たし、首都をお守りになった!」
ジーグの重低音が辺りの空気を支配して、ひときわ大きな歓声が城下通りに沸き上がった。
大喝采のなか、ダウム親子に先導された軍馬に騎乗するクローヴァとレヴィアが王宮へと向かい、歓喜にあふれる市民たちが、長い列を作って続いていく。
そこにレヴィアの容姿を気にする者などは、誰一人としていなかった。
「王子が凱旋 していくな」
満足そうにうなずいて、アルテミシアがその背中を見送る。
「これで重臣共も、おふたりを蔑 ろにはできまい。陛下の宿願が叶うな。……そういえば、陛下はどうされてるかな」
アルテミシアはトーラ城を気にしながら、建物の影で目を丸くしている少年たちと、慕わしそうに手を振る少女ふたりに向かって、拳 を突き出す合図を送った。
男たちが沈む。また、沈んでいく。
斬りかかってきた
「すっげーな。あれが帝国騎竜軍の隊長、か」
「マウラ・サイーダ」
思わず、スライがアガラム語で”
まだ無傷でいる襲撃者は、もう残り数名。
決着がつくかと思われた、そのとき。
「トーラ軍を
なだれ込んできたトーラ正規軍の軍服を着た一団が、フリーダ隊を何重にも囲んだ。
よく見れば、軍服には国章とは異なる紋章が入っている。
「こんな外道部隊など、我がトーラ国には存在しないっ!自作自演の騒動など鎮圧してやる!覚悟しろ!」
ひときわ大柄なトーラ兵が、レヴィアに剣を突きつけて叫んだのを合図に、兵士たちが一斉に剣を構えた。
「
剣を振り上げた兵士たちの背中で、
「ミっ……!」
飛び出そうとしたレヴィアの頭上にトーラ兵の剣が迫り、その刃を弾き返したジーグの
「見ておけ。あれがリズィエだ」
促されたレヴィアの視線の先では、素早くしゃがみ込んだ
「ぎゃあああ!」
よろけたトーラ兵が、隣の兵士を巻き込んで姿勢を崩す。
トーラ兵たちの剣が、誰もいない場所に空しく振り下ろされる。
ゴギリっ。
兵士の壁の外に降り立った
「ぎゃあっ」
肘関節が鈍い音を立て、男の手から剣がポトリと落ちる。
苦悶する男を片手で羽交い絞めにして盾として、
「うわぁっ」
「ぎゃ!」
短い悲鳴を上げながら、兵士の壁が崩れていく。
最後の兵士の膝が、大地に崩れ落ちたとき。
「アルテミシア!!」
ジーグが止める間もなく、レヴィアが飛び出していく。
その声に
褐色の王子の剣が兵士の刃を弾き、同時にリズワンの矢がその背に刺さる。
屈強な兵士が、糸の切れた操り人形のように倒れていった。
肩で息をしながら、レヴィアは背にかばうアルテミシアを振り返る。
「だい、大丈、夫?」
気づかわしげに見上げるアルテミシアに、レヴィアのぎこちない笑顔が返された。
「
「……かっこいいこと、言うじゃないか」
「殿下、だから、ね」
「ふふっ」
背を預け合ったふたりが戦場に目を戻すと、数だけはやたらに多い軍団に、仲間たちが苦戦している。
ジーグとスライの正確無比な、卓越した剣でいくら倒しても、次々と湧いて出てくるようだ。
兵士たちはラシオン、リズワンの不意を狙い、クローヴァたちにも迫っている。
「レヴィア、命じて」
アルテミシアの低い声に、
「何を?」
「
「でも、ミーシャだけじゃ……」
「だけ、じゃないだろう?」
「……そっか。そうだね」
大きく息を吸い込んで腕を上げると、レヴィアは一気に横に振り払う。
「僕の竜騎士!トーラに
「レヴィア殿下仰せのままに!」
「何だ!?」
「何の音だ?!」
地を響かせて迫る足音が聞こえてくる。
「レヴィ!リズ!援護を頼む!」
剣を腰に戻したアルテミシアは、脇目も振らずに走り出した。
「行かせるかっ、外道めぇぇ!」
その背に追いついたひとりの兵士の剣が、アルテミシアの頭巾を切り裂く。
「
振り返りざまの回し蹴りを食らって倒れる兵士に、頭巾ともに斬られた
「追え!逃がすな!」
「行かせない」
兵士たちの前に、剣を構えるレヴィアが立ちはだかる。
「行かせないよ」
振り上げられたレヴィアの剣が、ギラリと陽を反射させた。
「何だ……、あれは」
迫りくる”イキモノ”を見て、トーラ兵が絶句する。
漆黒の体に、
その
「バケモノ……」
大通りにひしめくトーラ兵士たちから、恐れ
赤毛の騎士は”イキモノ”走り寄ると、身軽に
「行くぞ、ロシュ!」
「噴けっ」
着火装置が火花を散らし、同時に稲妻模様のイキモノが
「わああああああぁ!」
「バケモノだぁぁっ」
逃げまどう兵士たちに、イキモノの鋭い爪がお見舞いされていく。
「バケモノとは失礼だな、こんな美丈夫にっ。ヴァーリ陛下ご承認、トーラの竜だぞ!」
鮮やかな
「王子に
「竜?!」
「陛下ご承認だと?!」
凛々しく宣言する赤毛の竜騎士を、かろうじて立つ兵士たちが呆然と見上げる。
「これが、竜……」
羽根を逆立て走る紅い稲妻模様の竜と、その
「投降して!これ以上、命を無駄にしないで!」
レヴィアの言葉に兵士はひとり、またひとりと剣を捨てていった。
「お、王子がっ、トゥクースを守ったぞぉっ!」
大通り向こうの建物の影から、力いっぱい叫ぶヴァイノの声が聞こえてくる。
「クローヴァ殿下、万歳!」
トーレとスヴァンもそれに続いた。
「レヴィア殿下、万歳!」
ロシュを放つという大役を終えたメイリとアスタの声がそろう。
少年、少女たちに釣られるように、隠れていた市民たちがわらわらと姿を現し始めた。
「トーラの王子、万歳!」
「栄光の兄弟!」
王子たちをほめ
「……我がトーラ国の、王子たち!」
「トーラの兄弟っ」
「王子が
ジーグの重低音が辺りの空気を支配して、ひときわ大きな歓声が城下通りに沸き上がった。
大喝采のなか、ダウム親子に先導された軍馬に騎乗するクローヴァとレヴィアが王宮へと向かい、歓喜にあふれる市民たちが、長い列を作って続いていく。
そこにレヴィアの容姿を気にする者などは、誰一人としていなかった。
「王子が
満足そうにうなずいて、アルテミシアがその背中を見送る。
「これで重臣共も、おふたりを
アルテミシアはトーラ城を気にしながら、建物の影で目を丸くしている少年たちと、慕わしそうに手を振る少女ふたりに向かって、