残党処理 -終幕-

エピソード文字数 3,198文字

 波乱の会議が終わった。
 レヴィアが扉を開けて外に出ると、ジーグとアルテミシアがすぐ目の前に立っていた。
 ジーグはいつもと変わらないように見えるが、その後ろにいるアルテミシアの顔つきは険しい。
「ご立派でございました。レヴィア殿下」
 ジーグが礼を取る。
「見事だった。さすが私の愛弟子だ」
 師匠から最上級の()め言葉を(ささや)かれたレヴィアが嬉しそうに笑う。
「どうしたの?僕を、迎えに来てくれたの?」
 ディアムド語の授業を見て怒ってくれた日のことを懐かしく思い出しながら、レヴィアが尋ねた。
 ジーグが苦笑いをする。
「どうしても来ると言って聞かなくてな。ついでに片を付けてやると鼻息が荒い」
「おや」
 レヴィアの背後からビゲレイドが出て来た。
「混じり者王子の外道(げどう)、」
 振り返ったレヴィアのまなざしの鋭さに、ビゲレイドの言葉が止まる。
「お前か」
 目を見張るほど鮮やかな(あか)い巻き毛の少女がジーグの背後から進み出で、ビゲレイドにつかつかと近づいた。
 そして頭の天辺(てっぺん)からつま先までじっくりと「トーラの英雄」の姿を観察した後、ビゲレイド家兵服の特徴である、トーラ国紋章入りの襟巻(えりまき)に手を掛け(むし)り取った。
「ぐっ!何をっ!?」
 首に熱を感じるほどの勢いで奪い去られた襟巻(えりまき)に手を伸ばしながら、ビゲレイドが怒鳴る。
「さすが外道(げどう)!まるで追剥(おいはぎ)だなっ!」
追剥(おいはぎ)?」
 アルテミシアは手にした襟巻(えりまき)を掲げ、へぇ、とビゲレイドを見上げた。
「私の竜をバケモノ呼ばわりしたろう?詫びの品としてもらってやろうと思っただけだ。そうか、追剥(おいはぎ)か。ならばこれは、詫びではなくて形見(かたみ)だな」
「か、形見(かたみ)?」
 わけのわからないことを言う、紅い縁取りのある軍服を着た少女をビゲレイドは見下ろす。
「お前が私の竜を見るときには、竜の爪の下敷きになっているだろう。この襟巻(えりまき)形見(かたみ)として残される」
「アルテミシア」
 議場から出て来たクローヴァがなだめるように声を掛け、その手から襟巻(えりまき)を取り上げた。
「許してやってくれないか。これでも“トーラの英雄”だ。貴女(あなた)と竜の戦いぶりを見ていないから、あんなことが平気で言える。無知ゆえの愚勇(ぐゆう)を、今回だけ見逃してやってくれ」
「ですがこの厚顔不遜(こうがんふそん)は、今回の戦には加わらないのでしょう?」
 アルテミシアは不満げにビゲレイドをにらみ上げる。
「私の下で戦場に出るか?」
「お前の下だとっ!」
 ビゲレイドがアルテミシアの襟首(えりくび)をつかむ勢いで迫った。
「小娘風情がっ。誰がお前の下になどにつくかっ!身のほど知らずめっ!」
「身のほど知らず?お前は私より強いのか」
「当たり前だっ!」
「上等だっ!かかってこいっ!」
 二人の手が同時に、今にも抜かんばかりに剣の柄に掛けられた。
 ビゲレイドの(まゆ)がぴくりと震える。
 「小娘風情」と(ののし)った相手の構え。全身に(みなぎ)らせている無駄のない力。冷静、かつ鋭いまなざし。
(こいつは…、相当の使い手だ…)
 剣を抜き合えば、一瞬早く小娘の諸手の短剣が自分に向かってくるだろう。逃げ場のない屋内での接近戦。相手はそれすら計算済みに違いない。自分の剣はそれを(はじ)くことができるかどうか。幾多(いくた)の者と切り結びあった戦士であるが(ゆえ)にわかる。腹立たしいほど。
 ビゲレイドの背中に一筋、冷や汗が流れた。
「ミーシャ」
 柄を握るアルテミシアの手に、レヴィアの手がそっと添えられた。
貴女(あなた)への汚名を、さっき僕が晴らそうと思ったんだ。でも、オライリ公がお詫びをしてくれて、許しちゃったんだ。だからミーシャも、今回だけ。見逃してあげてくれない?」
 重臣との(いさか)いは、彼女のトーラでの立場を悪くするかもしれない。
 心配そうに自分を見つめるレヴィアをしばらく眺め、アルテミシアはひとつ、大きなため息をついて剣から手を離した。
「殿下がそうおっしゃるのなら。…今回だけですよ?」
 ジーグの目がわずかに見開かれる。
 アルテミシアが竜への侮蔑(ぶべつ)を見逃したのは初めてだ。
「うん!次はない」
 レヴィアが大きくうなずく。
「もしあったら、今度こそ、必ず僕が思い知らせるから」
 レヴィアの真剣な瞳に、アルテミシアは仕方なさそうな笑みを浮かべた。
「レヴィア殿下仰せのままに。…命拾いしたな、お前」
 ビゲレイドを仰ぐ鮮緑(せんりょく)の瞳は冷たい。
 その姿をじっくりと観察しながら、ビゲレイドも剣から手を離した。
「トーラの英雄をお前呼ばわりとは…」
「さすが外道(げどう)、分を(わきま)えない」
 議場の扉内側で、こそこそと様子をうかがっていたツァービンとモンターナが呆れた声を出す。
「トーラの英雄?」
 アルテミシアが鼻で笑った。
「そんなもの、この戦が終わってみろ」
 そして誰もが震え上がるような騎士の瞳で、議場扉の陰からのぞき見ている二人を凝視する。
「我が殿下方の名称となっている。(わきま)えていないのはお前たちのほうだ。そうだ、えーと、…小粒、じゃなくてモンターナ」
 アルテミシアが誰かを探す素振(そぶ)りをした。
「ん?声がしたのに姿が見えないな」
「なっ…!」
 小柄なモンターナが、思わずツァービンを押しのけて前に出てきた。
「ぶ、無礼なっ!」
「ああ、いたいた」
 アルテミシアが嬉しそうに笑う。
「あれ?今日は転ばないのか?」
「…何ですと?」
 思ってもみなかった言葉に、モンターナは怪訝(けげん)そうに顔をしかめた。
「この前、見事に転んでたじゃないか。王宮で、あの高慢ちきを見かけたときに。いい転びっぷりだったぞ。もう一度見たいな」
 アルテミシアの無邪気な瞳が、剣呑(けんのん)なものに変わる。
「見せてみろ」
 その背後。
 大柄な剣士と二人の王子が、凍った瞳で自分を見ていた。
 凱旋会の際、ジェラインから姿を隠そうとしていた姿を見られていたらしい。
 コザバイは協力を断ってきた。つまり、それは…。
 モンターナは言葉もなく、ただ立ち尽くす。
「何だ。今日は大人しいな。賢明だ。お前のような小粒、転んだら踏まれてしまうからな」
 鮮緑(せんりょく)の瞳がすっと細められた。 
「見逃されているうちに隠居(いんきょ)でもしたらどうだ。お前ごときは、竜の爪に掛ける価値もない。子どもたちに与えられるべき権利さえ搾取(さくしゅ)して肥え太った肉など、引き裂いたら竜が汚れる」
 足元が頼りなく(ゆが)んでいく感覚をモンターナは味わう。
 上手くやってきたつもりだ。いつ露見したのだ。どこまで把握されているのだ。
 …頼みのセディギアは今はもう、トーラにいない。
 狼狽(ろうばい)して瞳が揺れるモンターナに、アルテミシアが嫣然(えんぜん)と微笑みかけた。
貴方(あなた)の故郷は、とても素敵なところだそうね。モンターナ公。この機会に、『しばらく故郷でお過ごしに』なられるのも、よいのではないでしょうか」
 流麗(りゅうれい)なディアムド語に、モンターナは思わず目を上げる。笑みを絶やさないアルテミシアに目が釘付けになった。
「トーラは故郷であるがゆえに尊い。そうおっしゃる貴方(あなた)は、『故郷でこそお過ごしになるべき』でしょう」
 アルテミシアの笑みが深まる。
「『故郷に帰られては』いかがかしら?お返事は?」
「…はい」
 魂が抜けた様子で首を縦に振るモンターナに、アルテミシアが満足そうにうなずいた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み