残党処理 -終幕-

文字数 2,888文字

 波乱の会議が終わり、レヴィアが扉を開けて廊下に出ると、ジーグがすぐ目の前に立っていた。
「ご立派でございました。レヴィア殿下。……さすが私の愛弟子だ」
 ジーグが胸に手を当てながら、レヴィアに(ささや)く。
「どうしたの?僕を、迎えに来てくれたの?」
 ディアムド語教師に怒ってくれた日のことを懐かしく思い出しながら、レヴィアが微笑んだ。
「どうしても来ると言って聞かなくてな。”ついでに方をつけてやる”と鼻息が荒い」
 苦笑いを浮かべるジーグが、背後に見え隠れしている赤毛の騎士にちらりと目を向ける。
「おや」
 レヴィアに次いで出てきたビゲレイドが騎士ふたりに気づき、その太眉を上げた。
「混じり者王子の外道(げどう)、」
「お前か」
 ビゲレイドの言葉を、大柄な剣士の背後から出てきた、(あか)い巻き毛の少女がさえぎる。
 そして、つかつかと近づいてその真正面に立つと、頭の天辺(てっぺん)からつま先までじっくりと観察するように眺めた。
「ふーぅん。大層なものを下げてるじゃないか。……もらうぞ」
「ぐっ、何を?!」
 襟巻(えりまき)を奪い取られたビゲレイドの顔が、たちまち赤鬼に変わる。
「さすが外道(げどう)!まるで追剥(おいはぎ)だなっ」
追剥(おいはぎ)?」
 アルテミシアは手にした襟巻(えりまき)をくるくると回しながら、「へえ」とビゲレイドを見上げた。
「私の竜をバケモノ呼ばわりしたろう?詫びの品としてもらってやろうと思っただけだ。そうか、追剥(おいはぎ)か。ならば、これは詫びではなくて形見(かたみ)だな」
「か、形見(かたみ)?」
「お前が私の竜を見るときには、竜の爪の下敷きになっているだろう。な?この襟巻(えりまき)は、形見(かたみ)として残るだろう?」
「アルテミシア」
 議場から出てきたクローヴァがなだめるように声をかけ、その手から襟巻(えりまき)を取り上げる。
「許してやってくれないか。これでも”トーラの英雄”だ。貴女(あなた)と竜の戦いぶりを見ていないから、あんなことが平気で言える。無知ゆえの愚勇(ぐゆう)を、見逃してほしい」
「ですが、この厚顔不遜(こうがんふそん)は、今回の(いくさ)には加わらないのでしょう?」
 アルテミシアは不満げにビゲレイドをにらみ上げた。
「ミーシャ、それを言うなら、傲岸不遜(ごうがんふそん)、だよ」
「そうだったか?デカい顔をしているから、つい」
「……リズィエ……、お言葉を」
 ジーグが低くたしなめるが、アルテミシアはビゲレイドをにらんだまま、「ふん」と鼻を鳴らす。
「そうだ、私の下で戦場に出てみるといい」
「お前の下だとっ」
 ビゲレイドがアルテミシアの襟首(えりくび)をつかむ勢いで迫った。
「小娘風情がっ。誰がお前の下になどにつくか!身のほど知らずめっ」
「身のほど知らず?お前は私より強いのか」
「当たり前だ!」
「上等だっ。かかってこい!」
 ふたりの手が同時に、今にも抜かんばかりに剣の柄に掛けられたのと同時に。
 ビゲレイドの眉がぴくりと震えた。
 
 「小娘風情」と(ののし)った相手の構え。
 全身に(みなぎ)らせている無駄のない力。
 冷静、かつ鋭いまなざし。

(こいつは、相当の使い手だ)

 剣を抜き合えば、一瞬早く、小娘の諸手の短剣が自分に向かってくるだろう。
 逃げ場のない、屋内での接近戦。
 相手はそれすら計算済みに違いない。
 自分の両手剣は、それを(はじ)くことができるかどうか。
 幾多(いくた)の者と切り結びあった戦士であるが(ゆえ)に、わかる。
 腹立たしいほど。
 
 背中に一筋、冷や汗が流れ落ちたビゲレイドとアルテミシアの間にレヴィアが割り込んだ。
「ミーシャ」
 眉毛を下げたレヴィアからのぞきこまれたアルテミシアは、短剣の柄から手を離す。
貴女(あなた)への汚名を、さっき、僕が(すす)ごうと思ったんだ。でも、オライリ公がお詫びをしてくれて、許しちゃったんだ。だから、ミーシャも今回だけ。……ね?」
 「お願い」と顔に書いてあるようなレヴィアをしばらく眺め、アルテミシアはひとつ、大きなため息をついた。
「殿下がそうおっしゃるのなら。……今回だけですよ?」
 殺気を収めたアルテミシアを前にして、ジーグの瞳がわずかに見張られる。

(竜への侮蔑(ぶべつ)を見逃したことなど、これまでなかったのだが……)

「うん、次はない。もしあったら、今度こそ、必ず僕が思い知らせるから。ミーシャが、やらなくていいから」
 真剣な顔でうなずくレヴィアに、アルテミシアは仕方なさそうな笑みを浮かべた。
「レヴィア殿下仰せのままに。……命拾いしたな、お前」
 一転して、ビゲレイドを仰ぐ鮮緑(せんりょく)の瞳は冷たい。
 その姿をじっくりと観察しながら、ビゲレイドも剣から手を外した。
「トーラの英雄をお前呼ばわりとは」
「さすが外道(げどう)、分を(わきま)えない」
 扉内側からこそこそと様子をうかがっていた、ツァービンとモンターナの呆れた声が聞こえてくる。
「トーラの英雄?」
 アルテミシアが鼻先で笑った。
「そんなもの、この(いくさ)が終わってみろ」
 騎士の瞳が、議場扉の陰からのぞき見ているふたりを凝視する。
「我が殿下方の名称となっている。(わきま)えていないのは、姿をさらす気概もない、腰抜けのお前たちだろう。そうだ、えーと、小粒、じゃなくてモンターナ」
 アルテミシアが誰かを探す素振(そぶ)りをした。
「ん?声がしたと思ったんだが。……小さすぎて見えないのか」
「なっ」
 小柄なモンターナが、思わずツァービンを押しのけて前に出てきた。
「ぶ、無礼な!」
「ああ、いたいた。あれ?今日は転ばないのか?」
「……何ですと?」
「この前は見事に転んでたじゃないか。王宮で、あの高慢ちきを見かけたときに。いい転びっぷりだったぞ。もう一度見たいな!……見せてみろ」
 一瞬で剣呑な瞳になった少女の、その背後。
 大柄な剣士とふたりの王子の凍った瞳が、モンターナに向けられていた。

(見られていたのか……)

 凱旋園遊会の際、ジェラインから逃げたことがバレているらしい。
 先日、コザバイからは協力関係の解消が伝えらえた。
 つまり、それは……。

 青ざめるモンターナを見て、アルテミシアはクスリと笑った。
「なんだ、今日は大人しいな。少しは賢くなったのか。お前のような小粒、転んだら踏まれてしまうからな」
 鮮緑(せんりょく)の瞳がすっと細められる。 
「見逃されているうちに隠居(いんきょ)でもしたらどうだ。お前ごときは、竜の爪に掛ける価値もない。子供たちに与えられるべき権利さえ、搾取(さくしゅ)して肥え太った肉など、引き裂いたら竜が汚れる」

(ああ、これはマズイ)
 
 足元が頼りなく歪んでいくようだ。
 上手くやってきたつもりだったのに、いつ露見したのだろう。
 ……頼みのセディギアは、今はもうトーラにいない。
 
 狼狽(ろうばい)して瞳を揺らすモンターナに、アルテミシアが嫣然(えんぜん)と微笑みかけた。
貴方(あなた)の故郷は、とても素敵なところだそうね、モンターナ公。この機会に、

なられるのも、よいのではないでしょうか』
 流麗(りゅうれい)なディアムド語に思わず顔を上げれば、笑みを絶やさないアルテミシアに、モンターナの目は釘付けとなった。
『トーラは故郷であるがゆえに尊い。そうおっしゃる貴方(あなた)は、

でしょう』
 アルテミシアは笑みを深めて、モンターナに顔を近づける。

かしら。お返事は?』
『……はい』
 魂が抜けたような様子でディアムド語で応えたモンターナに、アルテミシアが満足そうにうなずいた。
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